宮崎の片田舎から始めたブログで100万円。頭で稼ぐ道が見えた日【第3のどん底④ 覚醒編】
「どうやって、頭で稼ぎながら、家族と幸せに、自由に生きていけるのだろう──。」
この第3のどん底では、ハウスクリーニングの仕事で倒れたことをきっかけに、肉体労働を手放したあと、僕がどんなふうに稼ぎ方を必死に模索していたのかを書いています。
最初の挑戦は、株のデイトレードでした。
その次が、前回の記事でお話ししたヤフオクと中古車ネット販売です。
古物商許可と中古自動車査定士の資格を取り、中古車オークションに登録して、「注文が入ってから仕入れる在庫ゼロモデル」で勝負することにしました。
ところが、思うようにオーダーは増えません。
会費と生活費だけが出ていき、通帳の数字はじわじわと削られていく…。
「このままじゃ、またどん底に戻るかもしれない」
そんな不安が、胸の中でどんどん大きくなっていった頃です。
今回は、そこからどうやって自分の「言葉・経験」で稼ぐという発想にたどり着いたのか、そして宮崎の片田舎から始めたブログとメルマガが、僕の人生の流れをどう変える「ひとつの覚醒」につながっていったのかを、お話しします。
もし今あなたが、
「体力的にきつい働き方から抜け出したい」
「在庫も資金も人脈もないけれど、ひとりでできる仕事を見つけたい」
そう感じているなら、今回の話はきっと、あなたの次の一歩を考えるヒントになると思います。
モノではなく言葉で頭を使う──発想の転換
中古車ネット販売を開業したあと、頭の中では、ずっと同じ問いが回り続けていました。
「どうやったら、在庫リスクを抱えずに、ひとりで、自宅で完結できて、頭を使って、長く続けられる仕事ができるだろうか?」
実店舗と同じく、「安く仕入れて高く売る」というモノのビジネスの感覚は、ネットでも同じように身についていきました。
でも同時に、ネットでもモノを扱う以上、「仕入れに回す資金」と「在庫リスク」からは完全には逃れられない、という現実も思い知らされました。
何より、当時の僕には、思い切って在庫を抱えられるほどの資金がありません。
そして、人間関係に疲れた心は、まだ回復途中のままです。
できるだけ人と深く関わらずに、自宅で静かに完結できる仕事を──。
そんな条件ばかりが、頭の中でチェックリストのように並んでいました。
ついに個人の時代が来た、と感じたブログとの出会い
ちょうどその頃、世の中ではブログブームが起き始めていました。
2004年、「ブログの女王」と呼ばれた眞鍋かをりさんの名前を見かけることがありました。
「ブログってなんだろう?」と気になりつつも、最初は「芸能人がなにか新しいことを始めたのかな」くらいにしか思っていなかったと思います。
けれど、ブログの仕組みを知ったときは、正直驚きました。
それまでのホームページと違って、コメントやトラックバックを通じて読者とつながれる仕組みがある。
これは当時としては、かなり画期的なことでした。
それまでにも、いくつかのホームページを作っていた僕は、この仕組みを知って「面白い!」と素直に感じました。
同時に、ブログは芸能人や専門家だけでなく、一般の人でも誰でも始められるという事実に、強い衝撃を受けたのです。
まだYouTubeもTwitterもない時代。
「一個人が、自分のメディアを持つ」という発想自体が、ほとんどなかった頃です。
僕は
「ついに個人の時代が来た!」
と胸がときめき、同時に
「これは大きなチャンスだ」と感じました。
20年前と今
今では、個人で活躍できる場やチャンスがたくさんあるのが当たり前だと感じている人も多いと思います。
フリーランサーという働き方も社会的に認知されていますし、ユーチューバーやインフルエンサーなど、フォロワーの数がそのまま信用につながる時代です。
しかし、今から20年前は、芸能人やスポーツ選手、著名人を除けば、「個人で成功している人」などほとんどいない時代でした。
就職していない人や、そこそこ大きい会社の経営者でもない人間は、世間的には「信用がほとんどない存在」という感覚すらあったと思います。
僕は、その中でなんとか這い上がろうともがいているひとりでした。
本気でミュージシャンに憧れ、宮崎から上京するものの夢を諦めた人間。
大学の就職活動も途中でやめて、卒業後はフリーター。
いわゆる「一般的な就職」にまったく興味がなく、個人事業で成功を目指しては、すでに3度のどん底の真っ只中にいる状態でした。
だからこそ、
「ついに個人の時代が来た!」
という感覚は、僕にとってただの流行ではなく、切実な希望だったのです。
そして、僕はこう決めました。
──インターネットに全ベットする、と。
「ブログ」という媒体は、これまでの常識をひっくり返すような可能性を感じさせる存在に違いない。
当時いちばん勢いがあり、ネットの最前線にいたのがライブドアブログでした。
「ここで、僕もブログを始める」
宮崎の片田舎から、ブログの挑戦が静かに始まろうとしていました。
ブログが遠くの誰かと僕をつないでくれた
こうして「ブログで勝負しよう」と決めた僕は、さっそく行動に移しました。
2005年9月。
宮崎の片田舎で、ブログを立ち上げました。
テーマは、迷わずこう決めました。
「インターネットで、ひとりで稼いで自由に生きる方法」
たいそうなタイトルですが、まったくのゼロから書き始めたわけではありません。
2001年から始めていたネット収入の経験──
ヤフオクやアフィリエイト報酬、会員制サービス、自作のホームページ経由での売上。
「会社に属さず、自分の仕組みでお金が入ってくる」という感覚は、すでに何度か味わっていました。
だからこそ、
「この数年間の試行錯誤や失敗と、うまくいったことを、全部ブログに書いていこう」
「ナポレオン・ヒルのプログラムから学んできた成功哲学やポジティブ思考も、僕を媒体に言葉にしていこう」
そう決めて、毎日、パソコンの前に座りました。
読み返すとちょっと恥ずかしいくらいですが、当時35歳の僕は、自分の思いや感情を、がむしゃらにブログにぶつけていました。
「顔も名前も知らない誰か」が、画面の向こうにいる
宮崎の片田舎にいる、どこの誰かも知られていない人間。
まずは、自分の存在を知ってもらうところからだ──そう考えました。
他のブログにお邪魔しては、記事をちゃんと読んで、感じたことをコメントに残す。
その繰り返しです。
引きこもりの生活になっていた僕でしたが、ブログを通じての出会いや交流に、いつしか夢中になっていました。
気づけば、朝から晩まで画面の前にいる日が続きます。
やがて、僕のブログにもコメントが増え、アクセスも少しずつ伸び始めました。
当時としては、僕のブログはけっこう珍しいスタイルでした。
それは、宮崎市在住であることをはっきり書き、実名と顔写真を出して発信していたからです。
さらに短い動画も載せていました。
まだYouTubeが始まる前で、当時ギリギリの10秒か15秒くらいの小さな動画でした。
今なら当たり前のことかもしれませんが、あの頃は顔を出すだけでもそれなりに目立っていたのだと思います。
宮崎の片田舎で、ひとりパソコンに向かって書いていた文章が、どこかの誰かの心に届いている。
ちゃんと記事を読んでくれている人たちからの熱いメッセージに、目頭が熱くなる瞬間も何度もありました。
顔も名前も知らない人だけど、そこには、たしかに「心」がある。
それは、雑貨屋やハウスクリーニングなどで、お客さんの顔色をうかがいながら仕事をしていた日々とは、まったく違う感覚でした。
人間不信になっていた僕にとって、画面越しの距離感は、ちょうどいい安心感でもありました。
直接会うわけではない。
でも、言葉を通して、ゆるやかにつながっている。
僕は、人が嫌いになったわけではなく、ただ「人との距離の取り方」がわからなくなっていただけなんだ──。
そう気づかせてくれたのも、ほかならぬブログでした。
無料レポートから最初の2,000人の読者が生まれる
ブログを続けるうちに、僕の中でこんな思いがだんだん強くなっていきました。
「もっと、ちゃんと整理してネットで稼ぐ情報を届けたい。
単なる日記や記事じゃなくて、ひとりで稼ぐための道標になるようなものを書きたい。」
そこで作り始めたのが、「無料レポート」でした。
当時は、PDFの無料レポートを配布して、「興味のある人にメールアドレスを登録してもらう」という仕組みが広がり始めた頃です。
僕はそれまでの経験や実績から、
「ひとりで稼ぐための基本的な考え方」
「ネットで収入を得るために、最低限知っておきたいこと」
をひとつのレポートにまとめました。
タイトルは『インターネットビジネスで24時間儲かる思考』。
「これを読んだ人が、『自分にもできるかもしれない』と思える内容にしたい」
そんな願いを込めて、何度も何度も文章を見直しました。
そして、ブログの記事やサイドバーに、「無料レポートプレゼント。興味のある方は、こちらにメールアドレスを登録してください」と告知しました。
驚いたのは、その後の反応です。
サイトをアップしたばかりなのに、1分も経たないうちに登録通知が数通届きました。
「こんなに待っていた人がいたのか」と、驚きと感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
その後も、日を追うごとに登録者は増え続け、気づけば無料レポートの読者が2,000人を超えていたのです。
「宮崎の片田舎から書いたレポートが、2,000人以上のもとに届いている」
そう考えると、とんでもないチャンスの中にいるという実感が、じわじわと湧いてきて、心が熱くなりました。
そして、その登録者の方たちに向けて、メルマガという形でも情報を届けていきました。
当時、多くの人が利用していた「まぐまぐ」を使い、2005年10月、「ひとりネット起業家向けのメルマガ」を、約2,000名の読者に向けて創刊しました。
宮崎の片田舎から、ホリエモンを超えた日
ブログは「不特定多数に向けて開かれた広場」、対してメルマガは「ひとりに送る手紙」。
そんなイメージで進めていきました。
ブログの記事は、誰でも気軽に読めるオープンな場所。
メルマガは、その中から一歩踏み込んでくれた人に、一通一通、気持ちを込めて送る手紙のような感覚です。
「今日のメルマガを読んで、勇気をもらいました」
「地方にいても、チャンスは平等だと思えました」
そんな応援や感想の言葉を、コメントや返信でいただくたびに、個人メディアの可能性や伸びしろを、強烈に感じるようになっていきました。
対面ではないので、相手の表情や空気感をリアルに感じることはできません。
それでも、言葉を通じて、たしかに「誰かの心に届いている」と実感できる。
個人メディアの影響力を、肌で感じる日々でした。
実際、ライブドアブログのランキングでも数字として結果が出始めました。
当時は登録ブログが約100万件あった中で、全総合ランキングでベスト30の常連になり、最高ランキング9位になりました。
ライブドア社長だった堀江貴文(ホリエモン)さんのブログ「社長日記」より上に、僕のブログが表示されていたのです。
ブログを開始してまだ2カ月頃のことでした。
「宮崎の片田舎の一般人が、全国区の起業家と同じ土俵に立てている」
そう感じたときの、あの不思議な高揚感はいまでも忘れられません。
とはいえ、この時点ではまだ、ブログやメルマガが「立派なビジネス」と呼べる状態ではありませんでした。
なぜなら、収入の柱と言えるほどの売上がなかったからです。
「ブログとメルマガを使って、稼げないだろうか……?」
当時、ブログで集客して月100万円以上稼いでいる人の多くは、アフィリエイトをやっていました。
でも僕は、以前の記事でも書いたように、アフィリエイトの経験や実績はあるものの、「他社の商品やサービスを紹介する形は、自分の本当のビジネスじゃない」という感覚がどうしても拭えませんでした。
自分で100%責任を持ち、自分でコントロールできる。
そんな「自分のビジネス」を立ち上げて稼ぎたいという想いが、強く強く、心の中にありました。
すでにブログのアクセスは伸びている。
メルマガの読者も、開始早々2,000名以上いる。
「手応えは、たしかにある。
これを活かせないだろうか。
自分の“言葉”や“経験”そのものを通じて、誰かの役に立てるかもしれない。」
そんな思いが、日に日に大きくなっていきました。
ブログとメルマガが、ビジネスになり始めた瞬間
「ブログとメルマガを使って、なんとか自分のビジネスをつくれないだろうか?」
そう考えるようになった僕が、真っ先に取り組んだのは、
「自分がいちばん時間とお金をかけて学んできたことは何か?」
を、改めて棚卸しすることでした。
7年ローンで購入した220万円のナポレオン・ヒルのプログラム。
そこから学んできた成功哲学や自己啓発、ひとり起業のマインドセット。
20代の頃から、借金をしてでも学んできた教材やセミナー、本やCD、ノートにびっしり書き溜めたメモたちを、もう一度ひっくり返しました。
そして、自らが挑戦してきたネットを使った小さなビジネスの立ち上げ方についても、あらためて見直していきました。
「僕と同じように、“会社に向いていない”、“ひとりで稼ぎたい”と考えている人は、必ずどこかにいる。」
そう思ったとき、
「ひとり起業のやり方そのものをサービスにすればいいんじゃないか?」
という発想が浮かびました。
そこで立ち上げたのが、インターネットを使ってひとりで起業したい人向けの会員制サービスです。
僕はそれを「ネット起業大学」というコンセプトで始めました。
・ひとりで稼ぐための考え方
・インターネットを使った集客の基礎
・小さく始めて、在庫リスクを抑えながら伸ばしていく方法
そういった内容を、レポートやメールサポートという形でまとめて、月額のコンサルティングとして提供することにしたのです。
値段は、当時の僕なりに「安すぎず、高すぎず」と考えた1万円台。
会社員でも、本気で学びたい人なら手を伸ばせる、ギリギリのラインでした。
告知は、ブログとメルマガ。
「正直、何人も集まらないかもしれない。
それでも、一人でも本気で学びたい人がいるなら、その人の力になりたい。」
そんな気持ちで、募集をスタートしました。
1カ月足らずで約100名。初めての「言葉で稼ぐ」月収100万円
すると、予想以上の反響がありました。
1カ月もしないうちに、トータルで約100名の申し込みがあり、売上は一気に100万円を超えました。
ブログを開始して、まだ2カ月ほどの頃のことです。
その瞬間、これまでの失敗や、経験してきたビジネスが、走馬灯のように脳内を巡りました。
ネットワークビジネスのように、稼ぎにくく、人間関係に翻弄されるわけでもない。
雑貨店のように在庫を抱えたり、固定経費が重くのしかかるわけでもない。
カーシェアリングのように、多額の代理店契約料が必要なわけでもない。
ハウスクリーニングのときのように、体を酷使して現場を回るわけでもない。
株やデイトレードのように、お金だけを動かしてメンタルを削る仕事でもない。
アフィリエイトのように、他社の商品やサービスの都合に振り回されることもない。
ヤフオク転売や中古車売買のように、大きな仕入れ資金や在庫を抱える必要もない。
家のわずかなスペースで、パソコンに向かってきた時間。
これまでの失敗と成功、そしてどん底の中で学んできたこと。
その「言葉」と「経験」そのものに、お金を払ってくれる人がいる。
今までやってきたどのビジネスとも比べものにならないほど、この収入の質は特別だ──。
そう感じました。
これは、僕の中で大きなパラダイムシフト、価値観の転換──ひとつの「覚醒」でした。
在庫を持たない
自宅で完結する
ひとりでできる
直接会わなくていい
自分が100%責任を持てる
頭と経験をフルに使う
あのとき、頭の中でチェックリストのように並んでいた条件が、ひとつ、またひとつと埋まっていく感覚がありました。
こうして僕は、
「モノを売るのではなく、自分の言葉と経験でお金をいただく」
「ひとりで、自宅で、頭で稼ぐ道」
という働き方が、ようやくカタチになり始めていくのを感じていました。
覚醒のあとにやってきた、不安との付き合い方
……ただ、その後の道のりが、決して順風満帆だったわけではありません。
インターネットを使ってひとりで起業したい人向けに始めたものの、それまでの僕の経験や実績では、提供できるコンテンツの厚みに、思ったより早く限界が見えてきたのです。
これまでやってきた、
ヤフオクやアフィリエイト
ホームページ制作
会員制ビジネス
ブログ運営
メルマガ配信
といったテーマに加えて、自分自身の経験そのものを、もう一段、深く・広くしていく必要があると感じ始めました。
そこで僕は、「ネット起業大学」の会員さんへのサポートはそのまま続けつつも、新規募集はいったん停止するという判断をしました。
ひとまずの収入は得られましたが、新しい申し込みは止まるので、当然ながら売上もまたストップします。
それでも僕は、「知識や経験をベースに、頭を使うことをビジネスにすること」そして、「それをインターネットで届けていくこと」この方向性だけは、もう変えないと決めていました。
24歳の頃からずっと模索してきた「理想の働き方・生き方」と照らし合わせても、それ以上にしっくりくる選択肢は、他にないと確信したからです。
とはいえ、まだ僕には経験が足りない。
「もっと再現性の高い仕組みはないのか?」
そんな不安や問いは、消えるどころか、むしろ前よりも強くなっていきました。
どん底や行き詰まった時期から抜け出すための転換期は、きれいな成功ストーリーだけで終わるものではありません。
たいてい、不安や葛藤をおまけのように連れてくるんだと思います。
もし今あなたが、
今の働き方にどこか違和感がある
「このまま一生ここにいていいのか」と、ときどき不安になる
でもまだ、ハッキリとした次の一歩が見えない
そんな状態だとしても、むやみに焦る必要はないと今の僕は思っています。
僕も、当時は
ネットワークビジネス、雑貨屋、カーシェアリング、アフィリエイト、ハウスクリーニング、株、デイトレード、ヤフオク、中古車、ブログ、メルマガ、会員制ビジネス……
と、本当に何度も何度も遠回りをくり返しながら、少しずつ「自分なりの軸」に近づいていきました。
そして、それ以降も複数のビジネスに挑戦し、今もなお、4度目のどん底からの再起の途中にいます。
僕が今いちばん大事だと思っているのは、
自分の頭でちゃんと考えること
今の自分にできる、小さな一歩を止めないこと
そして、違和感を覚えたら「軌道修正してもいい」と、自分に許可を出してあげること
この積み重ねの先にしか、
「これが、自分の道だ」
と胸を張って言える瞬間は、きっと来ないのだと思います。
──つづく。
おわりに
次回は、ブログとメルマガで道がひらけ始めた僕が、「もっと仕組みとして回るビジネスはないか?」と模索する中で、またもや生活の危機に陥り、そこからあるビジネスに出会っていく話を書こうと思います。
続きはこちら。
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よければ、最初に書いた自己紹介の記事も読んでみてください。
せきたつや
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