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#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画⑤


第5話 和解

「すみません。さっきはカッとなっちゃって」
 一旦お手洗いに立って戻ってきた春が、貴之に謝る。気まずい空気が流れていたが、祐司は何も知らないふりをしてお代わりを二人に差し出した。
「とりあえず、乾杯しましょう」
 貴之は彼女とグラスを合わせると、飲み直すことにした。まさか客とこんな場所で会うとは思っていなかった。結婚相談所員としては見つかりたくは無かった。気まずいにもほどがある。
「こんなことを聞いて良いのか分からないんですけど、天川さんって実は独身だったりします?」
「結婚してます。本当です」
 貴之はキッパリと言うと、左手の薬指の指輪を外して見せた。プラチナのリングの内側には、MtoTと刻印されている。
「奥さんの名前は美奈で、私は貴之」
「偽装結婚とかじゃ・・・・・・無いんですよね」
 春の言いたいことは分からなくも無いが、失礼だなと思う。
「こういうところに来てるし、オネエみたいな話し方をされているから、ゲイの方なのかなと思って。失礼だったらごめんなさい」
 彼女の質問には黙秘権を行使することにして、貴之は仕事モードの微笑みを浮かべた。
「私のセクシャリティはあなたには何も関係ないわよね。元々こういうキャラクターなの」
 確かに貴之はゲイとカテゴリーされる側の人間だ。だが、女性と結婚しているのは事実だし、ただの客である春に自分の事情を語る気にはなれなかった。だが、ゲイバーというホームグラウンドで普通の男のふりをして喋るのもなんだか違う気がして、半ば開き直りつつもいつものようなオネエ口調になっていた。
「……」
 何を言っていいのか分からず黙り込む彼女に、貴之は意識して優しい口調で話しかけることにした。
「別に怒ってるわけじゃないわ。仕事の途中で帰られて困ったのは確かだけど」
「すみません」
「ねえ、さっきはどうしてカッとなっちゃったのかしら。自分でなんでだか分かってる?」
 ゆっくり尋ねると、彼女は黙り込み――しばらく目の前のグラスを見つめたあとで、その中身を飲み干した。
「相手の時間がもったいないって言われた時に、私と会うことが時間の無駄だって言われてるって思っちゃって・・・・・・すみません」
 そんなこと誰も言ってないのに、勝手に自分で解釈しちゃいました。と、春は謝った。
「男の人が身銭切って会いに来てくれるのに、何の覚悟も出来てない自分だったなって。そういうの、自覚はしてたんですけど。言われてやっぱりそうだったんだなって思ったら。なんだかいたたまれなくなっちゃったんです」
 そこまで聞いて貴之はふっとため息をついた。
「そこで逃げてちゃ意味無いじゃないの。あなた、社会人歴長いんでしょ? 仕事だったら上手くいかなかった時にそんな逃げ方はしないんじゃないの」
「・・・・・・確かに、そうですよね」
 ハッとしたように彼女は貴之を見た。
「あなたは条件に合っている人には会えている。だけど、お見合いが持続しないのは条件を絞る時の前提がおかしいのよ。本当に欲しいものを見ないフリしてないかしら」
「でも・・・・・・三十過ぎてるし、ある程度妥協しないとって」
「あなた、それ誰に言われたの?」
 鋭い口調で貴之は春を見た。
「前の相談所の仲人さんに・・・・・・」
 彼の眼差しに、彼女の語尾が消え入りそうになる。
「妥協って言うけど、今の条件で会えている人とピンときてないんでしょう? そんな嘘の条件じゃ無く、本当に会いたい条件で一旦絞ってみても良いんじゃ無いかしら」
「はあ」
「上手くいってない時はやり方を変えてみないと、ね。別にたくさん会う体力があるのなら絞り込んで確率を上げた方が良いと思うのよ」
 貴之が微笑みながら言うと、春は勇気づけられたように微笑み返した。


「タカちゃん、お客さん怒らせたんだって?」
 テシクミ――こと、勅使河原久美子てしがわらくみこはユーチューブチャンネルの撮影前に貴之に話しかけた。貴之が春朋香にゲイバーで再会する直前の一コマである。
 二人は事務所の隣にある簡易スタジオで撮影の準備中だった。春朋香が出て行った面談の直後である。結婚相談所では会員のプロフィールを作るのだが、その時の文言と写真が婚活においてはかなり重要だ。彼らの相談所ではプロフィールは現在プロに外注しており、写真は貴之の友人のカメラマンがヘアメイク込みで担当していた。
「別に――怒らせるようなことをした覚えはありません」
 貴之は少しかしこまりながらも、不満そうに彼女に訴えた。勅使河原に雇われの身としては、彼女の言う事には逆らえない。ピリッとした空気を感じつつ、なるべく言い訳に聞こえないよう祈る。
「あのね。怒らせたつもりが無くても、怒ったのならそれは何かしらの原因があるのよ。あなたもいい大人なんだから、ふてくされている場合じゃないよね」
 痛いところを突かれて、貴之は何も言い返せなくなった。
 一年前にとある事情でどうしても正社員の職に就く必要があった貴之を雇ってくれた恩があるとはいえ、まだどうしてもこの胡散臭い女に心を開くことが出来ないでいる。そんな貴之の心をこじ開けようとしているのか、彼女は彼のウイークポイントをいつも遠慮なく指摘してくる。

 勅使河原久美子ことテシクミは、貴之が勤務する結婚相談所「セカンドブルーム」の社長であり、彼の雇用主でもある。彼以外も何人かの従業員がおり、勅使河原の夫が副社長を務めている。セカンドブルームのコンセプトは「再び花を咲かせたい、そんなあなたをサポートします」。
離婚で心に傷を負ったものの幸せになりたいと望んでいる人や、他所の相談所で上手くいかなかった人を対象にした婚活サービス業を営んでいた。
「すみません」
 久美子の指摘に消え入りそうな語尾で謝ると
「もう今日は帰りな」
 と言われる。そんなに落ち込んでも無いし、まだ仕事はできる。貴之は久美子に視線を向けた。
「まだ撮影が残ってるじゃないですか」
「今のあんたにはいい仕事は無理だよ。今日はもう上がっていいから帰りなさい。これは社長命令」
「……はあ」
 納得はいかなかったが、彼女にこれ以上逆らうのも怖い。貴之は渋々事務所を退出すると、いつものゲイバーへと向かったのだった。

 仕事で溜まった憂さは、結局のところ仕事で解決しないとどうにもならない。ましてや酒に逃げたところで何にもならない。貴之はようやくそのことに思い至った。きっかけは友人のバーで酒におぼれた後で見た春朋香の姿だったが、貴之は自分の姿に彼女を重ねていた。どうにも放っておけない。
「そこで逃げてちゃ意味ないじゃ無いの」
 これは春に向かって言った言葉だが、貴之自身の胸にもグッサリと突き刺さっていた。
 彼は朋香に合いそうな男性陣を数名ピックアップしつつ、彼女の来訪を応接室で待っている。
「タカちゃん、今日はなんだか楽しそうね」
 お茶の準備をしていると、勅使河原からからかわれた。
「こないだ成婚したお客さんから美味しいマドレーヌもらったから、良かったら出してあげて」
「ありがとうございます」
 彼女は機嫌良さそうに貴之に焼き菓子を渡す。彼はありがたく受け取ると自分の席まで戻った。

つづく



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