支配の味を希望の味へ!−バインミーから紐解く「たくましい歴史」の授業|食×授業#10
「これ、おいしいよ。買ってきたから食べてみて。」
そう言って娘から差し出された、フランスパンで作ったサンドウィッチのようなものを、何気なくかじってみました。
すると、思わず声が・・・
「うまっ!」
フランスパンを食べているはずなのに、なぜかアジアの香りがするのです。
コクのあるパテ。
たまらない酸味のなます。
パクチーの突き抜けるような香り。
フランス生まれのバゲットの中に、まるで別の文化が同居しているようでした。
「これって、一体何?」と娘に聞くと、
「バインミーだよ。知らないの?」との答えが。
これが、私とバインミーの初めての出会いでした。
でも、その時、おいしさへの驚きとともに、社会科教師としての好奇心がむくむくと湧き上がってきました。
「なぜ、ベトナムにフランスパンがあるのか。」
「これは、もしかすると、あの歴史的背景が関係しているのでは…
ならば授業にできるぞ。」と。
1.持ち込まれた「支配の味」
歴史を振り返れば、そこには19世紀後半からの「仏領インドシナ」の記憶があります。
フランスはベトナムを植民地とし、自国の文化を持ち込みました。バター、パテ、そして小麦で作ったパン。本来、米を主食とする土地に、宗主国の食文化が上書きされていったのです。
植民地支配は、決してきれいごとではありません。政治的な抑圧、経済的な搾取、そして激しい独立運動。そこには、数えきれないほどの苦しみがあったはずです。
だからこそ、私は不思議でなりませんでした。
なぜ、支配が終わっても、このパンは残ったのでしょうか。なぜベトナムの人々は、忌まわしい記憶ともなり得る「支配者の食べ物」を捨てなかったのでしょうか。
2.「受け入れた」のではなく「作り替えた」
バインミーをよく観察すると、あることに気づきます。
本場フランスのバゲットは、小麦の香りが強く、ずっしりと重いものです。けれど、ベトナムのパンは驚くほど軽く、外側がカリッとしていて、中はふわふわです。
よく「ベトナムのパンには米粉が入っている」と言われることがあります。確かに一部にはそういうレシピもありますが、実は現地のパンの多くは小麦粉で作られているそうです。それなのに、なぜあんなにサクサクと軽いのでしょうか。
それは、ベトナムの人々が、高温多湿な自国の気候に合わせて、焼き方や発酵のさせ方を独自に進化させたからだと言われています。
フランスから持ち込まれた「重厚なパン」を、彼らは自分たちの風土に合う「軽やかなパン」へと変容させたのです。
なますを挟み、パクチーを入れ、現地の気候に合わせた食感に調整する。それは、単なる「受容」ではありません。支配者の文化をそのまま受け入れるのではなく、自分たちの生活に合う形に、自分たちの手で「作り替えた」ということではないでしょうか。
そう考えると、バインミーは支配の象徴ではなく、支配を生き延び、それを乗りこえた「生活の証」のようにも思えてきます。
3.それでも私は、また買いに行く
そのおいしさを求めることはもちろんですが、歴史を知ってからは、むしろ自分でも何度も買いに行くようになりました。
味は、生活に深く根を張ります。そして生活というものは、単純な善悪や、正義・不正義だけでは割り切れるものではありません。
この「割り切れなさ」こそが、教室で生徒たちと考えたくなるテーマではないかと思ったのです。
4.もしも授業にするなら・・・
まずは教室に、本物のバインミーを持ち込みたいです。
そして、生徒たちには、こう問いかけてみたいと思います。
「これは、フランスパンにはさんだサンドウィッチなんだけど、ベトナムの名物なんだよ。でも、なぜ、ベトナムにフランスパンがあると思う?」
最初は「おいしいから!」「おしゃれだから!」と笑うかもしれません。
次に、小麦、大根(なますの原材料)、パクチーの生産が盛んか、
養豚(パテの肉は豚肉)は行っているか、などを教科書や地図帳などで調べていくはずです。
やがて、生徒たちの学びは19世紀の悲しい記憶にたどり着くことでしょう。
植民地支配。
仏領インドシナ。
独立運動。
ここまで来たら、授業の最後にはこう問いかけたいです。
「文化は、支配によって消されるものだろうか。それとも、形を変えて生き残るものだろうか」
5.おいしいの奥へ
娘がくれた一本のパン。
それは、かつての植民地支配の歴史と、今の私の生活をつないでいました。
「おいしい」で終わらせない。
けれど、「おいしい」からこそ、その背景にある人々の営みに触れたくなります。
私たちの食卓の上には、ときどき、世界史がのっているのです。
今日の話が、社会科の面白さを思い出すきっかけになれば嬉しいです。 このテーマを「中学社会科の視点」で読み解く授業は、メンバー限定でお届けしています。 土曜夜の社会科教室で、学びなおしを一緒に楽しみませんか。
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