アンドロイド転生1706
2134年8月21日 早朝
ホーム 中庭
ケンジと妻のスズコは、ガーデンチェアに深く腰を下ろし、刻一刻と表情を変える夜明けの空を眺めていた。スズコはふっと笑った。
「来年の5月ですって。昨日、電話があったの」
「そうか」
イギリスで暮らす息子のリョウ。彼から届いた5人目の新しい命の知らせは、静かな朝の空気に温かな光を添えていた。
「ねぇ、あなた。リョウが言ってたわよ。(4人の)孫を見に来てほしいって」
「あいつが見せに来ればいいだろう」
「ミアさんを置いて?それとも妊娠中のミアさんも一緒に山奥に来いと言うの? 」
「あ…そうか。そうだな」
ケンジはバツが悪そうに、大空を旋回する一羽の鷲へと視線を逃がした。スズコは夫の足元に置かれた古い杖をそっと見つめる。
「ねぇ。タウンに行かない? そうすれば、治療やリハビリをして、足だってきっと良くなるわ。ここにいては悪くなるばかりよ」
ケンジは答えなかったが、スズコは気にせず、彼女もまた宙を見上げ、孤高の鳥に目を細めた。
「リョウは国民になって世界へ飛び出した。今や子沢山。私は息子が誇らしいわ。それに、国民になった他の子たちも、みんなそれぞれに自分の人生を切り拓いている」
スズコは朝の光に消え失せた月の方角に顔を向けた。
「カナタなんて(宇宙飛行士になって)月へ行ったのよ。凄いわよね。それもこれも、あの子達にチャンスがあったからよ」
「チャンスか…」
「そうよ。だから、私にもチャンスを頂戴。5番目の孫をこの腕で抱かせてほしいの。イギリスに行きたいわ」
ケンジは沈黙していたが、その胸中には様々な想いが渦巻いていた。平家の血、誇り。そんな大義名分を盾に、街の人間を拒絶してきた。だが、本当は…。
(父さん。俺は自分の後悔を他人に押し付けていただけだったんだな。本当に自分勝手だった…)
1人で村に残ると豪語したところで、村人たちが自分を見捨てるはずがないのは分かっていた。それこそが千年続いてきた「家族」の絆なのだ。
「村は高齢化しているわ。体が辛いのは、あなただけじゃないのよ。私はみんなに…チャンスを与えてあげたいの」
ケンジは応えないが、スズコは構わず続けた。その瞳には信念の色が宿っている。
「それに…あなたのお父様も、タケルだって、ホームの幸せを願っていたわ。その意志を継げるのは、あなたしかいないのよ」
「…分かった。国民になろう」
スズコは弾かれたように立ち上がった。歓喜に満ちた顔で、いきなり夫の首に抱きつく。
「おい! 何をすんだ、みっともない!」
「あら、夫婦ですもの。いいじゃない」
「ババアに抱きつかれても嬉しくないぞ」
「なによ、頑固ジジイのくせに」
憎まれ口を叩き合いながらも、ケンジはスズコの温もりを拒まなかった。スズコは再び隣に座ると、ケンジの皺の刻まれた手を自分の手で包み、にっこりと微笑んだ。
「あなた、5番目の赤ちゃん、私たちの孫を抱きに行きましょうね」
「ああ…。行こうな」
・・・
ケンジから決意を聞いた村長は、ただ黙って頷いた。その穏やかな表情には、深い安堵と満足が滲んでいた。村長は翌日、未成年を除く村人34人を会議室に集めた。
「弟のケンジから、国民になりたいという申し出を受けた。賛成、反対、それぞれ思うところはあるだろう。まずは、国民になりたい者は挙手をしてくれ」
若年層から次々と手が挙がった。反対者は8人だった。彼らは何があっても折れないぞと言う強気の姿勢だったが、その裏側には新しい世界への恐れと不安が垣間見えた。
※リョウの家族のシーンです
※カナタは宇宙飛行士となり月に行きました
