【ぼくのかんがえたさいきょうの経験値稼ぎ】――なお、気合と根性によるレベル上げは禁止とするワン
シバ丸は、ときどき夢想する。
映画『マトリックス』に出てきたような、知識や技能を頭へ直接インストールする機械。
そこまで大げさでなくてもいい。
『ポケットモンスター』の、わざマシンくらいでいいワン。
シバ丸は「要件定義」を覚えた!
シバ丸は「交渉術」を覚えた!
シバ丸は「経営判断」を覚えた!
シバ丸は「英会話」を覚えた!
しかも、覚えた瞬間から自在に使える。
そんな装置があれば、リードを外してもらったときのように、広い野原を全力で駆け回れるのに。
わぉーーーん!
何でもできるワン!
次のクエストを持ってくるワン!
しかし、現実の技能習得は、そんなに親切ではない。
本を読んでも、講義を受けても、資格を取っても、得た知識がそのまま実戦で使えるとは限らない。
頭では分かっているのに、いざ自分が判断する場面になると言葉が出てこない。
練習ではできたのに、本番では相手の反応に対応できない。
正解を見たあとなら理解できるのに、何もないところから正解へたどり着けない。
シバ丸は、うまくできなかった。
期待していたように走れなかった。
しょんぼり。
しっぽ、たらーん……。
シバ丸は、垂れたしっぽのままでいるのが好きではないワン。
できると思って挑戦したのに、できなかった。
知っているはずなのに、使えなかった。
自分にはセンスがないのではないか。
地頭が足りないのではないか。
そんなことまで考えてしまう。
だが、ここで少し立ち止まりたい。
知識を得ること。
実際に使えること。
状況に応じて使い分けられること。
この三つは、同じではない。
わざマシンは、技を覚えさせてくれる。
しかし、使いどころまでは教えてくれない。
今回は、資格や知識という装備ではなく、その先にある実戦で使える力の正体について考えてみたい。
しかも、
「場数を踏め」
「修羅場を越えろ」
「気合で頑張れ」
で終わらせない。
時間は有限。
体力も有限。
心の余裕も有限。
お金も有限。
だからこそ、限られたリソースの中で、どうすれば経験から多くの学びを持ち帰れるのか。
効率の話だけではない。
壊れずに、今日からずっと続けられるレベル上げの話である。
妄想から始まるが、着地は現実にするワン。
まずは「経験値」と「レベル」を定義するワン
ゲームでは、敵を倒せば自動的に経験値が入る。
スライムを倒しても入る。
ドラゴンを倒せば大量に入る。
戦闘後に何を学んだか考えなくても、システム側が勝手に加算してくれる。
だが、現実は違う。
仕事をした。
会議に出た。
失敗した。
忙しかった。
残業した。
炎上案件を経験した。
これだけで、自動的に実戦能力が上がるわけではない。
そこで、この記事では現実世界の「経験値」を、次のように定義したい。
経験値とは、次の似た場面で、判断や行動を改善できる形で持ち帰った学びである。
何かを経験しただけでは足りない。
何が起きたのか。
なぜうまくいったのか。
なぜ失敗したのか。
次回は何を変えるのか。
そこまで持ち帰れたとき、この記事でいう経験値が入る。
一方、レベルはこう考える。
レベルとは、異なる場面でも、一定の再現性を持って成果を出せる範囲である。
一度だけうまくいった。
それは、会心の一撃だった可能性がある。
たまたま相手がよかった。
たまたま条件が揃っていた。
たまたま運がよかった。
だが、相手や状況が変わっても、同じ考え方を使って成果を出せるようになったなら、レベルが上がったと言ってよい。
つまり、
経験値は、一つの戦闘から持ち帰る学び。
レベルは、その学びが複数の戦闘で通用するようになった状態。
ということになる。
もちろん、これはシバ丸が勝手に決めた物差しである。
だが、この物差しで自分の一年を測ってみると、景色がかなり変わるワン。
経験しただけでは、経験値は入らないワン
たとえば、外部システムとの連携仕様を確認する仕事を何度も担当したとする。
毎回、資料を読む。
会議に出る。
質問する。
設計書を作る。
この一連の作業を十回繰り返した。
しかし、毎回その場しのぎで進め、終わったら忘れていたなら、単に似た仕事を十回しただけかもしれない。
ところが、ある案件で次のことに気づいたとする。
正常系よりも、再送条件で揉めやすい
障害発生時の責任分界が曖昧になりやすい
同期と非同期では復旧方法が変わる
同じ要求を複数回実行しても、二重登録やデータ破損を起こさず、結果が変わらない冪等性を確認する必要がある
通知されることと、復旧できることは別問題である
そこで、次の案件から最初にこの観点を確認するようにした。
すると、後工程の仕様変更が減った。
テストで初めて発覚する問題も減った。
さらに別の業界、別のシステムでも同じ観点が使えた。
ここまで来たら、
シバ丸は、外部連携の経験値を獲得した!
と言ってよい。
そして、別の案件でも同じ観点を使い、成果につながったなら、
シバ丸の「外部連携設計」レベルが上がった!
と言ってよい。
さらに、その観点をチェックリストにして、他の人も使えるようにした。
このとき起きているのは、シバ丸個人のレベルアップではない。
パーティー全体の装備更新である。
個人のレベルアップと、組織の資産化は別のイベントだ。
どちらも大事だが、混ぜないほうがよい。
現実では、戦闘終了時に経験値が自動で能力値へ変換されるわけではない。
振り返り画面を飛ばすと、だいたい取りこぼすワン。
経験値は、地面に落ちたまま消えることがある。
忙しさと経験値は比例しないワン
長時間働いたからといって、大量の経験値が入るとは限らない。
八時間ずっと同じ作業を繰り返した。
判断は一度もしていない。
結果も知らされない。
改善提案もできない。
フィードバックもない。
ただ件数だけを処理した。
シバ丸は8時間戦った!
経験値を2獲得した!
この狩場、時給換算するとまずいワン……。
忙しかった日は、充実感がある。
疲労もある。
何かを成し遂げた気にもなる。
だが、疲れた量と成長した量は別である。
同じ仕事を長く続ければ、作業速度や正確さは上がるかもしれない。
例外への気づきも早くなるだろう。
定型作業にも経験値は入る。
問題なのは、同じ作業をすることではない。
速度、精度、例外処理を何も見ないまま、ただ反復することである。
新しい判断が増えないなら、こちらのレベルが上がったぶん、同じ敵から得られる経験値は減っていく。
シバ丸は、いつもの定型作業を倒した!
経験値を1獲得した!
翌日も倒した!
経験値を1獲得した!
……この狩場、そろそろ卒業したほうがよくないワン?
もちろん、定型作業そのものが悪いわけではない。
正確さや速度を鍛える期間は必要だ。
ただし、慣れたあとも同じ場所に留まり続ければ、経験値効率は落ちる。
少しだけ先のエリアへ進む必要がある。
銀色ですぐ逃げる奴はどこワン?
シバ丸は考える。
どうせなら、経験値をたくさん持っている相手と戦いたい。
銀色で、やたら素早くて、すぐ逃げる奴はどこワン?
エンカウント率が高いところで周回したいワン!
……いたワン!
逃がさないワン!
噛みつくワン!
経験値大量ゲットだワン!
わぉーーーん!
現実世界の高経験値モンスターは、銀色ではない。
たいてい、次のような姿に擬態している。
少し難しい仕事
優秀な上司や同僚
早い段階の率直なフィードバック
初めて担当する役割
自分とは違う職種の視点
失敗事例や障害報告
顧客との難しい対話
制約の多いプロジェクト
曖昧な状況での意思決定
しかも、こちらから探しにいかなければ、普通に逃げる。
上手な人の判断を観察する機会があったのに、作業だけ見て終わる。
レビューを受けられたのに、指摘箇所だけ直して理由を聞かない。
難しい会議に同席できたのに、議事録だけ取って終わる。
こういうとき、銀色の奴は目の前にいた。
だが、経験値を回収できていない。
もし職場に銀色の奴が見つからなくても、公開されている失敗事例、書籍、社外コミュニティ、専門家の解説などから狩れることもある。
自分の会社だけが、世界のすべてではないワン。
適正レベルの敵を選ぶワン
では、難しい仕事ほど経験値効率が良いのか。
必ずしもそうではない。
簡単すぎる仕事は経験値が少ない。
しかし、難しすぎる仕事は全滅する。
経験値が多いなら、いきなり魔王城へ行けばいいワン!
シバ丸は全滅した。
経験値は得られなかった。
睡眠時間を失った。
自信も失った。
胃腸の調子も失った。
高難度なら何でもよいわけではなかったワン……。
シバ丸式の目安としては、全体像はある程度見えるが、一部は調査、相談、試行錯誤が必要な仕事がよい。
まったくの未知を、単独で抱える必要はない。
少し難しい。
少し怖い。
だが、相談相手がいる。
途中で方向修正できる。
失敗しても致命傷にならない。
この三つが重要である。
経験値を稼ぐ順番もある。
観察する
一部を手伝う
小さな範囲を任される
途中でフィードバックを受ける
単独で実施する
他人へ教える
見学。
補助。
小さな単独クエスト。
そして高難度クエスト。
いきなり最後から始めなくてよい。
全滅しにくい順番と、帰還できる仕組みを作ろうと言っているワン。
行動する前に、仮説を置くワン
経験値を増やすには、行動前に少し考えておく必要がある。
何が起きそうか
どこで詰まりそうか
何を確認すれば判断できるか
成功条件は何か
失敗するとしたら何が原因か
これを先に置く。
なぜなら、仮説がなければ結果との差分が分からないからだ。
何も考えずにうまくいった。
すると、
なんかうまくいったワン!
で終わる。
何も考えずに失敗した。
すると、
なんかダメだったワン……。
で終わる。
これでは経験値が薄い。
仮説は、正解でなくてよい。
「ここが分からない」
「このあたりで詰まりそう」
でも、立派な仮説の始まりである。
仮説を置いていれば、
技術で詰まると思ったが、実際は合意形成で詰まった
納期が問題だと思ったが、責任分界の曖昧さが本質だった
説明不足だと思ったが、相手が求めていたのは判断材料だった
詳細を増やせば伝わると思ったが、むしろ論点を絞るべきだった
という差分が見える。
経験値は、この差分から生まれる。
成功か失敗かより、予想との差分を見るワン
成功したか。
失敗したか。
もちろん重要である。
しかし、経験値という観点では、それだけでは足りない。
重要なのは、
予想と現実が、どこでズレたか。
である。
成功しても、理由が分からなければ再現できない。
失敗しても、原因が分かれば次に生かせる。
会議で合意できた。
なぜできたのか。
資料がよかったのか。
事前調整が効いたのか。
相手の懸念を先に拾えたのか。
意思決定者がいたからなのか。
逆に、失敗した。
なぜ失敗したのか。
準備不足か。
論点が多すぎたか。
前提が揃っていなかったか。
そもそも、その場で決められる話ではなかったのか。
シバ丸はレビューを受けた!
「そもそも前提が違います」
会心の一撃!
シバ丸の思い込みに128のダメージ!
だが、手戻りが小さいうちに気づけたので、結果的には大勝利である。
作り込むほど後戻りしにくくなる仕事では、修正可能な早い段階でフィードバックを受けるほど効きやすい。
学びの軌道修正という意味では、半年後の評価より、作業途中の10分レビューのほうが役に立つことが多い。
学びを一文に圧縮するワン
振り返りを長文の日記にすると続かない。
毎回、立派な反省会を開く必要はない。
次に使える一文に変える。
たとえば、
外部連携では、正常系より先に責任分界と再送条件を確認する。
上位者への報告では、経緯より先に判断してほしい事項を置く。
PoC(試しに小さく作って確かめる検証)では、動いたかだけでなく、次の意思決定条件まで決める。
会議で決まらないときは、情報不足だけでなく、決定権者の不在を疑う。
問題が複雑なときは、原因を当てにいく前に、起きている現象を分解する。
この一文が、次の戦闘で使える技になる。
シバ丸は「外部連携の初動確認」を覚えた!
シバ丸は「結論先出し」を覚えた!
シバ丸は「意思決定条件の明確化」を覚えた!
これが、現実世界で作れるわざマシンに近い。
もちろん、言葉にしきれない勘や身体知もある。
すべての技能を、文章へ変換できるわけではない。
ただ、未来の自分や他人へ渡せる形にできた分だけ、学びは失われにくくなるワン。
センスは、一つの隠しステータスではないワン
世の中には、「あの人はセンスがある」という言葉がある。
判断が早い。
資料が分かりやすい。
説明がうまい。
違和感にすぐ気づく。
良い選択肢を自然に選ぶ。
こうしたものを、まとめてセンスと呼ぶ。
だが、センスを生まれつきの隠しステータスだけで説明すると、そこで思考が止まってしまう。
そこで、少し分解してみる。
地頭が良い
→ 情報整理、論点分解、仮説構築判断が速い
→ 判断基準、類似事例、捨てる条件センスがある
→ 良い事例との比較、違和感の検知、引き出しの数仕事ができる
→ 優先順位、先読み、完了条件の定義問題解決力が高い
→ 問題設定、切り分け、検証、修正説明がうまい
→ 相手の前提把握、構造化、情報量の調整
センスを上げたいワン!
しかし、ステータス画面に「センス」という一つの項目はなかった。
代わりに、
観察力
比較経験
違和感検知
判断基準
失敗事例
引き出しの数
が表示されていた。
センス、複合ステータスだったワン。
もちろん、先天的な特性や、育った環境、与えられる機会の差がないと言いたいわけではない。
同じ努力をすれば、全員が同じ能力になるという話でもない。
それでも、「センスがない」の一言で諦めるより、観察力、比較経験、判断基準などに分けたほうが、伸ばせる場所は見つけやすい。
観察する。
良い事例と比較する。
仮説を置く。
予想との差分を見る。
失敗事例を回収する。
センスを上げる方法は、結局ここまで書いてきた経験値の稼ぎ方そのものだワン。
現実にも、わざマシンっぽい能力はあるワン
シバ丸は、ときどき考える。
現実世界にも、わざマシンに少し似た能力は存在するのではないか、と。
非常に速い暗算能力を示す人。
一度見た風景を、細部まで描ける人。
聞いた曲を、正確に再現できる人。
ある日付を伝えられると、曜日を答えられる人。
サヴァン症候群は、自閉スペクトラム症などの発達上の特性や、中枢神経系の損傷・疾患などに伴う全体的な困難とは対照的に、記憶、音楽、計算、描画などの特定領域で、際立った能力が現れる例のある稀な状態を指す。
能力の現れ方も、生活上の困難も、人によって大きく異なる。
単純な「何でもできる特殊能力者」という話ではない。
詳しい定義や研究上の扱いは、文末の参考資料を確認してほしいワン。
それ、リアルわざマシンではないワン?
シバ丸にもインストールしてほしいワン!
……と思ったが、そんなに単純な話ではなかったワン。
俗に「写真記憶」と呼ばれる能力についても、映画のように、見たものを誤差なく永久保存し、いつでも自在に取り出せる能力として考えるのは危うい。
非常に鮮明な視覚的記憶を示す例はあるが、研究上の直観像(eidetic imagery)と、物語に登場する万能な完全記憶は、単純に同じものではない。
そして、特定の能力が突出しているからといって、あらゆる仕事を簡単にこなせるわけでもない。
暗算が速いことと、複雑な事業判断ができることは別である。
大量の情報を覚えられることと、何が重要かを選べることも別である。
美しい絵を描けることと、顧客の要望を整理し、合意形成できることも別である。
特殊能力は、全ステータスを999にする装置ではなかったワン。
特定の技だけ、ものすごくレベルが高いこともあるワン。
では、そのような突出した能力を持たないシバ丸は、どうすればよいのか。
残念ながら、頭にケーブルを挿して技能を即時インストールすることはできない。
わざマシンも売っていない。
しかし、人間には別の方法がある。
情報を整理する。
繰り返し練習する。
上手な人の方法を観察する。
失敗した理由を言葉にする。
次の場面で試す。
少しずつ判断を速くしていく。
シバ丸は「スーパー暗算」を覚えなかった。
代わりに「電卓を使う」を覚えた。
「完全記憶」も覚えなかった。
代わりに「メモする」「検索できる形で残す」「チェックリスト化する」を覚えた。
……意外と実務では、こちらのほうが使いやすいワン。
天才の頭脳はコピーできない。
だが、優れた人が見ている観点を、チェックリストにすることはできる。
本人の頭の中にある能力に加えて、共有でき、再現でき、改善できる仕組みを持つ組織は強い。
経験値は、外から借りて、外へ残すワン
自分一人が経験できる案件数には限界がある。
人生は短い。
一人で全業界、全職種、全失敗を経験することはできない。
だから、他人の経験を吸収する。
障害報告
失敗事例
プロジェクトの振り返り
設計レビュー
他人の提案書
意思決定の議事録
炎上案件の経緯
上手な人の質問
ベテランの判断理由
遠くのプロジェクトが炎上した!
シバ丸は障害報告書を読んだ!
シバ丸は「責任分界」「再送制御」「監視不足」を覚えた!
自分のHPを減らさずに経験値を得た。
他人の失敗事例、経験値効率がよすぎるワン……。
もちろん、他人の経験を読んだだけで、自分が同じように動けるわけではない。
だが、知らずに爆発するよりはよい。
他人が踏んだ地雷の場所を、地図に書いてもらうことはできる。
読んだあとに、
自分の仕事なら、最初に何を確認するか。
を一文にしておけば、さらに使いやすくなる。
そして、自分が得た知見も、
チェックリスト
テンプレート
観点表
判断フロー
FAQ
プロンプト
過去事例
振り返りメモ
へ変える。
シバ丸は、過去の学びをチェックリストに封印した!
「外部連携確認の巻物」を手に入れた!
次の案件では、開始時点から装備できるようになった!
これをすると、過去の自分をパーティーメンバーとして連れていける。
毎回ゼロから考えなくてよい。
忘れてもよい。
思い出せる形にしておけばよい。
経験値を仕組みに変えると、自分以外の人も使える。
その瞬間、個人の経験が、チームの装備へ変わる。
一人旅は自由だが、攻略効率が悪いこともあるワン
シバ丸は、一人で魔王城へ向かった。
僧侶はいない。
盾役もいない。
地図もない。
回復役もいない。
自由ではあるが、だいぶ攻略が雑だワン。
一人で考えることは大切である。
しかし、すべてを一人で抱える必要はない。
経験値効率を上げるには、仲間を頼る。
上手な人にレビューしてもらう
経験者へ判断理由を聞く
同僚と失敗事例を共有する
自分より詳しい人と一緒に仕事をする
壁打ち相手を持つ
別の視点から質問してもらう
社内に見つからなければ、社外でもよい。
シバ丸は、作りかけの資料を見せた!
「方向性はよいですが、結論が後ろです」
シバ丸は早めに修正できた!
手戻りを大量に回避した!
これも立派な経験値である。
人に説明することも、理解の穴を見つける方法になる。
自分では分かったつもりでも、人へ説明すると詰まることがある。
言葉にできない。
例が出せない。
質問に答えられない。
前提が抜けている。
シバ丸は、人に説明しようとした!
「えっと……つまり……その……」
シバ丸は、自分が分かっていなかった箇所を発見した!
経験値を獲得した!
書くことそのものが、経験値変換装置になる。
noteの記事を書くことも、実はかなり強い修行なのだワン。
心身を壊す狩り方は禁止だワン
ここまで、効率よく経験値を稼ぐ方法について考えてきた。
すると、次のような話に見えるかもしれない。
難しい仕事へ行け。
失敗しろ。
修羅場を踏め。
限界まで挑戦しろ。
だが、それは違う。
現実世界に、いつでも生き返らせてくれる王様がいるとは限らない。
おお、シバ丸よ。
やられてしまうとは情けない。
ゲームなら、少しのお金を失うだけで、何事もなかったように冒険を再開できる。
現実はそうではない。
身体に深い不調が出れば、治療しても以前と同じ状態へ戻るまで、時間がかかることがある。
心身の回復の仕方も、必要な時間も、人によって違う。
一晩眠っただけで完全回復するとは限らない。
時間をかけて整えても、新品に戻るというより、金継ぎに近い場合もあるのかもしれない。
割れた場所を抱えながら、もう一度使える形へ整えていく。
金継ぎには、壊れた痕跡ごと価値へ変える美しさがある。
しかし、だからといって、何度割ってもよいわけではない。
金継ぎをするために、器を割る人はいない。
シバ丸のハートは修復された!
しかし、「取り扱い注意」の特性が追加された!
無理な連戦には弱いワン。
強く噛まないでほしいワン。
傷から学べることはある。
だが、学ぶために傷つく必要はない。
追い込むのは筋トレだけで十分だワン
筋肉は、適切な負荷をかけ、休み、栄養を取れば強くなる。
だが、心も同じように限界まで追い込めば、必ず強くなるわけではない。
強いストレスや過重な負荷が続けば、心身の不調や判断力の低下につながることがある。
世界保健機関も、過大な業務量、低い裁量、支援不足、ハラスメントなどを、働く人のメンタルヘルスに関わるリスクとして挙げている。
詳しくは、WHO「Mental health at work」を確認してほしい。
もう少し頑張れば成長できる。
ここで逃げたら負けだ。
修羅場を越えれば強くなれる。
そんな言葉で自分を追い詰め続けるのは、鍛錬ではなく、故障の前兆かもしれない。
筋肉痛は、数日で引くことがある。
心身の不調は、同じように戻るとは限らない。
追い込むのは、筋トレだけで十分だワン。
心は、追い込み続けると壊れることがあるワン。
心に必要なのは、常時の限界突破ではない。
余白。
回復。
相談。
そして、撤退判断である。
ベンチプレスは、潰れても補助がいる。
人生でも、補助なしで潰れにいってはいけないワン。
逃げちゃだめ、とは限らないワン
どこぞの有名なロボットアニメには、逃げてはいけないと、自分へ何度も言い聞かせる印象的な場面がある。
物語としては熱い。
だが、現実で心が壊れそうなときまで、その姿勢を真似してはいけない。
これは経験値稼ぎの話から外れるように見えるかもしれない。
だが、壊れずに経験値を持ち帰るためには、撤退判断も重要な技である。
壊れそうなときは、早く逃げてほしいワン。
逃げることは、必ずしも敗北ではない。
環境を変える。
距離を取る。
休む。
誰かに助けを求める。
それは戦闘放棄ではなく、全滅を避けるための撤退判断である。
もちろん、今すぐ仕事や環境から離れられないこともある。
生活費が必要な人もいる。
家族の事情がある人もいる。
異動も休職も簡単ではない職場もある。
その場合でも、逃げるとは退職だけではない。
業務量を相談する。
指示や出来事の記録を残す。
休暇を取る。
社内外の相談窓口へつながる。
一人で抱えている情報を、誰かに共有する。
敵から完全に離れられなくても、距離を一歩ぶん取れることはあるかもしれないワン。
前に書いた、適正レベルの敵の三条件を思い出してほしい。
相談相手がいる
途中で方向修正できる
失敗しても致命傷にならない
この三つが全部消えていたら、それはもう適正レベルの敵ではないワン。
8回逃げても、会心モードにはならないワン
現実には、エーテルもエリクサーもない。
宿屋で一晩寝れば、HPもMPも全回復するわけではない。
薬も、ゲームの回復アイテムではない。
必要性や使い方は、医師や薬剤師などの専門家と相談して決める治療の一部である。
必要な治療を受けることは、弱さでも敗北でもない。
ただし、治療を受けているから、さらに無理を重ねてよいという話でもない。
薬はエリクサーではないワン。
治療は、追加で無理をするためのバフではないワン。
働く人のメンタルヘルス情報や相談窓口は、厚生労働省の「こころの耳」でも案内されている。
不調が続いているときは、気合で耐えず、専門家や相談窓口を頼ってほしい。
逃走コマンドは、弱者のためではない。
冒険を続けるための生存機能である。
ただし、現実では「にげる」を何度も選べば、そのうち謎の必勝モードへ入るわけでもない。
逃げられない敵から8回「にげる」を選んだ!
シバ丸の攻撃が、すべて会心の一撃になった!
わぉーーーん!
これで無双できるワン!
そんな都合のよい現象が起きるのは、ファミコン版『ドラゴンクエストIV』くらいである。
現実では、逃げられない環境に居続けても、突然能力が覚醒するとは限らない。
むしろ、体力と判断力が減り、逃げるための力まで失うことがある。
だから、本当に危険な相手に遭遇したときは、
逃げ道を探す
仲間を呼ぶ
装備と作戦を見直す
その戦闘に参加しない
早めに外部へ相談する
という判断が必要になる。
裏技が発動するまで耐えるのではない。
現実世界には、8回逃げれば会心モードになる仕様はないワン。
不具合修正のアップデートも期待できないワン。
だから、壊れる前に逃げるワン。
※詳しい経緯は当時のプログラマーによる説明を紹介したファミ通の記事へ。このネタが分かった人は、自分のHPと腰を大事にしてください。
休むことも、経験値稼ぎの一部だワン
ゲームでは、HPが1でも攻撃力が変わらないことがある。
現実では違う。
疲労すれば、集中しにくくなる。
判断を誤りやすくなる。
感情の制御も難しくなる。
人の言葉を悪く受け取りやすくなる。
些細なミスが増える。
学びを振り返る余裕もなくなる。
つまり、心身の残量が減れば、経験値の回収効率も落ちる。
休息は、経験値稼ぎを中断する無駄な時間ではない。
次の戦闘で、経験値を持ち帰るために必要な工程である。
挑戦する。
危険になる前に離脱する。
休む。
振り返る。
回復してから、少しだけ強い相手へ進む。
これが、長く冒険を続けるための経験値稼ぎである。
回せない時期は、経験値稼ぎそのものを停止して、生存を優先してもよい。
毎日できなければ、週に一度でもよい。
それすら無理なときは、休んでよい。
経験値ログを一週間止めたからといって、冒険者失格にはならないワン。
毎日できる経験値回収法だワン
回せる時期になったら、こうする。
大げさな日報は続かない。
毎日3分でよい。
次の三つだけ考える。
今日、判断に迷ったことは何か
実際には何が決め手だったか
次回に使える一文は何か
たとえば、
顧客への説明で、話が噛み合わなかった。
相手は技術の仕組みではなく、業務への影響を知りたかった。
次回は技術詳細より先に、影響範囲と選択肢を示す。
これで経験値が入る。
営業なら、
商品説明を増やしても反応が悪かった。
顧客が知りたかったのは機能ではなく、導入後に何が楽になるかだった。
次回は機能より先に、相手の変化を説明する。
接客なら、
丁寧に説明したが、相手が困った顔をしていた。
情報量が多すぎて、選びにくくなっていた。
次回は選択肢を三つに絞る。
業界が違えば、言葉は変わる。
だが、
何を予想し、何が違い、次に何を変えるか。
という構造は同じである。
毎週なら、次の程度でよい。
今週初めてやったこと
予想を外したこと
他人から盗めた技
テンプレート化できるもの
来週試す小さな変更
振り返りは、仕事を増やすための新しい仕事ではない。
同じ仕事から、学びを回収するための3分である。
経験しないものも決めるワン
時間は有限である。
すべての経験を積むことはできない。
可能なら、経験値効率の悪いものから距離を取る。
同じミスを繰り返すだけの環境
裁量がなく、結果も知らされない仕事
フィードバックが一切ない仕事
成功条件の存在しない無限修正
心身を壊すほどの高負荷
苦労したという事実しか残らない苦労
責任だけあり、判断権がない役割
常に火消しだけを求められる環境
苦労そのものを、経験値と呼んではいけない。
何が起きたかを見直し、次に使える構造を持ち帰れたとき、苦労はようやく経験値へ変わる。
高難度クエストでも、報酬が「忍耐力+1」だけなら、周回する価値は薄い。
もちろん、切る権限が自分にないこともある。
そのときは、
自分には、この仕事を切る権限がない。
という事実そのものを、この狩場の情報として記録しておく。
上司へ相談する
異動の条件を調べる
外部の求人を見る
生活防衛資金を作る
すぐに移動できなくても、出口の地図を作ることはできる。
フィードバックも裁量も結果確認もない状況が長く続くなら、努力の仕方ではなく、狩場そのものを変える判断が必要になることもあるワン。
経験値は、再利用できて完成するワン
一度使えただけでは、まだイベント限定スキルかもしれない。
同じ方法が、別の案件でも使えた。
別の業界でも使えた。
違う相手にも通用した。
さらに、他人へ説明できた。
他人も使えた。
ここまで来ると、汎用スキルになる。
経験値は、出来事の数ではなく、再利用できた回数で完成する。
ただし、使えなかった一文は、書き換える。
チェックリストも、テンプレートも、過去の成功を永久保存する石板ではない。
前提や環境が変われば、技も装備も更新する必要がある。
巻物も、更新しないと呪いの装備になるワン。
一年間、毎日違うことを経験していても、何も整理しなければ、断片が増えるだけかもしれない。
一つの経験から何度も学びを取り出し、別の場面へ転用できれば、少ない経験から多くの経験値を得られる。
これが、有限のリソースでできる効率的なレベル上げである。
ただし、寄り道から思いがけない技を覚えることもある。
無駄をゼロにするのが目的ではないワン。
大切なのは、経験したものから、何を持ち帰れたかを見ることだ。
シバ丸は、しっぽを上げて走りたいワン
シバ丸は、うまくできなくて、しょんぼりすることがある。
しっぽが垂れる。
自分には向いていないのではないかと思う。
地頭が悪いのではないか。
センスがないのではないか。
もっと簡単に覚えられたらよいのに。
わざマシンがあればよいのに。
そう思う日は、たぶんこれからもある。
だが、わざマシンがなくても、少しずつ走れる距離は伸ばせる。
少し難しい仕事へ、小さく挑戦する。
行動前に仮説を置く。
結果との差分を見る。
学びを一文や仕組みに残す。
別の場面で使い直す。
仲間を頼る。
疲れたら休む。
壊れそうなら逃げる。
そうやって、少しずつ技を自分のものにする。
シバ丸は、まだその技に慣れていない。
しかし、経験値は入っている。
しっぽは、少しだけ上がった。
経験しただけでは、技にはならない。
経験を観察し、言葉や仕組みに変え、別の場面で使い直した分だけ、経験は強い技になる。
必要なのは、誰よりも長く働くことではない。
一日の長さは変えられない。持ち帰る学びの量は変えられる。
今日も、仕事という名のフィールドを歩く。
無理に魔王城へ突撃する必要はない。
いつもの敵から経験値が入らなくなったら、少しだけ先のエリアへ進めばよい。
危なくなったら戻ればよい。
宿屋で休めばよい。
仲間を呼べばよい。
……おっ。
あそこに銀色の奴がいるワン。
待つワン!
逃げるなワン!
噛みついて経験値をいただくワーーーン!
参考にしたもの
本文では、記事の論旨に必要な範囲だけ説明した。
専門用語の正式な定義や研究上の扱いは、以下を確認してほしいワン。
Microsoft Learn「Azure Functions の同一入力に関する設計」
同じ操作を繰り返しても結果が変わらない「冪等性」についての解説。Darold A. Treffert, “The savant syndrome: an extraordinary condition. A synopsis: past, present, future”
サヴァン症候群についての2009年の査読済みレビュー。Park et al., “Autism Spectrum Disorder and Savant Syndrome: A Systematic Literature Review”
自閉スペクトラム症とサヴァン症候群に関する2023年のシステマティックレビュー。Scientific American, “Is there such a thing as a photographic memory? And if so, can it be learned?”
一般に「写真記憶」と呼ばれるものと、研究上の直観像についての解説。World Health Organization, “Mental health at work”
業務量、裁量、支援、ハラスメントなど、職場におけるメンタルヘルス上のリスクに関する解説。厚生労働省「こころの耳」
働く人や家族、職場関係者に向けたメンタルヘルス情報と相談窓口。ファミ通.com「『DQ4』で8回逃げると必ず“会心の一撃”になる理由が明らかに。当時のプログラマーがYouTubeで明かす」
ファミコン版『ドラゴンクエストIV』の8逃げネタについて。
妄想記事ではあるが、妄想と確認できる事実は分けておくワン。
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その前段にある、
どんな知識や資格を装備するのか
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については、こちらの記事でも妄想しているワン。
【ぼくのかんがえたさいきょうの資格持ち】知識の地図を全部持たせたら、どんな怪物人材が生まれるのか
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それでも、
どこに何がありそうか
誰に聞けばよいか
どの分野の知識が不足しているか
どこから先が自分の知らない領域か
が見えるようになる。
地図を増やす。
装備を選ぶ。
経験値を稼ぐ。
シバ丸の冒険は、だいたいこの三つでできているワン。
