「バレンタインなんて大嫌いだ」─そう呟いた少年が見せた“最高の笑顔”の理由|休み時間#12
#休み時間シリーズ (第12話)
学校の先生や教育全体に関する
あるあるな話題を取り上げていきます。
※このシリーズは、どの回からでも読めます。
まもなくバレンタインデーがやってきますね。
チョコレート会社の宣伝要素が強いとは分かっていても、多感な中学生にとっては、やはり一年の中でも指折りの一大イベントです。
果たして今年のバレンタインは、子どもたちにとってどんな一日になるのでしょうか……。
ふと、私が担任をしていた頃の、ある冬の出来事を思い出しました。
1.変わりゆく学校のバレンタイン
かつて、学校のバレンタインデーといえば「本命」の相手にそっと想いを伝える日でした。
廊下の隅や放課後の教室、あるいは下駄箱。女子生徒が小さな包みを差し出し、男子生徒が照れくさそうにそれを受け取る……。教師たちもその空気を感じ取り、校則違反だと目くじらを立てることもなく、どこか微笑ましく見守っていたものです。
中には、教え子から密かにチョコをもらって、職員室で鼻の下を伸ばしている先生もいました。(実は、恥ずかしながら、私もその一人でした)
しかし、時代は「義理チョコ」や「友チョコ」の全盛期に。
当日ともなれば、大きな紙袋に大量の小分けチョコを詰め込み、クラス全員や部活仲間に配り歩く生徒が出始めました。休み時間はまるでお祭りのような騒ぎに。さすがに学習環境への影響を無視できなくなり、学校側の指導も厳しくなり始めました。
そして現在。
食物アレルギーへの配慮やコロナ以降の衛生管理、もちろん「学習に不要な物の持ち込み禁止」という指導面もあり、多くの学校でバレンタインは「完全禁止」となっているはずです。「渡すなら家に帰ってから」というのが、今の時代のスタンダードではないでしょうか。
ですが、そんな厳格なルールが定着する直前、私が担任をしていたクラスで、たった一度だけ起きた「奇跡のバレンタイン」を、今でも忘れられません。それは、一人の少年の「バレンタインなんて大嫌いだ」という一言から動き出しました。あの日、彼はなぜ「最高の笑顔」に変わったのか。 今の学校現場では決して見ることができない、あの日の教室の空気をお話ししようと思います。
2.本音の叫び「バレンタインなんて大嫌い」
それは、バレンタインを一週間後に控えた放課後のことでした。
教室で一人、掲示物を整理していた私に、一人の男子生徒が近づいてきました。
「先生、来週バレンタインだね」
彼がポツリと呟きました。
「そうだね。もしかして、誰からもらえるか期待してるの?」
私が冗談めかして返すと、彼は少し寂しそうな顔をして首を振りました。
「ちがうよ。……おれ、バレンタインなんてなくなればいいのにって思ってるんだ」
「どうして?」
「だって、今まで母親以外からチョコなんてもらったことないし。毎年、いくつももらって自慢してるやつを見ると、もう悔しくて。だから、毎年14日は気が重いんだよ。バレンタインなんて大嫌いだ」
彼の言葉は、私の胸に深く突き刺さりました・・・。
翌日、私は放課後に残っていた女子生徒たちに、名前は伏せた上で、ある男子生徒が漏らした不安について話をしてみました。
すると、一人の女子生徒が顔を上げました。
「じゃあさ、先生。クラスの女子みんなで作って、男子全員にあげちゃうのはどう?」
「えっ?」
「『誰が誰に』じゃなくて、『女子から男子へ』。それなら、誰も寂しい思いをしないでしょ?」
そのアイデアは、瞬く間に隣のクラスにも広がりました。
当時の勤務校は、1学年2クラスしかない小規模校でした。学年独自でプレゼント交換会をしたり、行事の後にみんなでおやつを食べたりといった、どこか緩やかでアットホームな雰囲気が残っていたのです。
隣の担任も「それは面白い。生徒たちの自主性に任せてみようよ」とノリノリで協力してくれることに。他学年の先生たちからも「まったく、あの学年は……」と苦笑い混じりの、でも温かな声をかけてもらいました。(ほっ)
二月十三日。放課後の調理室には、学年の女子全員が集結していました。
本来、私的な目的で調理室を使うことは認められていません。しかし、この日だけは特別です。私と隣の担任が責任を持つという条件で、管理職から許可を取り付けました。
甘い香りが漂う中、女子たちは協力して板チョコを溶かし、丁寧にラッピングを施していきます。そこには、誰かを想う純粋なエネルギーが満ち溢れていました。
3.あの日、だれも予想しなかった展開
そして迎えた、二月十四日。
いつものように帰りの学活が終わり、
日直が大きな声で「起立、気を付け……」と号令をかけ、「さようなら」と挨拶をしようとした、その時でした。
「ちょっと待った!」
学級委員の女子生徒が、鋭く声を上げました。
クラスの男子たちは驚いた表情になり、
「なんだなんだ」
「うわ、掃除のことで文句でも言われるのかな……」
と、少し身構えるような空気さえ流れました。
しかし、その数秒後。
合図とともに、女子たちが一斉に自分の隣の席の男子へプレゼントを手渡したのです。
「これ、女子全員から男子全員へのプレゼント! いつもありがとう!」
教室中に驚きが広がり、次の瞬間、弾けるような笑顔が溢れ出しました。
私は、あの少年の様子をそっと伺いました。彼は手に持ったチョコをじっと見つめ、やがてゆっくりと顔を上げました。その顔は、最高の笑顔でいっぱいでした。
それは、単にチョコをもらえた喜びだけではなく、「自分もこの場所の一員として認められているんだ」という安心感から溢れたものだったのかもしれません。
一ヶ月後のホワイトデー。
今度は男子たちが立ち上がりました。
中学生の男子にとって手作りは少しハードルが高かったのか、彼らが選んだのはお店で買った色とりどりのキャンデーでした。照れくさそうに、でもどこか誇らしげに女子へお返しを渡す姿は、クラスの絆をより一層深めてくれました。
4.教師として、今伝えたいこと
今振り返れば、あのような光景は、今の学校現場ではもう二度と見られないでしょう。
実際、私がこうした試みを認めたのも、後にも先にもこの一回限りでした。現在は、アレルギーや衛生面の問題だけでなく、ジェンダーへの配慮も欠かせない時代です。「女子から男子へ」という形そのものが、今の感覚では少し偏っていると捉えられるかもしれません。もし今、同じようなことが起きるなら、性別に関係なく「みんなでみんなに感謝を伝える日」という形になるのが自然なのだと思います。
当時はまだ「女子から男子へ」という図式が一般的でしたが、それでもあの日、あの小さな学校の教室で起きたことは、間違いなく一つの「正解」だったと思っています。
ルールを守ることはもちろん大切です。
けれど、ルールの隙間で「自分なんて」と傷ついている誰かのために、子どもたちが自ら知恵を絞り、心を動かすこと。
「バレンタインなんて大嫌いだ」と言った彼が、最後に見せたあの笑顔。
それは、単にチョコをもらえた喜びだけではなく、「自分もこの場所の一員として認められているんだ」という安心感から溢れたものでした。
教育の現場に必要なのは、厳格な禁止事項だけではありません。
時として、ルールを超えて人の心を救う「優しさの余白」こそが、子どもたちの心を育てるのだと、あの日、生徒たちが教えてくれた気がします。
放課後の誰もいない教室に行くと、私は今でも時々、あの甘いチョコレートの香りを思い出します。
あんな奇跡のようなバレンタインは、もう二度と訪れないかもしれません。
それでも、あの日の彼が見せた笑顔と、クラス中に広がった温かな空気は、今も私の教師人生を支える大切な宝物になっています。
もし今、同じような悩みを抱えている生徒が目の前にいたら、私はどう声をかけるでしょうか?
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