第5話《BREAKOUT》#2 拗らせファーストラブ〜アラサー女は死んだ初恋相手を助けるためにタイムリープする〜
⬛︎第5話《BREAKOUT》#1
⬛︎第5話《BREAKOUT》#2
里穂はさっそく席に戻ると構想を練り出している。
一見わかりにくいが里穂はこういう協力的思考の持ち主だったと懐かしくなり思い出し笑いをしてしまう。
同時にその根底にあるのはミーハー心なんだと意地悪に思ってしまったり。
何より心があたたかくなるのは、ずっと強ばった笑い方をしていた黒咲くんが柔和に目を細めていたことだった。
こうしてちゃんと誰かに幸せを与える人なのになぜ、未来であんな悲劇を迎えてしまったのだろう。
過去に戻った理由はわからないままだけど、戻ったからには黒咲くんを助けられる可能性がある。
この時代、この時期に戻ったのはそこに助けるターニングポイントがあるのだと信じて――。
「ありがとな、時森。 ホームページのことは親父に話してみるよ」
「うん!」
そう、黒咲くんは自殺するような人ではない。
明るくみんなの人気者。
いつだって優しくて、困っている人に手を伸ばす頼れる男の子だ。
絶対に絶対に、おかしな結末だったと私は自分に言い聞かせ、いつ何時でも黒咲くんに手を伸ばすことを誓う。
未来の私も黒咲くんも、誰の手も受け取れなかった分、二度とあんな思いはしたくないともがくのは恋を拗らせた女として当たり前だった。
「動画アイディアは出たとして、あとは演出と衣装と、拡散の手段か」
チラシやポスターは復興会が出しているが、誰の目にも止まらない無難な作りだ。
ありきたりの雪だるまと星が描かれただけのそこら辺に埋もれてしまうデザイン。
未来では何でもインパクト重視になりがちだが、この時代ならまだ新鮮味があるはず。
注目なんて夢のまた夢、なんて思わずに未来の知識は存分にフル活用してやると意気込んだ。
(私、こういうこと考えてる方が好きなのかも)
目立たず荒波を立てない人間になりたかった。
事務職として会社勤めをして、適当な人と結婚をして時折初恋を思い出しては今ある平凡な幸せを噛みしめるはずだった。
何年もそうやって生きてきたはずなのに、心は一切踊らなかった。
黙々とルーチンワーク。
きっと星祭りのポスターを作っているのは未来の私と似たような職の人だろう。
まさに事務の片手間である。
ルーチンワークではない内容を押しつけられて、惰性で作ったもの。
苦手なことがわかる不器用さは素人目でみても顕著なものだ。
元々好きな人が作れば良いが、そうでない人が作ったものはいやいやな気持ちが伝わってしまう。
お祭りといっても身内思考であった。
その思考もまた、ケースバイケースである。
今、それはあきらかにマイナスに働いていた。
(地元を推すなんて考えたこともなかったからなぁ)
「推し……」
そういえば未来では推し活が当たり前になっていたことを思い出す。
(この時代って、推しのことどう呼んでたかな?)
特に推しのなかった私は遠巻きにみていたが、なんだかんだで「これが好き」ではなく「これ推してる」と呼ぶのがベターになっていた気がした。
推し活の代名詞はゆるキャラやアニメキャラから始まったのではないかと推測する。
原点はもっと昔だろうが、価値観はじわじわと高まっているのがこの時代だろう。――それが未来で爆発する。
「アニメみたいなの作れたら最高よね」
「アニメは無理だろー」
私の軽口に対して黒咲くんは「時間も人もいない中でさすがに無理があるけど、出来たら最高だな」と現実をわかっていながらも夢に瞳を輝かせて笑ってくれた。
反応があるって、欠けた心を満たしてくれるんだと頬が熱くなる。
壊れそうになっても好きな人の笑顔があれば何度でも立ち上がれる気がした。
「この学校ってイラスト上手いやつ多いよな〜」
クラスメイトの何人かを挙げていく。
人気者は周りの把握力が高かった。
「なんか展示出来たらいいな。みんなこっそり掲示板に出してるくらいだろ?」
(掲示板? SNSのことかな?)
イラストだけを載せるそういう世界もあったのだと、過去のことで知らない知識がどんどん増えていく。
いまは紙が主流の漫画もどんどんWebメインとなり、縦スクロールのものも増えている。
スマートフォンという技術革命を中心におよそ十数年で劇的な変化が起こっていたのだと改めて驚かされた。
流れる時の早さは、学生時代よりも早すぎて追いついていけなかった。
「いっそ募集だけかけて話題作り? 来年、公式キャラとして発表しちゃうとか」
(ふ●っしーとかくま●ンって有名になったのこのくらいの時だよね?)
ガラケーでも調べられるが、こういう時のスマートフォンでの検索の早さは桁違いであった。
「時森すごいなー。 よくそれだけ思いつくな」
「いや、私のアイディアでは……」
途端に、社会で叩かれ続けた日々を思い出す。
何をしても無能扱いで、見下されて、存在否定を受けていると思えてくる巧妙な手口に傷を負った。
陰湿極まりない手口だ。
法の隙間をくぐり、圧倒的優位な立ち位置から追い詰めていく。
その残酷さは大人になると正義と化す。
反省もなく、見て見ぬふりとなり、叱られる機会もないので膨張する。
下層にいる私には悪の正義に見えていた。
そのトラウマが目の前を真っ黒に染めていく。
(結局、未来の情報をやってるだけ。 既存の真似事でしかない。オリジナリティなんてない。 当たるとかもわかんない。だいたい私は無価値だし。 誰にも認めてもらえなかったし、働くことさえ嫌がられる始末だもの)
抜け出せない闇に呼吸が苦しくなった。
お得意の笑顔の仮面を被って、大人ヅラをする。
「ごめん、テキトーなこと言った。 もうちょっとちゃんと考えるね」
しっかりしないと、足元は簡単に崩れていく。
一寸先は闇、とはこういうことなのだろうか。
誰にも支えてもらえない足場ほど脆いものはなかった。
「なんで? おもしろそうじゃん?」
「え?」
思わぬ言葉が降ってきて顔をあげると、穏やかな優しい眼差しの黒咲くんに目を奪われてしまう。
「何がどう転ぶかわかんないしさ。 とりあえずやってみようよ」
そんなあたたかくて思いやりに満ちた言葉をかけてもらえたのは何年ぶりだろうか。
否定に否定が続き、疲弊していた心に染み渡る。
肯定してほしいわけではなかった。
ただ私を否定するような悪意をぶつけないでほしかった。
無価値だなんてレッテルをはらないで。
不用品扱いしないで。
これ以上、追いつめないで……。
引き裂かれてバラバラになっていた心が、少しずつ元の位置に戻り出す。
何気ない優しい一言が世界を変えていく。
色褪せた世界から、鮮やかな世界へ。
流星のように降り続ける黒咲くんという輝きが私に光をくれた。
目頭が熱くなったけれど、それを抑えようなんてことも思わず頬は静かに濡れていく。
「時森!? なんで泣いて……」
「なんでだろうね。たぶん、嬉しいんだ。私、黒咲くんとたくさん話せて嬉しいんだよ」
息を飲む音がした。
だけど眉をひそめて一瞬弱り果てた微笑みを見て、何かが黒咲くんの繊細な部分に触れてしまったことに気づく。
同じように、息を飲んでしまった。
「金はないから厳しいこともあるけど」
「……うん」
現実は変わらない。
でもそばにいたい人は選べる。
私は黒咲くんのそばで、喜ぶ顔がみたい。
絶望に身を投げる未来は、希望に変える。
優しいあなたに絶望は必要ないから。
「私、やりたい。 何がいいとかはわかんないけど、やってみたい!」
黒咲くんの手を取ると、私の視界は星が瞬き出す。
「黒咲くんに楽しいって思ってほしい!」
「俺に?」
「あ……」
目を丸くする黒咲くんに、口ばかり先走って要点のない気持ちばかり言ってしまったとこの先の言葉を引っ込める。
こんな目立つ場所で開いてばかりの口は起爆材のようだった。
「あー、えっとその気持ちに嘘はなくて……いや、決して下心とかではなく」
「ははっ、そうだよな、楽しまないとな」
誤魔化せただろうか?
いや、本音であり下心満載だ。
それでも好きと告白するタイミングではない。
空気を読むのだ、アラサー女。
大人と書いて大気汚染。
高校生と書いて空気清浄機。
黒咲くんに浄化されてしまえ、穢れた私!
「ありがとな。 なんか元気出たよ」
「うんっ!」
やってみなきゃわからない。
怖い気持ちはあるけど、社会で叩かれるより怖くない。
だってここにいるのは未成熟な子どもなんだ。
無謀な挑戦の大体が許されるのは子どもだ。
やってはいけない理由を考えるのが大人。
ここにいる私は子どもなのだから、上司やお局の顔なんて気にしなくていいんだ!
すっかり浄化された私は機嫌を良くして、不用社畜アラサーに似つかわしくない前向き思考になっていた。
――だから見落としていた。
こんなに賛同して楽しもうとしている黒咲くんが自殺に至るまでの闇を。
大人になればなるほど、私たちは意見が言えなくなっていくということを――。
⬛︎第6話《ポニーテールとシュシュ》#1
