Gradus― 失われた評価基準 ―
はじめに
Gradus(グラドゥス)。
ラテン語で「段階」「階級」「階段」「昇進」を意味する言葉であり、英語の Grade や Graduate の語源でもある。
もちろん、これは古代文明を巡る冒険譚ではない。
砂に埋もれた失われた都を探す話でもない。
たぶん。
これは、評価制度とキャリアパスについての話である。
第一章 失われた評価基準
皆さんの会社には評価制度があるだろうか。
おそらくある。
では質問を変えよう。
皆さんの会社には、
「何をすれば昇格できるのか」
を明確に示した制度があるだろうか。
私はこれまで様々なプロジェクトや組織を見てきた。
その中で、ずっと不思議に思っていることがある。
品質基準はある。
設計基準もある。
レビュー基準もある。
監査基準もある。
不具合管理のルールもある。
しかし、人事評価になると突然、
「総合的判断」
という古代魔法が飛び出してくる。
なぜ昇格したのか。
なぜ昇格できなかったのか。
なぜあの人が選ばれたのか。
その理由が分からない。
あるいは説明できない。
品質保証の世界でそんなことをしたら大問題になる。
「この不具合は総合的判断で問題なしです」
などと言えば、監査で即座に突っ込まれるだろう。
しかし人事評価では、似たようなことが意外と普通に存在している。
私はこれを、
「失われた評価基準」
と呼んでいる。
第二章 昇格条件という名の伝説
例えば、PMになりたいとする。
何をすればよいのだろう。
PMPを取得するのか。
大型案件を完遂するのか。
サブリーダー経験を積むのか。
リスク管理を学ぶのか。
会社によって答えは違うだろう。
それは構わない。
問題は、
答えが存在しないこと。
「頑張れ」
「経験を積め」
「総合的に判断する」
これではキャリアパスとは呼べない。
RPGで言えば、転職条件が表示されない状態である。
賢者になる条件は秘密です。
上級職になる条件も秘密です。
ただし満たしていないと転職できません。
さらに条件を満たしても、評価会議というブラックボックスで結果が変わることがあります。
そんなゲームがあったら、私はたぶん遊ばない。
仕事も同じではないだろうか。
評価制度とは、本来「人を落とすための罠」ではなく、「次の段階へ進むための地図」であるべきだと思う。
第三章 機会のない幻想のような評価制度
ここでさらに問題がある。
仮に昇格条件が存在したとしても、その条件を満たす方法が存在しなければ意味がない。
例えば、
「PM経験3年以上」
が昇格条件だったとする。
では、そのPM経験はどうやって積むのか。
案件は誰が選ぶのか。
挑戦する機会はあるのか。
教育制度はあるのか。
失敗しても再挑戦できるのか。
これらが定義されていないなら、その制度は機能していない。
評価基準だけがあって、経験を積む機会がない。
それは、鍵のない扉の前で「開け方は自分で考えてください」と言っているようなものだ。
私なら、例えばこんな形を考える。
リーダー候補であれば、
CAPM取得、または同等の基礎知識の証明
サブリーダー経験
小規模チームでの進捗管理経験
後輩や新人へのレビュー・育成実績
PM候補であれば、
PMP取得、または同等の体系的学習の証明
予算・スケジュール・リスク管理の経験
ステークホルダー調整の経験
案件完遂、または重要局面の立て直し実績
PMO候補であれば、
PMI-PMOCP取得、または同等のPMO知識の証明
標準化・可視化・改善提案の実績
プロジェクト横断での課題管理経験
品質や進捗に関する分析・報告経験
もちろん、資格だけで昇格とは思わない。
知識だけあっても実践できるとは限らない。
逆に経験だけあっても、体系的知識が不足していることもある。
だから、知識と経験の両方を評価する。
そして会社側は、その経験を積む機会も用意する。
例えば、半期に一度サブリーダー候補を公募する。
PM補佐として参画できる案件枠を作る。
PMO改善活動に参加できる仕組みを作る。
経験者のもとでメンターを付ける。
失敗した場合も、振り返りと再挑戦の機会を設ける。
ここまでやって初めて、
「条件を満たしてください」
と言えるのではないだろうか。
求めるなら、機会も与える。
評価制度と育成制度は、本来セットであるべきだと思う。
第四章 公平とは何か
私は平等主義者ではない。
むしろ公平でありたい。
平等とは、全員に同じものを渡すこと。
公平とは、制約条件を考慮した上で、納得できる期待役割を置くこと。
この違いは大きい。
子育て中の人がいる。
介護をしている人がいる。
新婚生活を大切にしたい人もいる。
体調面に不安を抱えている人もいる。
人生には様々な事情がある。
だから全員に同じ働き方や同じ成果量を求めるのは違う。
しかし、評価基準そのものまで曖昧にしてよいとは思わない。
重要なのは、
制約条件を考慮した上で、今期の期待役割を明確にすること。
例えば、子育て中で突発的な休みが発生しやすい人に、常時即応が必要な炎上案件の主担当を任せるのは現実的ではないかもしれない。
その代わり、設計レビュー、教育資料整備、改善提案、ナレッジ化など、時間の裁量を持ちやすい役割で成果を出してもらうことはできる。
時短勤務であれば、単純にフルタイム勤務者と同じ物量を期待するのではなく、担当範囲や成果物の期待値を調整する。
一方で、その調整された期待役割に対しては、きちんと成果を見ればよい。
配慮はする。
期待値も明確にする。
その期待値に対して評価する。
これが公平だと思う。
特別扱いでもない。
差別でもない。
必要なのは、納得できる説明である。
第五章 品質保証屋、人事制度を語る
品質保証の世界では、曖昧な基準は嫌われる。
レビュー結果が人によって変わる。
品質判断が属人化する。
監査で説明できない。
エビデンスが残っていない。
トレーサビリティが取れない。
そんな状態では品質を維持できない。
ならば、人事制度も同じではないだろうか。
評価基準を明文化する。
昇格条件を公開する。
到達ルートを定義する。
教育機会を提供する。
評価理由をログとして残す。
上司の判断を複数人でレビューする。
制度運用を定期的に監査する。
例外は例外として記録し、説明責任を持つ。
私はむしろ、その方が健全だと思う。
上司の裁量はあってもよい。
むしろ、完全に機械的な評価制度など現実的ではない。
想定以上の成果を出した人には、プラスの補正があってよい。
炎上案件で大きな損害を出し、その主要因が本人の振る舞いにあるなら、マイナスの補正があってもよい。
ただし、その補正には理由が必要だ。
証拠が必要だ。
説明が必要だ。
つまり、監査可能である必要がある。
品質保証屋としては、それだけでかなり安心できる。
逆に言えば、
「上司がそう思ったから」
だけで評価が決まる制度は、レビュー観点としてはかなり危うい。
それは評価制度ではなく、属人化した儀式である。
第六章 時を越える銀の翼
もし。
時を越える銀の翼が存在するなら。
私は過去の自分にいくつか助言を送るだろう。
レビューを面倒がるな。
品質分析を学べ。
PMの知識体系を知れ。
英語は少しずつでいいから続けろ。
そして何より。
次の階段はそこにある。
そう伝えると思う。
しかし現実にそんな翼は存在しない。
キャリアは基本的に不可逆だ。
20代だからこそ積みやすい経験がある。
30代で求められる役割がある。
40代で見えてくる責任がある。
もちろん、いつからでも学び直すことはできる。
それでも、早く知っていれば選べた道はある。
だからこそ、会社は未来へ向かう階段を示すべきだと思う。
社員も、自分の現在地を知るべきだと思う。
人は未来を選べる。
だが過去は選べない。
だからキャリアパスは重要なのだ。
おわりに
評価制度とは、人を選別するためのものではない。
次に何を学べばよいのか。
何を経験すればよいのか。
どこへ向かえばよいのか。
その階段を示すためのものだ。
キャリアパスという名のテックツリーは、いつも未実装のままであってよいはずがない。
もちろん、そんな制度は存在しないのかもしれない。
天空の会社にのみ伝わる伝説なのかもしれない。
最後の幻想に過ぎないのかもしれない。
緑の帽子を被った勇者だけが辿り着ける場所にあるのかもしれない。
赤毛の冒険家が遭遇する、翼を持つ古代文明にしか残されていないのかもしれない。
あるいは。
そんなものは最初から存在せず、人事部の金庫に封印されているだけなのかもしれない。
もし見つけた方がいたら、ぜひご一報いただきたい。
私も探している。
失われた評価基準を。
時を越える銀の翼がなくても、今いる場所から次の一段を見えるようにすることはできる。
そして、もし自分の会社にその階段がないのなら。
まずは一段だけでも、自分で可視化してみるとよいのかもしれない。
自分が次に何を学ぶべきか。
どんな経験を積むべきか。
どんな役割を目指すべきか。
その小さな一段こそが、失われた評価基準を取り戻す最初の行動になる。
Bonus Stage:品質保証屋が本気で評価制度を作ったら
本記事を書いている途中で、
「じゃあお前ならどうするんだ?」
という当然の疑問が発生した。
そこでAIとの雑談と妄想をベースに、
品質保証屋が考える評価制度のサンプルを作成してみた。
盛大な悪ふざけのため、話半分で参照して欲しい。
中身がスカスカでも怒らないでほしい。
注意事項
本資料の利用により発生した以下の事象を含むあらゆることについては責任を負いません。
上司との口論
人事部との議論
昇格審査会への召喚
評価制度改善プロジェクトへの強制アサイン
PMOへの転職
PMP受験
なぜか管理職候補にされる現象
