#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画⑥
第6話 ドタキャンと突然の婚約
「遅いわね」
約束の時間から十分ほど過ぎて貴之はつぶやく。連絡なしに十五分遅刻した場合は面談キャンセルとみなされる仕組みだったが、さすがに黙って待つわけにもいかないので、彼は春朋香にラインを送り続けていた。返事がないので電話を入れようとすると事務所の電話が鳴る。
「お電話ありがとうございます。こちらセカンドブルームです」
貴之が電話に出る。前職ではショーパブのダンサーだった彼だが、空いた時間に掛け持ちで派遣でテレアポの仕事をしていたため、電話の受け答えには慣れている。勅使河原からも良く褒められていた。
「すみません、本日面談予定だった春です」
にぎやかな場所からの電話らしく、聞こえにくい。
「春さんですね。天川です。今日はどうなさいました?」
事故でなければいいが、電車でも遅れているのだろうか。心配していると、彼女は申し訳なさそうに告げた。
「すみません、お時間遅れてて申し訳ないんですが、今日の面談はキャンセルでお願いします」
「承知しました。急用ですか? 良ければ次の面談予定を入れておきましょうか」
デスクのスケジュール画面を見ながら尋ねると、彼女から意外なセリフが飛び出した。
「あの……申し訳ないんですが、良い方が見つかったので退所させていただけないかと」
「・・・・・・え?」
前回の面談からは一週間も経っていない。あれだけ婚活が上手くいっていなかった彼女に良い人が見つかったとは、にわかには信じがたかった。だが、ここで余計なことを言うよりも彼女に詳しく話を聞いた方が良さそうだ。そう思った貴之は、驚いて聞き返した後で努めて平静な声で続ける。
「良い方が見つかったのですね。おめでとうございます。退所はいつでもしていただけますが、もしもの事を考えて実際にご入籍されるまで休会もできますので今回は休会扱いにいたしませんか?」
「はあ」
「会員様同士でなくても、例えば――アプリとかで出会われたお相手様でも上手く成婚できるようアドバイスさせていただくことも可能ですし、月末の休会の締め日まではラインでご相談も受け付けさせていただけます。休会期間中は会費も不要ですし、こんなことは無い方が勿論良いのですが……例えば退会した後で再入会となると、また入会金も必要になってしまいますので」
なんとか説き伏せて電話を切る。
――なんてこった。と貴之は頭を抱えていた。
天川から来たラインに気づいたとき、朋香は某有名ホテルのラウンジでデート中だった。「これは運命なの」と彼女は思いながら、うっとりと目の前にいるイケメンを見つめている。
目の前の彼――水戸勝彦は爽やかな痩躯かつ文句の付けようのない美青年だった。天川なんて、目じゃない。
二人が再会したのは、先日の天川との面談の翌週に開催された同窓会の席。彼は朋香が中学生の時の初恋の相手だった。
勝彦は中一の時点で170センチを超える長身で目立っていた。あの時も背が高かったが、今はさらに伸びて180センチをゆうに超えている。朋香は野球部のエースだった勝彦を追いかけてマネージャーになろうとしたのだが、すでに野球部には5人のマネージャーがいたために入部を許されなかった。彼は大人気だったが、誰かと付き合っているという噂も無く卒業を迎え、高校では進路が分かれてしまったためにそれっきり会うことも無かった。同窓会での再会をうっすら期待していたのだが、心の中にずっと残っていた美しい思い出が、さらにパワーアップして帰ってくるなんて、夢にも思わなかった。
「水戸君は良い人いないの?」
まだ独身なんだと彼が告げたとき、すかさず朋香は質問する。こういう時の反射能力が重要なのだ。彼は
「残念だけど仕事に夢中になってる間にこの年になっちゃってさ。春さんこそもう結婚してるんでしょ?」
彼の視線が彼女の手元に落ちると、朋香は両手の甲を良く見えるように彼に見せた。
「私も仕事に夢中になってる間に置いてかれちゃって。今は絶賛婚活中だよ」
自虐的に笑う朋香に
「それはむしろ俺にとってはラッキーかも。婚活中という事は……彼氏募集中なんでしょ?」
水戸がいたずらっぽく言うと、朋香の心拍数が上がる。
「中学生の時あまり話せなかったけど、俺ほんとは春さんのことずっと気になってたんだ」
嘘みたい、と思う。今になって焦って結婚してなくて良かったとホッとしていた。他の誰かと付き合ってたとしても、こんなこと言われたら落ちる自信はある。その瞬間に朋香と水戸勝彦の距離はぐっと縮まり、二人はすぐに連絡先を交換していた。
連絡先交換をした後は毎日のように数時間の長電話。こんなに話しやすい男の人がいたとは、と朋香は感動していた。こんなに好きになれるなら、他の人とお見合いしている場合じゃない。すっかり忘れてたとばかりに天川に電話を入れることにする。本当は退会するつもりだったのだが、天川に言いくるめられたような形で一旦休会することにした。面談の予定をすっかり忘れていたという後ろめたさもあり、強く言えなかったのだ。お付き合いしたい男性がいるのに結婚相談所に所属しているのは不義理なのではないか思ったのだが、よくよく考えてみたら確かに活動していなければセーフな気もする。
まだ十分活動する前に後ろ足で砂をかけるように辞めるのも気が引けていた。一旦休会扱いにしたところで、水戸と上手くいけば退会すれば良いのだ。
朋香はなんだか楽しい気分になっていた。
つづく
