組織の困りごとを、どう見ればいいのか
書店のビジネス書コーナーに行くと、「制度も研修も整えたのに人が育たない理由とは」「主体性を高めるステップ」「始めたことが現場で続かない理由」といったタイトルを、よく見かける。
組織の悩みへの処方箋のようなワードがこれだけ並ぶのは、それだけ悩みが多いということなのだろう。
ちょうど材料がそろったので、今回はこの三つを解決策を考える材料として取り上げてみたい。

ひとつ目は、「人が育たない」という課題だ。教えていないわけではない。仕事に際して都度フィードバックもしている。本人も直そうとしている。それでも、次になるとまた似たようなところで引っかかる。上司の側からすると、「これだけやってるのに、なぜ育たないのか」という話になる。
たとえば、営業会議で新しい提案先の共有をしている場面。
若手が、会社の沿革から話し始める。創業何年で、拠点がいくつで、導入実績がどれくらいで、という説明が続く。そこで部長が止める。「長い。先に、この会社に何を提案したいのかを言って」
次の週、その若手は言われた通りに変える。冒頭でいきなり、「今回はコスト削減の提案です」と言う。すると今度は、部長が首をかしげる。「急すぎる。なんで先方がそこに関心を持つと思ったのか、その前提がないと話が飛ぶ」
若手からすると、前回言われたことは直している。長いと言われたから削った。先に提案を言えと言われたから先に言った。それでも、また違う指摘が返ってくる。
上司が知りたかったのは、なぜその会社にその提案になるのか、だけだった。でも実際に出た指摘は、「前置きが長い」だった。
だから部下は、理由の組み立てではなく、前置きを削る方を直した。
その結果、次は「急すぎる」と言われる。
伝わるべき内容がきちんと伝わっていなかったのだ。
ふたつ目は、「主体性が高まらない」という課題だ。自分で判断して動けるように指導もしている。仕事も振っている。行き過ぎそうなところでは、途中で軌道修正もしている。それでも、いつまで経っても確認が減らない。上の側からすると、「考えて動いてほしいのに、なんでこんなに自分で決められないのか」という話になる。

たとえば、こんな場面だ。
商談のあと、相手がどこまで話を進める段階にあるかを見て、次の動きを自分で決めるように普段から指導している。ある日、若手が面談後すぐに資料を送り、次回の日程打診まで入れていた。ただ、その先方はまだ比較検討の途中で、そこまで一気に進める段階ではなかった。部長は、「そこは急ぎすぎないほうがいい」と伝える。
次の案件では、若手は面談後に、「今日はお礼メールだけで止めた方がいいですか」「資料はまだ送らない方がいいですか」「次回の日程は聞かない方がいいですか」と、一つずつ確認してくる。部長は、「そこまで全部聞かなくていい」と返す。
この場面で起きているのは、どこまで自分で進めてよくて、どこから慎重に見直すべきかが共有されていない、ということだ。部長は、進めすぎたところを修正した。若手は、「次は先に確認してから動くものだ」と受け取った。次に部長が困ったのは、面談のあとに毎回判断が細かく止まるようになったことだった。自分で考えて次の動きを決めてほしかったのに、伝わったのは見極めの基準ではなく、先に聞くという動きのほうだった。
三つ目は、「始めた施策が途中で回らなくなる」という課題だ。会議もする。形式も作る。最初はちゃんと埋まる。それでも、しばらくすると効かなくなる。上の側からすると、「やっているのに、なぜ何も変わらないのか」という話になる。
たとえば、週報に「今週の課題」と「来週の打ち手」を書くことにした場面。
最初は全員書く。ただ、一人は「案件数を増やす」、一人は「提案力向上」、一人は「関係構築」と書く。会議で見返しても、それぞれが何を変えようとしているのかが揃っていない。部長は、「もっと具体的に書いてほしい」と伝える。
次の週になると、書き方は少し変わる。一人は「新規先に3件架電する」、一人は「提案資料を1本作成する」、一人は「顧客と雑談を増やす」と書いてくる。ただ、今度は、課題と打ち手のつながりが見えない。前週から何を受けてその打ち手になったのかもわからない。会議で見返しても、何を試して、何が変わったのかが追えない。部長は、「そういうことが見たいわけではない」と言う。
書く側からすると、前回言われたことは直している。抽象的だと言われたから、行動に落として書いた。それでも、また違う指摘が返ってくる。

この場面で起きているのは、書くことは決まっていても、何を書けば振り返りに使えるのかが共有されていない、ということだ。だから書く側は、振り返りに使える形ではなく、細かい行動を書く方を直した。けれど、前週から何を変えたのかも、何を試したのかも見えてこない。だから、見返しても次につながらない。部長が見たかったのは、前週から何を変えたのか、何を試したのか、その結果どうだったのか、という流れだった。でも実際に伝わったのは、「もっと具体的に書く」ということだった。
つまり、伝わるべき内容がきちんと伝わっていなかったのだ。
ここまでの三つは、表面だけ見れば別の話である。人が育たない。
主体性が高まらない。
始めた施策が途中で回らなくなる。
ただ、少し中を見ていくと、三つとも同じところで食い違っている。
一つ目では、知りたいことではなく、前置きを削ることのほうが伝わっていた。
二つ目では、判断の基準ではなく、先に確認するという動きのほうが伝わっていた。
三つ目では、振り返りに使える形ではなく、もっと具体的に書くことのほうが伝わっていた。
三つに共通しているのは、伝えるべき内容が、そのまま相手に届いていないということだ。
だから、教えても育たないし、促しても主体性が高まらないし、施策を回しても次の改善につながらない。
こうして並べると、ボトルネックはかなりはっきりする。表に出ている症状だけを見ているうちは、どこに手を入れるべきかは見えてこない。けれど、詰まりがわかれば、はじめて何に対処すべきかを考えることができる。さらに言えば、この手の問題は別々に見えても、ボトルネックは案外共通したシンプルなところにある。
今回は、たまたま目についた三つを取り上げた。表に見えている現れ方は違っていても、少し奥を見ると、同じところが効いていることがある。
私のnoteでは、そういう話を書いているものが多い。
せっかくなので、身の回りの困りごとを思い出していただいて、コメント欄かメッセージで聞かせてほしい。
きっと、こちらで中身を見ていけば、表に出ている困りごととは別のところにあるボトルネックが見えてくるはずだ。
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