#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画⑧
第8話 不穏な予感
セカンドブルームの応接室で、貴之は春朋香と婚約者である水戸勝彦に茶菓子を出している。
二人はプロポーズの後すぐに結納を済ませたあとで「世話になったから」と貴之の元に手土産を持って礼に来たようだ。
「この度はおめでとうございます」
貴之は勝彦を見て――いい男を捕まえたじゃないの。と内心思っていた。朋香が結婚に求めているものがどれだけかは分からないが、十分すぎるほど与えてくれそうなハイスペックぶりである。それは朋香の左薬指に輝くハリーウィンストンの一粒ダイヤが雄弁に語っていた。
「今は仕事も頑張ろうと思ってるんですが、将来的には勝彦さんの家業をお手伝いしようかと思って」
朋香が恥ずかしそうに告げる。元々都会で暮らしたいという希望だったのがゆくゆくは田舎に移り住むことを決意したようだった。
「それはそれは、素敵ですね」
にこやかに相手をする貴之を、水戸がなんだか不穏な目で見ているのが気になったが、貴之は気にしないことにした。仲人をしているとちょっとした誤解を受けることも稀にある。嫉妬深いタイプの婚約者なのかもしれない。
「本当に素敵な方とご縁があって、私も嬉しく思います」
貴之が二人をリラックスさせようとする。
「ありがとうございます。天川さんにはお世話になりました」
朋香が頭を下げると、水戸も慇懃に礼をした。まだ彼の視線に何らかの含みがあるように思えて仕方がないが、貴之には思い当たることは無い。何なのかしらと内心思っているが、おくびにも出さずに二人に対応した後で事務所を出た二人を見送った。
「春さんでかしたね。うちで婚活してたら、彼女レベルだとあのハイスぺ男とは会えなかっただろうから。やるわね~」
二人が帰った後でもらった手土産を山分けしながら、勅使河原が貴之に言った。彼も確かにその意見に賛成だ。年収も身長も学歴も見た目もおそらく相談所で会える男性の二割増しのレベル感だと思う。
「あんなハイスペックと初恋同士なんて、やるわね。同窓会で再会なんてエモいわぁ」
貴之は彼女の言い方にちょっと笑いつつ、気になっていたことを指摘した。
「なんだかあの水戸ってハイスぺに睨まれてた気がするんですよね」
「睨んでは無かったと思うけど。どちらかと言うと――うん、これ以上言うとセクハラになるからやめとく」
「セクハラ? 何でですか」
「まあまあ、私の気のせいかもしれないから気にしないでよ」
「なんですかそれ」
ごまかすように言われ、貴之がムキになって聞き返す。
「何はともあれ良かったじゃない。気になってたんでしょ、春さんの事」
「ええ……まあ……」
なんだかごまかされた気がするが、まあいいだろう。今日はそのまま帰って良いと言われたため、貴之は手土産を紙袋に入れて持ち帰ることにした。
「この間の子、結婚決まったんだ。良かったわね」
貴之は祐司の店で久しぶりに飲んでいる。春の話をしていると、ねぎらってくれた。
「気に病んでたもんね。そろそろ仕事が楽しくなってきたんじゃない?」
「うーん、そこまで行くのはまだまだ時間がかかりそう」
貴之がカウンターに突っ伏すようにしながら言った。仕事が楽しくなるにはまだまだ修行が足りない気がする。
「ねぇ、そろそろかわいこちゃんたちを寝かしつける時間じゃないの?」
祐司の言葉に彼は慌てて時計を見た。針は八時を指している。貴之にはもうすぐ4歳になる双子の娘がいる。いつもは母親が寝かしつけるのだが、今日は彼女の仕事が立て込んでいるので彼の当番だった。
「そうね。そろそろ帰んなきゃ!」
カウンター席を立ち、会計をする。――と、店の扉が開いた。
「あら、ごめんなさいね」
ぶつかりそうになった相手に貴之が謝る。急いでいるので相手の目も見ずに彼は店を出て自宅へと走っていった。
水戸勝彦は大事なプロポーズを終えて一息ついていた。勝ち確とは思っていたが、万一でも失敗するわけにはいかない。同窓会で春朋香と再会したのは都合が良い。とにかく結婚出来れば誰でも良かった。朋香の事は中学から知っていたし、自分の事を好きだった過去があることも把握している。特定の相手もいないし、いいとこに勤めていてしっかりしている。おまけに――健康そうだ。
数年前から追い立てられるように両親に結婚を迫られていた勝彦は、先日の同窓会に賭けていた。だれか、結婚を焦っていそうな女はいないだろうかと思っていたが、その中で上手くヒットしたのが彼女だった。両親も田舎に住んでいる割に考え方はドライだし、息子べったりというわけでもない。程よく親には愛されてきた自信はある。勝彦は一人息子で、家を継がないまでも子孫を残さないといけないというプレッシャーにはずっと付きまとわれていた。
――自分がゲイでさえなければ。
勝彦は思春期を超えた頃からずっと男しか欲情しない質だった。女が好きになれるのなら、こんなに苦労せず親にもすんなりと跡継ぎを産めるような女性を紹介することが出来ただろうに。と、彼は内心思う。何とかのらりくらり結婚を回避していたが、どうしてもカミングアウトすることが出来ないまま三十歳を超えてしまった。直接言われたわけではないが、結婚も跡継ぎもまだかというプレッシャーは両親の言葉の端々から感じ取れる。おそらく本人たちも意識しないところで圧力がかけられており、ノーマルなセクシャリティではない彼はより敏感にその電波を受信してしまったのだろう。
勝彦には遊ぶための相手はいたが、別に付き合っているわけではない。真剣に付き合うパートナーがいないのならば、この際適当な女と結婚して一般的な家庭を築くのもアリなのかもしれない。両親にかけられ続けたプレッシャーからいつしかそう思い込むようになっていた。
春朋香は気遣いも出来るし、人として素直に好感が持てた。同窓生というのもあり話も合う。なにより彼女を実家に連れて行った時の両親の顔の輝きぶりがまぶしかった。当然ながら彼は今までに付き合ってきた人を親に紹介したことなど無い。初めての経験に浮足立つ二人を見ていたらなんだか親孝行できたような気持になった。
勝彦は市場調査をし、婚活ブログや結婚相談所のホームページをくまなく読み込んで、女性の理想のプロポーズを実現した。もちろん朋香への聞き取りもさりげなく行う。婚約指輪もいつもの彼女のファッションから考えて、一粒ダイヤを選んだ。
何もかも順調に行っているのに、どうしてこんなに浮かない気分なのだろう。そんなことを考えながら、彼は久しぶりにゲイバーの扉を叩いていた。中から一人の男が出てくる。
ぶつかりそうになった時に
「あら、ごめんなさいね」と、謝られた。その声とまとう香りに覚えがある。
勝彦は慌てて立ち去る彼をしばらく目で追っていた。
つづく
