頭で稼ぐ道を探して。ヤフオクと中古車ネット販売に挑戦【第3のどん底③ 模索編】
株のデイトレードから撤退したあと──僕の心は、ずっと宙ぶらりんのままでした。
ハウスクリーニングでは「肉体労働の限界」を、デイトレでは「心の限界」を知りました。
そのあたりのことは、前回までの記事でお話ししました。
「肉体労働にはもう戻れない。
かといって、株で一生食べていく胆力もない。」
そんな思いを抱えたまま、30代半ばの僕は、家族を抱えつつ、次の一手を必死に探していました。
人間関係にボロボロにされた心は、まだ回復途中のまま。
だからか、自分でも気づかないうちに、「できるだけ人と深く関わらずに、ひとりで完結できる仕事」にばかり目が向いていました。
「もう一度だけ、別のやり方で勝負してみよう。」
そう心に決めて、失敗と不安のど真ん中にいながらも、それでも次の道を探し続けていた頃の話です。
もし今あなたが、
「いろんな働き方を試しても、まだ“これだ”と思える道が見つからない」
「家族を支えながら、次の一手を探している」
と感じているなら、今回の話はきっと、“迷いながら進んでもいいんだ”と思えるきっかけになるはずです。
ヤフオクで不用品をお金に変えるしかなかった日々
デイトレから撤退したからといって、翌日からいきなり別の収入源が生まれるわけではありません。
そこで、いちばん最初に僕がやったのは──
「とにかく家の中のモノを現金に変えること」でした。
以前、雑貨屋をやめたあとにヤフオク(ヤフーオークション)で稼いだ経験があったので、押し入れや物置をひっくり返して、不用品を片っ端から出品していきました。
その中には、ハウスクリーニングで使っていた業務用の掃除機や高圧洗浄機などもありました。
肉体労働はやめて頭で稼ぐ、と決めた以上、そういった道具も含めて、きれいさっぱり手放すことにしたのです。
画面越しのやり取りだけでお金が動くヤフオクは、誰かに頭を下げて仕事を頼む必要もない。
人間関係に疲れ切っていた当時の僕にとって、その距離感は、正直どこかホッとするものでもありました。
出品した商品が落札されるたびに、
「これで今週の食費はなんとかなる」
そんなふうに、ひとつひとつを生活の足しにしていました。
もちろん、それが一生の仕事にならないことはわかっていました。
家の不用品には限りがありますし、家計を支え続けられるほどの規模でもありません。
それでもあの時期の僕にとっては、「今、目の前の生活をつなぐ」ための大事な手段でした。
リサイクルショップのチラシでよみがえった仕入れて売る感覚
そんなある日、ポストに入っていたリサイクルショップのビッグセールのチラシを、何気なく眺めていたときのことです。
ふと、手が止まりました。
「この価格で仕入れて、ヤフオクで売ったら…
絶対に利益が出る!」
そう直感するくらい、明らかに安すぎる商品がいくつか載っていたのです。
液晶テレビや家電製品。
相場を知っているからこそ、すぐにわかりました。
早速ネットでリサーチしました。
「これは1万円は固い」
「これは5,000〜7,000円は利益が出るな…」
そんなふうに、複数の商品に目星をつけました。
「これは、行くしかない。」
間違いなく人気商品たち。
開店前に並ばないと売り切れ必至です。
妻に事情を話し、開店前の店の前にふたりで並ぶことにしました。
とはいえ、仕入れに回せるお金なんて、ほとんど残っていません。
1ヶ月分の生活費があるかないか、という状態でした。
使えるのは、クレジットカードの枠だけ。
狙った商品をすべて買うものの…
セール当日、朝早く店に着くと、運よく最前列に並ぶことができました。
開店前の店に並ぶなんて、人生で初めての経験だったこともあり、店員や並んでいる人と目を合わせるのが妙に恥ずかしく、少し気まずい感じでした。
開店と同時に店内へ。
狙っていた商品を次々と手に取っていきます。
「こんなに目玉商品ばかり取ってしまっていいのかな?」
と心のどこかで思いつつも、個数制限も書かれていないし、他のお客さんがその商品に殺到している様子もない。
結果的に、狙っていた商品はすべて買うことができました。
妻とのファインプレー、大成功です。
最前列に並べたからこその成功でもありますが、あまりにうまくいきすぎて、
「本当に利益が出るのかな…?」
と一瞬だけ不安になったのを覚えています。
しかし、その不安は杞憂でした。
仕入れた家電たちは、ヤフオクに出すと、予想していた価格か、それ以上の値で売れていきました。
しっかり利益が残る。
転売という言葉がまだなかった頃
このとき、いわゆる「転売」という感覚が、以前雑貨屋をやっていた頃に身についた「安く仕入れて高く売る」という商売の基本と、カチッと噛み合った気がしました。
とはいえ、今でいう“転売ヤー”のようにプレミア商品を買い占めるようなものではなく、当時の感覚としては、不用品や型落ち家電を、ネットを通じて必要としている人に譲っていくような、ごく単純な個人売買でした。
当時2004年。
メルカリが始まる約10年前です。
ヤフオクなどのネットオークションに出品すること自体、まだ一般の人にはハードルが高く、不用品販売でさえやっている人は多くない時代でした。
だから、「転売」という概念も、今ほど世間に浸透していません。
特に宮崎という土地柄もあり、僕のように「ネットオークションで売るために、チラシの商品を仕入れに来る」という人は、ほとんどいなかったはずです。
多くのお客さんは、自分が欲しいモノを買いに来ているだけ。
だからこそ、僕は狙った商品をすべて買うことができたのでしょう。
味をしめた僕は、また次の日のチラシもチェックし、同じように開店前の店へ、妻と一緒に向かいました。
ところが、店に着いてみると、入口の近くにこんな手書きの張り紙が貼られていました。
「チラシに掲載の商品は、お一人様1点限り」
なんと、前回のチラシには書かれていなかった注意書きです。
「もしかして、仕入れ目的で買いに来ているのがバレたのかもしれないな……」
そんなことを思いながらも、その日は決まりを守って、僕と妻で1点ずつ購入し、またヤフオクで売りました。
それでも、ちゃんと利益は出てくれました。
けれど、そのビッグセールはこの2日間だけでした。
小さな手応えと、超えられない壁
不用品を売ること。
商品を仕入れて、ヤフオクで転売すること。
どちらも、当時の僕と家族の生活を支えてくれた、大事な収入源でした。
「お金がまったく入ってこない」という恐怖が、少しだけ和らいだのは事実です。
けれど同時に、はっきり感じていたこともあります。
「これは、あくまで一過性の稼ぎに過ぎない」
たまたまリサイクルショップのビッグセールで安い商品を見つけられたから利益が出ただけであって、それが毎月安定して続けられる保証はどこにもない。
同じように続けていくなら、仕入れ先を増やしたり、常に商品のリサーチをしたりと、やるべきことはどんどん増えていきます。
それはそれで立派なビジネスですし、実際にそれで成功している人もいます。
でも、当時の僕は、
「自分が本気でずっと打ち込みたい仕事か?」
「このビジネスで人生を賭けて成功したいのか?」
と自分に問うと、どうしても首を縦には振れませんでした。
それでも──仕入れ値と売値の差で利益を生み出す、いわゆる“商売の基本”だけは、雑貨屋を繁盛させていた頃から体に染みついていました。
ヤフオクでの「仕入れ」「販売」「利益」の感覚も、この時期にあらためて鍛えられていたと思います。
振り返ってみると、こうして身につけた感覚が、のちに僕が大きく飛躍していくときの、とても重要な土台になっていきました。
中古車ネット販売に賭けてみることにした理由
僕は時間さえあれば、毎日のようにノートとペンを広げて、「これからどうやって食べていくか」をアイデアノートにひとり書き出していました。
そして、ヤフオクとリサイクルショップの経験から、こんな発想が芽生え始めていました。
「家電でこれだけ利益が出るなら、もっと単価が高いものならどうだろう?」
「在庫を抱えずに、注文を受けてから仕入れることはできないだろうか?」
そこでネットでいろいろ調べていく中で、興味を持ったのが「中古車オークション」でした。
もともと僕は車が大好きでした。(それがあって、カーシェアリングの詐欺に遭ったのですが…)
特に地方に住んでいると、「車は一家に二台あってもおかしくない」という感覚すらあります。
「ネットで中古車を探して買う人は、これから確実に増えるはずだ」
何より、中古車なら一台売れれば数万円、数十万円の売り上げになります。
「注文を受けてから仕入れる」という形にできれば、在庫を抱えるリスクは、ほぼゼロに近づけられるのではないか──。
ネットで情報を集めていくうちに、業者だけが参加できる中古車オークションの仕組みや、古物商許可を取れば個人の僕でも参入できることがわかってきました。
「ネットで集客して、注文を受けてからオークションで仕入れる。
在庫リスクはほとんどないはずだ。
これなら、頭を使って勝負できるかもしれない──。」
ハウスクリーニングでも、デイトレでもない。
リアルな商品を扱いながら、ネットも活かせる仕事。
家にいながら、頭で稼ぐ。
その時点で、中古車売買が一番の選択肢に思えてきました。
「今度こそ、本当に食べていけるビジネスになるかもしれない。」
そう考えたとき、心の中に久しぶりの「ワクワク」が生まれました。
古物商許可と業者オークションと中古自動車査定士──本気モードに入る
僕はビジネスをやるときは、一点集中がポリシーです。
なので、「これだ!」というものが決まるまでは、本気で動きませんでした。
だから中古車売買も、軽い気持ちではなく、真剣に決断しました。
「よし、やる!」
こうして僕は、「中古車のネット販売に賭けてみる」という新しい挑戦へと足を踏み出していきました。
中古車販売をやるには、まず古物商許可証の取得が必要です。
警察署に申請を出して、審査までしばらく待ちます。
ある日、警察官が自宅を訪問してきました。
そして後日、古物商許可証を無事に取得。
それから、業者専用のオークション会社とも契約を結びました。
一般の人は入れない、いわばプロの仕入れ市場です。
これで、全国の複数の会場から、インターネットで入札ができるようになりました。
さらに「お客さんに喜ばれる一台を見つけるために」と、中古自動車査定士の勉強をして、資格も取得。
質の良い中古車を見極める技術と、お客さんからの信用という武器を、ひとつずつ揃えていきました。
在庫ゼロの最強ビジネスモデル
僕の中古車売買のビジネスモデルは、こんな形でした。
ネット上で「こんな条件の車を探してほしい」というお客さんを集める
注文を受けてから仕入れるため、在庫は持たない
業者オークションで仕入れて、納車する
いわゆる、自宅でできる「在庫ゼロの中古車販売」です。
これは僕がゼロから考えたわけではなく、すでに個人で成果を出している人がいたので、その人のやり方やノウハウを徹底的に学んだうえで、僕なりに取り入れて始めました。
このビジネスモデルのメリットは、
リスクが低い
自宅でひとりでできる
1台あたりの利益が高い
空き駐車場1台あればできる
地方(宮崎)でも勝負できる
人と直接顔を合わせる場面が少ない
…と、紙の上では良いことづくしです。
僕は急いでホームページを作りました。
もちろん自作です。
「ご希望の予算・車種・年式・走行距離を教えてください」といったフォームを設置。
検索エンジンで上位表示させるためのSEO対策も、ある程度は習得していたので、数少ないアクセスの中からでも、ときどき問い合わせが入るようになっていきました。
「◯◯万円くらいで、こういう車はありませんか?」
そのメッセージを見るたびに、「これはいける」と心が天に上がるような思いでした。
在庫ゼロ中古車ビジネスの理想と現実
ただ──現実は、甘くありませんでした。
お客さんの希望条件に合いそうな車種を探して提示しても、実際の受注にはなかなかつながらない。
問い合わせは、ポツリ、ポツリと途切れがちです。
「このまま待っていても、オーダーは増えないぞ。
困ったな…」
頭ではわかっていても、何をどう改善すればいいのか分からないまま、時間だけが過ぎていきました。
業者オークションの会費は、毎月出ていきます。
家族4人の生活費も当然かかる。
デイトレのときとは違う種類の圧迫感が、じわじわと首を絞めてきました。
1台は売るも、崩壊したビジネスモデル
注文が来たら入札する──そんなビジネスモデルで始めたものの、このままでは発注できないまま終わってしまいそうでした。
「守りではなく、攻めよう。」
とにかく1台でも売りたかった僕は、実際に業者オークションで仕入れて売る方向に、思い切って舵を切りました。
資金の余裕がないので、狙いは格安の軽自動車です。
競りが始まる。
数字が一気に上がっていく。
この緊張感が、一瞬デイトレを思い起こさせました。
売れたら利益が出るであろうギリギリのラインで、なんとか競り落とすことができました。
後日その車が納車され、ヤフオクに出品。
「この一台なら、きっと喜んでもらえるはずだ。」
その予感は的中しました。
少ないながらも、なんとか利益を出すことに成功。
「やっと、中古車屋さんらしい仕事ができた気がする。」
そんな満足感は、間違いなくありました。
けれど同時に、車を1台売るというのは、商品を箱に詰めて発送するのとは、まったく別次元の大変さだということも痛感しました。
利益がそこそこある分、それなりの時間と労力もかかります。
ホッとした反面、「フー…」と疲れが出て、当初感じていたワクワクがすっとしぼんでいく感覚があったのでした。
まだまだ長いトンネル
お客さんからの依頼を待って、受注につなげていく──。
そんな当初のビジネスモデルは、現実味を帯びないまま、月日だけが経っていきました。
自分から気になる車を仕入れて、1台はなんとか売ってみたものの、空き駐車場が1台分しかない自宅で、仕入れて売る方法は「回転率がよくないと稼げない」という現実があります。
もし在庫を抱えた状態で、「これだ」と思える車に出会っても、仕入れることができない。
駐車場を増やすことも考えましたが、これ以上リスクは掛けられません。
「やはり、このビジネスだけで食っていくのは難しいんじゃないか。
このままじゃ、また何もかも失ってしまうかもしれない。」
そんな不安が、胸の奥でじわじわと広がっていきました。
まだまだ抜け出せない、長いトンネルに入り込んでしまった。
その感覚だけが、日を追うごとに濃くなっていきました。
──つづく。
おわりに
次回は、中古車ビジネスで行き詰まった僕が、宮崎の片田舎から始めたブログとメルマガで、どう道を切りひらいていったのかをお話ししようと思います。
続きはこちら。
👉 【第3のどん底④ 覚醒編】宮崎の片田舎から始めたブログで100万円。頭で稼ぐ道が見えた日
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
もしこの記事が、あなたの心にほんの少しでも何かを残せたなら、スキやフォローで応援してもらえると、とても励みになります。
初めて僕の記事を読んでくださった方へ──
よければ、最初に書いた自己紹介の記事も読んでみてください。
せきたつや
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、娘の夢のために大切に使わせていただきます🍀