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注文の多いワンコ--距離感と境界線の話--

人と話しているとき。

内容そのものよりも、

「その距離感で来るんですね」

と思うことがある。


一人称。

二人称。

敬語。

タメ口。

呼び方。

主語の大きさ。

話すときの圧。


どれも、ただの言葉遣いに見える。

でも実際には、

相手との距離感をどう見ているかが、

そこに少しだけ出る。


たとえば、

「私」

「僕」

「俺」

「自分」

だけでも、印象は変わる。


「あなた」

「君」

「お前」

名前呼び。

名字+さん。

あだ名。


これも全部、印象が変わる。


別に、

どれが正しいという話ではない。


「俺」が悪いわけでもない。

「僕」が正しいわけでもない。

敬語が正義なわけでもない。

タメ口が悪なわけでもない。


ただ、

言葉遣いには、

その人が相手との距離をどう置こうとしているかが、

ほんの少しにじむ。


そして、

それを結構見ているワンコもいる。


シバ丸である。



シバ丸は柴犬である

シバ丸は柴犬である。

いや、

正確には人間なのだが、

心の中のワンコはたぶん柴犬である。


レトリバーではない。


相手は距離を縮めて、

親しくしているつもりかもしれない。

悪気はないのだと思う。

むしろ良かれと思っているのかもしれない。


しかし、

シバ丸は柴犬である。


初対面で急に距離を詰められると、

心の中のワンコはこうなる。


ワン?(訳:いきなりなんだ???)


ワンワン?(訳:ちょいちょいちょい!!!)


まだ匂いも嗅いでないんですが?


そして、

さらに距離を詰められると、

耳が少し後ろに倒れる。


うーーーーー……


である。


第一の注文

急に頭を撫でないこと

シバ丸は、

急に頭を撫でられるのが得意ではない。


もちろん、

本当に頭を撫でられる話ではない。

心の中のワンコの話である。


仕事上で、

初対面なのに急に距離が近い。

いきなりタメ口。

妙に上から目線。

こちらの反応を見る前に、

ぐいぐい踏み込んでくる。


そういうとき、

シバ丸の心の中のワンコは、

少し身構える。


相手からすると、

「仲良くしようと思っただけ」

かもしれない。


だが、

シバ丸からすると、

まだ安全確認が終わっていない。


柴犬には柴犬の手順がある。


少し距離を置く。

少し様子を見る。

少し匂いを嗅ぐ。

安全そうだと思ってから、

ようやく尻尾が動き始める。


面倒くさい。


自覚はある。


ワン。


第二の注文

呼び方で勝手に距離を決めないこと

人は、

呼び方だけで相手との距離を決めてしまうことがある。


「さん」付け。

名前呼び。

あだ名。

「君」

「お前」


どれも、

文脈によって印象が変わる。


友人からの「お前」は、

親しみかもしれない。

家族からの「お前」は、

いつものノリかもしれない。


でも、

仕事上の相手から、

急に「お前」や強めのタメ口が飛んでくると、

シバ丸の耳は動く。


これは親しみなのか。

それとも圧なのか。


確認が始まる。


ワンコなので。


特に、

相手が年齢的に上だったり、

立場が上だったり、

顧客だったり、

評価や判断に影響を持つ人だったりすると、

警戒センサーは少し敏感になる。


言葉だけを見ているわけではない。


年齢。

役職。

権限。

関係性。

声のトーン。

表情。

場の空気。

過去のやり取り。


全部まとめて見ている。


シバ丸は総合評価型のワンコである。


面倒くさい。


やはり自覚はある。


ワン。


第三の注文

勝手に群れへ入れないこと

シバ丸は、

主語が急に大きくなると少し警戒する。


たとえば。


私はこう思う

私たちはこう思う

みんなそう思う

普通はそうする


この変化である。


最初は個人の意見だったはずなのに、

いつの間にか集団の総意になっている。


うーーーーー……


シバ丸は思う。


その群れ、

いつ結成されたんです?


「私はこう思う」

なら分かる。

それはその人の話だから。


でも、

「みんなそう思う」

「普通はそう」

「うちらの業界では」

「エンジニアなら分かる」

「社会人なら当然」

となってくると、

シバ丸は少し耳を立てる。


その主語、

少し大きくないですか?


ワン。


第四の注文

機嫌は各自で管理すること

シバ丸は空気の変化に敏感なワンコである。


特に、

自分への影響力が大きい相手の不機嫌には、

レーダーが少し過敏に反応する。


年齢が上の人。

立場が上の人。

お客さん。

経営層。

上司。

プロジェクトのキーマン。

レビュー承認者。


別に怖いわけではない。

たぶん。


ただ、

そういう「強い力」を持つ人たちが不機嫌そうな空気を出していると、

心の中のワンコは安全確認を始める。


今、近づいて大丈夫か。

話しかけてよいのか。

この指摘は言ってよいのか。

機嫌を損ねないか。

噛まれないか。


ワンコなので。


これは年齢だけの話ではない。


年下でも、

気難しいタイプなら同じである。

こもるタイプでも同じである。

不機嫌を周囲に撒き散らすタイプでも同じである。


シバ丸は、

相手の肩書きだけを見ているわけではない。

年齢だけを見ているわけでもない。


その人が、

自分の感情を自分で扱えているか。

自分の不機嫌を周囲に処理させていないか。

そこを見ている。


シバ丸は怒らない人が好きなのではない。


不機嫌を他人に処理させない人が好きなのである。


ワン。


第五の注文

リードは勝手に持たないこと

シバ丸は、

雑談もする。

冗談も言う。

一緒にご飯も食べる。

愛想よくすることもある。


しかし、

それとリードを預けることは別の話である。


仲良くなることと、

境界線がなくなることは違う。


信頼することと、

依存することも違う。


親しげに話しているからといって、

連れになったわけではない。


同じ群れで遊んでいるからといって、

リードを渡したわけでもない。


ここを見誤りがちなワンコをお持ちの方へ。


シバ丸は比較的大人しい犬ですが、

境界線を勝手に飛び越えられると、

うーーーーー……

となる可能性があります。


比喩です。


たぶん。


ワン。


第六の注文

犬種を勝手に決めないこと

世の中には、

距離を縮めることで敬意を示すワンコもいる。


すぐに仲良くなる。

壁が低い。

人懐っこい。

場を明るくする。


レトリバー型である。


すごい。

尊敬する。


一方で、

距離を保つことで敬意を示すワンコもいる。


いきなり踏み込まない。

相手の反応を見る。

関係性ができるまで慎重に接する。


柴犬型である。


どちらが正しいという話ではない。


レトリバー型にはレトリバー型の良さがある。

柴犬型には柴犬型の良さがある。


さらに言えば、

猫もいる。


昨日は膝に乗ってきたのに、

今日は触ろうとしたら逃げる。


理由は分からない。


猫なので。


そして人間は、

場面によって犬にも猫にもなる。


仕事では柴犬。

好きな話題ではレトリバー。

疲れている日は猫。


そんなこともある。


だから、

相手の犬種を勝手に決めないこと。


これも大事な注文である。


ワン。


シバ丸の場合

ちなみに、

シバ丸自身はどうなのか。


仕事では、

基本的に「私」か「僕」が多い。


「俺」はほとんど出ない。


たまに、

独り言っぽく、

「俺、何やってんだろ……」

みたいに出るくらいである。


仕事中の会話では、

あまり使わない。


理由は単純で、

その方が相手に余計な圧を与えにくい気がするからである。


プライベートでは少し変わる。


家族や友人相手なら、

「俺」が増える。


一方で、

お店の人や近所の人には、

「僕」が多い。


別に細かくルール化しているわけではない。

心の中のワンコが勝手に切り替えている。


敬語も同じである。


ガチガチの敬語を常に使うわけではない。


年下のメンバー相手なら、

「あれってどうなってる?」

「じゃあ、こういうふうにやってみよっかー」

くらいのゆるい言い方もする。


ただし、

そこに威圧の意図はない。


むしろ、

少し話しやすい空気を作ろうとしている。


ここが難しい。


同じタメ口でも、

親しみの表現になることもあれば、

圧の表現になることもある。


同じ敬語でも、

敬意の表現になることもあれば、

壁の表現になることもある。


結局、

言葉単体ではなく、

相手との関係性や場の空気とセットで印象が決まる。


だからシバ丸は、

言葉遣いそのものより、

その奥にある距離感を見ているのかもしれない。


ワン。


すぐ仲良くなりたいワンコの皆様へ

ここまで読んで、

「面倒くさいな」

と思った方もいるかもしれない。


分かる。


シバ丸は柴犬である。

少々面倒くさい。


ただ、

すぐ仲良くなりたいのであれば、

方法がないわけではない。


チュールを持ってきてほしい。


なお、

ここでいうチュールとは比喩である。


面白い話。

自由な時間。

興味のあるテーマ。

裁量。

信頼。

強い権限。

時々お給料。


その辺である。


シバ丸は現金な犬である。


ワン。


ただし、

一度だけ高級チュールを与えて、

その後ずっと安いカリカリにするのはおすすめしない。


心の中のワンコは、

「話が違う」

となる。


最初から普通のカリカリならよい。

カリカリはカリカリで美味しい。


しかし、

高級チュールを見せてから、

急に安いカリカリになると、

シバ丸は少し考える。


うーーーーー……


期待値管理は大事である。


犬も覚えている。


ワン。


番外編

美味しいカリカリと、広い庭の話

シバ丸は、

高級チュールだけで動く犬ではない。


毎日美味しいカリカリが出てくる。

安心して眠れる。

穴を掘っても怒られない。


そんな環境だと、

それなりの骨を掘り出す。


ワン。


ただし、

庭が広くなったり、

新しいおもちゃが置かれたり、

自由に掘ってよい場所が増えたりすると、

シバ丸は調子に乗る。


そして、

掘り始める。


「品質改善フレームワークが出ました!」


「レビュー標準の鉱脈があります!」


「観点DBを発見しました!」


などと言いながら、

勝手に穴を掘り始める。


面倒くさい犬である。


ただ、

もしかすると、

優秀なワンコになる素質があるのかもしれない。


まだよく分からない。


柴犬なので、

時々卑屈である。


だから、

少し庭を広くしてみる。

少しおもちゃを変えてみる。

たまに美味しいカリカリを出してみる。


すると、

今まで見つからなかった骨を掘り当てるかもしれない。


シバ丸は、

どんどんできる子になっていく。


かもなのです。


ワン。


ドッグランであって、闘犬場ではない

ここまで色々書いてきた。


一人称。

二人称。

敬語。

タメ口。

呼び方。

主語の大きさ。

不機嫌。

権限。

リード。

チュール。

カリカリ。


正直なところ、

面倒くさいと思う人もいると思う。


好きに話せばいいじゃん。

気にしすぎじゃない?

そこまで考える必要ある?


そう思うワンコもいるだろう。


それも分かる。


ただ、

シバ丸は結構そういうところを見ている。


そして、

たぶんシバ丸以外にも、

うーーーーー……

となるワンコは結構いる。


だから、

全員が同じ話し方をする必要はない。

全員が同じ距離感を持つ必要もない。

全員が同じ犬種になる必要もない。


ただ、

「こういうワンコもいるんだな」

くらいは、

頭の片隅に置いておいても良いかもしれない。


ここはドッグランである。


闘犬場ではない。


色々な犬がいる。


人懐っこい犬もいる。

警戒心の強い犬もいる。

一匹で遊びたい犬もいる。

気分で近づいたり離れたりする猫もいる。


同じ庭で仲良く遊ぶためには、

少しだけ相手の距離感を気にしてみる。

少しだけ相手の犬種を観察してみる。

少しだけ自分のワンコも観察してみる。


それだけで、

一緒に遊べる相手は少し増えるのかもしれない。


ワン。


犬語を人間語に翻訳すると

ここまで、

心の中のワンコだの、

柴犬だの、

レトリバーだの、

猫だの言ってきた。


だが、

実はこのあたりの話は、

それなりに真面目な分野でも扱われている。


たとえば、

言葉遣いや呼び方が人間関係に与える影響は、

社会言語学の領域に近い。


敬語やタメ口が、

単なる礼儀ではなく、

相手との距離感を調整する道具として働くこともある。


また、

相手の領域や面子を傷つけないように会話する考え方は、

ポライトネス理論として整理されている。


人によって距離感の取り方が違うことは、

パーソナリティ心理学とも関係する。


外向性が高い人。

慎重な人。

協調性を重視する人。

境界線を強く持つ人。


心の中のワンコの犬種は、

案外こういう違いにも表れるのかもしれない。


組織の中で安心して発言できるかどうかは、

心理的安全性とも関係する。


また、

上司・部下・顧客・経営層のように、

相手が自分に与える影響が大きいほど慎重になる感覚は、

権力距離や役割関係の話にもつながる。


つまり、

シバ丸が

「うーーーーー……」

と言っている現象にも、

一応それなりの理論的背景はある。


気になる方は、

以下のようなキーワードで調べてみると面白いかもしれない。


  • 社会言語学

  • ポライトネス理論

  • フェイス理論

  • パーソナリティ心理学

  • Big Five

  • 心理的安全性

  • 権力距離

  • 対人距離

  • 境界線

  • 集団同調

  • 内集団バイアス


シバ丸は犬なので、

難しいことはよく分かりません。


たぶん、

犬語で説明しただけである。


ワン。


リアルのシバ丸の話

なお、

ここまで心の中のワンコの話をしてきたが、

リアルのシバ丸は、

柴犬に警戒されると普通にへこむ。


うーーーーー……

とされると、

しょんぼりする。


一方で、

レトリバーにウェルカムモードで来られて、

ベタベタされ、

顔を舐められると喜ぶ。


猫も好きである。


つまり、

現実の犬猫はだいたい好きである。


ダブルスタンダードである。


ワン。


結局のところ、

犬も猫も人も、

仲良くしてくれると嬉しい。


ただし、

最初の距離感だけは、

少しずつお願いしたい。


注文の多いワンコなので。


ワン。

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シバ丸は相変わらず、

どこかで穴を掘っています。

ワン。

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