受給者証を、手にする前に【障害者枠でお仕事をはじめるまで③】
この記事は、シリーズ記事になりますが、
他の記事を読んでいなくても、大丈夫な内容です。
適応障害で休職した私は、復職の目途どころか、
退職することしか考えていませんでした。
そんな中「障害者枠で働く」という新たな選択肢を知り、
精神障害者福祉手帳を手に入れました。
しかし障害者枠で働くには「支援者」が必要だということがわかり、
支援機関と繋がるためには「受給者証」を手に入れる必要がありました。
傷病手当と失業保険というタイムリミットがある中で、
スタートできないまま、日時だけが過ぎていきます。
障害者枠で働くと決めてから数ヶ月が経過し、
これ以上遠回りをしたくないと焦っていた私に、
主治医からある提案がありました。
前回記事
障害者枠で就労するには「障害者手帳」が必要、
1人で就職活動するのではなく「支援者」が必要、
支援を受けるには「受給者証」が必要、
受給者証を手にするには「手続き」が必要、
手続きには「調査」が必要、
調査は順番待ちで「待つ期間」が必要、
道のりは思ってたより、ずっとずっと遠く感じました。
主治医の診察でこのことを話しました。
すると、
「待っている間にデイケアに通いましょうか」
デイケア?
また新しい単語がでてきました。
その言葉は聞いたことがありましたが、
どんなものなのか考えたことも、
調べたこともありませんでした。
その場でまず、
デイケアを見学する
ということになりました。
そして見学当日。
慣れてきた病院の待合室で、私は待っていました。
でも、この日は診察ではないので、少しだけ落ち着きませんでした。
突然、声をかけられました。
ジャージ姿で日に焼けたオールバックの、年配の男性の方でした。
どうやら施設長さんのようです。
ちょっと失礼ですが、病院っぽくない人だな、と思いました。
案内されるがまま、ついていきます。

エレベーターの中、施設長さんは特に何も話しませんでした。
私も、何も話しませんでした。
デイケアに入ると、大きな机がいくつかあり、その周りに人が座っていました。
ソファでくつろいでいる人、
テレビを見ている人、
年齢も性別もバラバラで、20人くらいの方がいました。
私が部屋に入ると、なんとなく視線を感じました。
ちょっとこれは、しんどいな。
施設長さんから説明を受けます。
渡された予定表には、卓球、ストレッチ、カラオケ、創作活動、SST、IMRなどの言葉が並んでいました。
予定表を見ながら話を聞くのは苦手で、
説明はあまり頭に入ってきませんでした。
壁に絵や習字といった、手作りの作品のようなものが貼ってあり、
なんとなく、高齢者施設のような、保育園のような手作り感がありました。
説明が終わると、今度は女性スタッフさんと、小さな部屋で話をしました。
私は緊張していて、ほとんど話せませんでした。
その流れのまま、次回に体験をすることになりました。
家に帰ってから、見学をしたことを振り返ってみました。
でも、正直まだデイケアが何なのか、ほとんど分かりませんでした。
あまりに多くの情報が入ってきて、頭の中で整理できなかったのです。
ただ、
「昼食があるのは楽だな」
「人が多くてしんどそうだな」
そんなことを思ったくらいでした。
そんな気持ちのまま、体験当日を迎えました。
デイケアは9時30分から15時30分で、体験は午後からでした。
病院の待合室に、迎えに来てくださったのは、
前回最後に話をした、女性スタッフさんでした。
デイケアに向かう少しの距離の間、緊張している私に、
話しかけてくださりました。
でも私は、知らない人と話すことが苦手すぎて、ほとんど何も話せなくて、
体験の前なのに、もう疲れていました。
「ちょっと帰りたい」
まだ着いてもいないのに、そう思い始めていました。
デイケアに着くと、見学の時とは違うものがありました。
卓球台です。
そういえば、いただいた予定表に書いてありました。
この日の午後のプログラムは「卓球」
私は卓球をするつもりはありません。
そもそも運動のプログラムに、興味がありませんでした。
一番静かな部屋で、のんびり過ごそう。
そう思っていました。
でも、卓球をしている方々に、女性スタッフさんが声をかけました。
「今日見学のせなさんです、仲間に入れてあげてください」
予想していなかった流れでした、利用者さんが一斉にこちらを向きます。
最悪だ・・・
そこから、卓球をしました。
いや、したと言えるのか分かりません。
卓球が上手な利用者さんに、ラケットの持ち方を教わりました。
でも、運動が苦手な私は当然うまくできません。
ピンポン玉をラケットに当てることもできないですし、何点取られたら終わるのかもわかりません。
1試合だけでしたが、とても長く感じました。
「早く終わってほしい」
それしか考えていなかったです。

ようやくやりたくない卓球が終わり、座って見ていると、
とても驚きました。
皆さん、とても上手でした。
ピンポン玉が見えないくらいの速さで打ち合う姿を見て、
すごいなぁと思っていました。
ここって確か病人が通うんだよね。
もちろん目に見えにくい病気なだけで、元気に見えたのだと思います。
卓球が終わったので、今度こそ静かな部屋で過ごそう。
そう思ったとき、5、60代くらいの男性の方に、声をかけていただきました。
「オセロしませんか?」
何年ぶりかのオセロでした。
でも私は学生の頃、アプリでリバーシにハマっていた時期があります。
ネットで調べて勉強して、短い期間でしたが、真剣に取り組んでいました。
卓球凄かったですし、もしかしたら、皆さんオセロが強いかもしれない。
そう思うと、この男性も囲碁か将棋のアマチュア棋士に見えてきました。
久しぶりでしたが、なんとなく覚えていた知識で真剣にやりました。
結果は、ボロ勝ちしてしまいました。
その男性の方は、どんどん返していく盤面を見ながら、
「ありゃりゃ、やられたねぇ」
とニコニコしていました。
何故かわかりませんが、嬉しそうで、少しホッとしました。

今度こそ、1人になりたい。
いや、帰りたい。
そう思っていた時、女性スタッフさんから声がかかりました。
また小さな部屋で話をしました。
何を話したのか、正直あまり覚えていません。
それくらい疲れていました。
この数ヶ月、ほとんど1人で過ごしていました。
この日は、1年分人と接したような気持ちでした。
帰る前にいつもお世話になっている、精神保健福祉士さんに、
相談をしたくて、病院に戻ったのですが、
お休みなのか忙しいのか、いらっしゃいませんでした。
仕方がないので、帰ることにしました。
家に帰って、ようやく1人になりました。
疲れた。
でもふと思いました。
数時間何かをしただけで、こんなに疲れるんだ。
あらためて、以前の自分とは、
変わってしまったんだと思いました。

この記事は不定期更新のシリーズ記事になります。
次回記事はこちらです。
障害者枠でお仕事をはじめるまで。
