肉体労働をやめ、株・デイトレに挑戦。心の限界に気づくまで【第3のどん底② 迷走編】
仕事で倒れて「死」を覚悟した夜から──
僕は、肉体労働そのものが怖くなっていました。
「もうあの限界を味わいたくない。
でも、働かなければ家族を守れない。」
この相反する思いに挟まれたまま、「働き方」を根本から見直さざるを得なくなったんです。
前回の記事では、ハウスクリーニングの拡大から、真夏のエアコンクリーニング地獄、そして倒れた夜までをお話ししました。
ここから描くのは、3つのどん底の中でも最も迷い続けた時期の話です。
「もう体は壊したくない。
なら、頭で稼ぐしかない──。」
そんな思いだけを頼りに、暗闇の中を手探りで進んでいた数年間。
もし今あなたが、
「働き方を変えたいけれど、何を選べばいいかわからない」
そんな不安を抱えているのなら、今回の話は次へ進むための小さな気づきになると思います。
肉体労働をやめたくて、頭で稼ぐ人生に賭けた
「肉体労働を続けるより、頭で稼ぐ」と決めたものの、その時点では具体的な方法なんて何ひとつ持っていませんでした。
でも、ひとつ確かなのは「このままじゃまた倒れる」という予感。
倒れた瞬間に浮かんだ子どもたちと妻の顔が、脳裏の残像として強く残っていました。
「家族を幸せにしたい。
もっと一緒にいたい。」
その想いは、雑貨屋で成功していた頃、長女と妻と一日中過ごしていたあの自由な日々を思い出させました。
朝起きてから夜まで、ずっと同じ時間を笑って過ごせるあの生活──
もう一度取り戻したいと強く思ったのです。
だからこそ、こう考えるようになりました。
「家にいながら稼げる仕事はないか?」
第2のどん底で人間関係にボロボロにされた心は、まだ全然回復していませんでした。
だからなおさら、「できるだけ人に会わずに、ひとりで完結できる仕事」を探していたところもありました。
今なら、PCもスマホも当たり前で、ネットの副業も星の数ほどあります。
けれど、当時は2004年。
家庭に光回線が入り始め、一家に一台のパソコンが当たり前になりつつある時代。
ちょうど「インターネット=可能性」という空気が広がり始めた時期ではありましたが、一般の人が“ネットで稼ぐ”なんて現実的に考える時代ではありませんでした。
僕自身も、以前の記事で触れたとおり、インターネットビジネスで多少の実績はありましたが、“これで生きていく”と思えるような長期のビジネスには出会えていませんでした。
そんな中で、ふと頭に浮かんだのが当時ブームになっていた「株」でした。
ネット証券が一気に広がり、主婦が1億円儲けた話、専業デイトレーダーが数億稼ぐ話が世間で話題になっていたのです。
「家で稼げる」
「体力はいらない」
「人と会わなくていい」
「時間の自由が手に入る」
倒れたばかりの僕にとって、それは眩しいほど魅力的に見えました。
気づけば、株の本を何冊も買い込み、動画教材のDVDを深夜まで見続け、チャートと睨み合う毎日。
僕が選んだのは、デイトレード。
デイトレードとは、1日のうちに何度も売買を繰り返して利益を積み上げる手法。
成功すれば、短時間でまとまった額を稼げる夢のある世界です。
だからこそ、「家にいながら稼げる」という僕の願いにもぴったりに見えたのです。
──でも、僕は完全なド素人。
ローソク足も板情報も、信用取引の意味すらわからない。
それでも必死でした。
「もう肉体労働には戻れない」と自分に言い聞かせながら、頭で稼ぐ道をつかもうとしていたのです。
株・デイトレの世界へ、一歩踏み込んだ日
株を始めると決めた僕は、まずは基礎から勉強を始めました。
ローソク足、移動平均線、出来高、板の読み方──
専門用語だらけの世界に、食らいつくように入っていきました。
とはいえ、頭ではわかっても、実際の値動きはまるで別世界。
チャートは生き物のように揺れ動き、株価の数字は現実味を失っていく。
「これで本当に食べていけるのか…?」
その不安をごまかすように、僕は形から入る癖を全開にしました。
モニターを4台そろえ、机のモニタースタンドに並べる。
まるで小さな指令室。
「ここから再び立ち上がる」
電源を入れると、4台の画面に次々とチャートが灯る。
ド素人の自分が、気分だけはプロのトレーダーでした。
チャートをにらみつけながら、シミュレーションで売買を繰り返す。
「もし今日の相場で本当に買っていたら…」
そんな仮想の損益を、毎日、息を詰めるように計算していました。
軍資金100万円からの挑戦
いよいよ初めてのトレードの日がやってきました。
軍資金は、家族の未来を背負った100万円。
朝9時の前場開始を待つ時間は、まるでサッカーのキックオフを前にしたあの緊張感。
期待と恐怖が混ざったような、不思議な感覚でした。
前場スタート。
狙っていた銘柄のチャートが一気に動き始める。
そのスピード感は、終わりのない短距離走。
ローソク足や数字が動くたびに、心臓の鼓動が鋭く跳ね上がる。
「すべて利確なんてあり得ない。
損失は必ず出る。」
頭では理解しつつも、数千円のマイナスですら家計に響く。
その現実が、心と身体を強烈に緊張させていく。
それでも、前場と後場、毎日パソコンの前に座り続けました。
1ヶ月、デイトレに集中しきった日々。
1万円以上の利益を出した日もあれば、もちろんマイナスの日もありました。
それでも、なんとか数万円のプラスで1ヶ月目を終えることができました。
「ひょっとすると、才能あるかも…」
ド素人としては、大成功なのかもしれません。
他の道はなかった
──しかし、現実は厳しかった。
軍資金100万円の1%は1万円。
毎日1%の利確ができれば、月に20万円以上。
けれど、その「毎日1%を安定して積み上げる」ということこそ、プロでもめったにできないことでした。
仮にそれを達成できたとしても、家族4人がギリギリ生活できる程度。
軍資金を大きく増やして挑むなんて、当時の僕には到底無理でした。
「これで家族を守れるのか…?
自由な生き方ができるのか…?」
仕事で倒れたあと、肉体労働に戻れない怖さも重なって、僕は焦っていました。
短期間で楽に稼げる世界じゃないことくらい、わかっていました。
それでも「自分ならできる」と、どこかで自分を過信していたのかもしれません。
だけど、後戻りはできない。
ほかの選択肢もなかった。
家族を守るには、ここで踏みとどまるしかない。
そして──2ヶ月目に突入しました。
心が先に折れた──デイトレの2ヶ月目に訪れた限界
デイトレを始めて1ヶ月。
アドレナリンが出ていて、毎日が興奮状態でした。
しかし2ヶ月目に入った頃──
ある異変に気づき始めました。
それは、
「体は使っていないのに、心だけが異常に疲れていく」
という、初めて味わう感覚でした。
前場2時間半、後場3時間。
4つのモニターに張り付き、チャートから目を離せない生活。
休みの時間は、どの銘柄で勝負するかリサーチ。
「体力は使っていないはずなのに、結局、働き詰めじゃないか。
これのどこが、自由な働き方なんだろう?」
肉体労働から逃れたつもりでも、気づけばデイトレも“立派な労働”だったのです。
そして、ある日の後場──。
買っていた銘柄が突然、ストップ安。
損切りの重要性は何度も学んでいました。
ある本では、デイトレで成功するうえで最も大事なことだと。
シミュレーションなら、いくらでも損切りできた。
でも、自分のお金になると、指が動かない。
「いずれ上がるはず…」
「ここで損は出したくない…」
欲と恐怖が入り混じり、呼吸が浅くなり、指先の感覚が薄れていく。
その日は結局、損切りできないまま塩漬け…
恐ろしい世界
その夜、布団に入っても寝つけなかった。
「明日、さらに下がったらどうしよう…」
「1ヶ月目の利益も消えてしまう…」
最悪の事態を考えてしまい、胸が締めつけられるような感覚。
心臓のあたりが、ズキッと痛む。
最初は「仕事で倒れた影響かもしれない」と思っていたのです。
でも違いました。
原因は、デイトレそのものでした。
チャートの乱高下を見るたびに動悸が走る。
計ったことはないけれど、おそらく脈拍は上がりっぱなし。
デイトレは、よく技術の世界だと言われますが、実際は違いました。
目の前で揺れ動く数字に、心が揺さぶられる。
あれは、完全に精神との闘いでした。
自分の感情をどう扱うかで、利益も損失も決まってしまう。
そんな世界を、僕は身をもって知ることになりました。
さらに追い打ちをかけたのは、市場の現実でした。
巨大な買い板・売り板が一瞬で現れ、次の瞬間には跡形もなく消える。
潤沢な資金を持つプロたちが、まるで遊ぶように相場を動かす。
そんな世界で、生活費を投じて戦う弱小トレーダーが勝てるわけがない。
心に余裕なんてなかった。
僕は精神的に追い詰められていきました。
「こんな恐ろしい世界だとは…」
そもそも僕は、パチンコもスロットも競馬も一切やらないタイプでした。
ギャンブル的なものは性格的に向いていない、とずっと思っていました。
株は余剰資金でやるもの。
生活費をかけて挑むものではない。
特にデイトレはギャンブルそのもの。
「この稼ぎ方、本当に健全なのか?」
僕は3ヶ月で、デイトレから撤退する決断をしました。
そして、せっかく覚えた株の知識を無駄にしないために、特定の銘柄を中長期で保有することにしました。
そのとき選んだのが──
後に大事件へと発展する「ライブドア株」でした。
自分に何が向いているのか
デイトレはやめました。
けれど、株を中長期で持ち続けるという選択も、僕にとっては十分すぎるほどの挑戦でした。
「チャートは見ない」と決めても、朝になるとついPCを立ち上げてしまう。
ほんの少し値が下がるだけで、胸の奥がザワつく。
PCから離れても、気づけば株価が気になっている自分がいる。
株を持っているだけなのに、心は休まらなかった。
「僕は投資に向いてないのかもしれない…」
体は疲れない。
けれど、頭と心のどこかが少しずつ削られていく感覚。
生活に余裕がなく、収入も安定しない。
そんな状況で株を持ち続けること自体が、自分を追い詰めているようにも感じました。
「これじゃあ、幸せな働き方とは言えないな…」
頭で稼ぐはずだった。
自由を取り戻すはずだった。
それなのに、仕事で倒れたときとは違う形で、今度は心をすり減らしている。
結局、僕には株で戦い続ける胆力も、資金も、心の余裕もなかった。
ただ、ひとつだけハッキリしていたことがあります。
「もう肉体労働には戻れない」
倒れた夜の恐怖は、まだ身体が覚えていました。
あの限界をもう一度味わうわけにはいかない。
家族を守るためにも、働き方は絶対に変えなければならない。
でも、株じゃない。
じゃあ、何ならできるのか?
そもそも自分は何に向いているのか?
30代半ば。
家族を抱えながら、またも岐路に立ち尽くしていました。
何が正しい選択なのか。
家族を守るにはどの道を選べばいいのか。
どうすれば再び自由を手にできるのか。
答えは見えないまま、ただ「このままじゃダメだ」という焦りだけが積み重なっていく。
それでも、心のどこかで、成功の芽が必ず育つと信じていました。
「まだ終わりじゃない。チャンスはある。」
その小さな信念だけを頼りに、僕はまた次の道を探し始めたのです。
──つづく。
おわりに
次回は、株(デイトレード)で行き詰まった僕が、さらに次の選択へ向かっていく過程をお話しします。
続きはこちら。
👉 【第3のどん底③ 模索編】頭で稼ぐ道を探して。ヤフオクと中古車ネット販売に挑戦
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
もしこの記事が、あなたの心にほんの少しでも何かを残せたなら、スキやフォローで応援してもらえると、とても励みになります。
初めて僕の記事を読んでくださった方へ──
よければ、最初に書いた自己紹介の記事も読んでみてください。
せきたつや
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、娘の夢のために大切に使わせていただきます🍀この記事は noteマネー にピックアップされました

