#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画②
第二話 焦燥の彼女
カウンターに噛みつくようにクダを巻いていた貴之が席を立ち、店のトイレに入った瞬間に入れ替わりのようにバーの扉が開く。30歳前後くらいの女が一人で中に入ってきた。
「マスター、空いてる?」
「何人?」
「一人だけど」
と、肩をすくめながら彼女は祐司を見た。化粧で盛っているが、素顔は地味そうなタイプだ。この辺りでは見ない顔だなと祐司は思う。婚活帰りのような男受けするピチピチのニットとストレートな形のロングスカートを合わせている姿は一般的な男には非常に受けると思われる。まあここにはそんな一般的な男は来るわけが無いのだが。
「カウンターの席で良ければ」
という祐司の言葉を最後まで聞かずに、彼女はズンズンと中へ入ってくる。少し高い椅子をグイっと引いて座り、
「ジンライムを頂戴」
と言い放った。
「どーぞ」
祐司が目の前の女にジンライムを供する。店の照明がグラスに反射して青くきらめく光を放っていた。
「こういうところは初めて?」
彼女はその言葉に軽く頷くと、グラスの中身をあおった。
「お代わり、ください」
祐司は彼女のために二杯目を差し出す。突き出しとしてミックスナッツと2種のチーズ盛り合わせを出すと、黙ってつまみだした。突き出しがまだ無くならないうちに二杯目も空になってしまう。
「お代わり!」
トイレに入っている友人と、はじめましての来客と。悪酔い必須の酔っ払いたちの相手で今夜は忙しくなりそうだと、祐司は密かにため息をついていた。
朋香は上手くいかない婚活に焦っていた。仲のいい友人たちは、得意先の上司の紹介や、社内恋愛、幼馴染など、身近な相手とどんどんくっついてゆく。朋香だって選ばなければ声はかかったが、ここ数年間で出会えている異性のクオリティが徐々に落ちていることに、薄々気づいていた。
最初の変化は28歳。短大を一緒に卒業した仲良し女子グループ6人のうち朋香とあと一人以外は全て結婚してしまった。最後の一人になりたくなくて、街コンで知り合った男と付き合い始めた。良い感じだったのだが、相手の親に会った時に彼が農家の長男だという事を知った。しかも九州出身で、結婚したら実家に帰りたいと言い出す。自作農で年収は良かったのだが、今の仕事が続けられなくなるため別れを選んだ。その他にも数ヶ月付き合って別れると言うことを繰り返しているうちに年月だけが過ぎていく。
そして30を迎える年に、とうとう自分以外の独身女子である最後の一人が結婚した。相手はバツイチの15歳年上の男だ。背も低いし禿げている。だがその代わりに年収は3000万程度ある医者で、彼女の好きにさせてくれるらしい。友人は結婚を機に仕事を辞めて専業主婦になっていた。他の友人たちは彼女を羨ましいと言っていた。それだけ稼いでくれるなら、住宅ローンの心配もせずに子育てに専念できる、と。
「あの子が専業主婦なんてね。仕事に燃えてると思ったのに」
朋香が友人相手にぼやくと、仲の良い子達は慰めてくれた。
「いくら何でも妥協しすぎだよ。朋香はもっとふさわしい人がいるからさ」
当然だ、と思う。高年収とはいえあんなおじさんと結婚するくらいなら一人で生きていく方が百倍マシだ。私には仕事があるんだから。朋香はそう思いつつ、アプリに精を出していた。
30を超えたら、すっかりアプリでもマッチングしにくくなってきた。考えてみれば確かに大学生でも使えるシステムで、自分はもう30代に突入している。きっと見た目でもスワイプされてしまうのだろう。10代の輝きには到底叶わないという事実に気がつくと、朋香は鏡を前にしてため息をついた。――まだ若い。人生百年時代だもの。とは思うのだが、実際生物としての消費期限はいつなのだろうとも考える。
子供を産めなくなった自分に、女としての価値があるのだろうかと、すっかり子供の学校の話題が中心になってしまった友人との会話を思い出している。
「朋香はお仕事頑張ってるし、すごいと思うよ」
「そうそう、私たちすっかり勘が鈍っちゃったと思うし、さすがにバリバリ頑張ってるだけあって朋香が一番若くて綺麗だよ」
アプリと併用して結婚相談所の扉を叩いた朋香は、いつからか友人に婚活の話を打ち明けるのを辞めていた。彼女たちが朋香の前で旦那さんの愚痴を言うのは、朋香に気を遣っているからだということも重々承知している。これ以上気を遣わせて惨めにはなりたくは無かった。
せっかくここまで頑張って相手を探してきたのだから、せめて普通レベルの結婚をするための努力は惜しみたくない。さすがにハイスペックとの格差婚を夢見る年ではなくなったし、清潔感のある普通の男ならば文句は言わないでおこうと心に誓う。もう私も若くないのだし、現実と理想の齟齬があってはいけない。だいたい昔話でも大きいつづらを選んだお婆さんはひどい目に遭っていた。
一概に普通といっても、万人共通の普通などありえないと思う。不誠実に後出しだけはしたくない。そう思った朋香は、頑張って出せるだけ条件を出してみようと思った。それが冒頭のノートから引用した言葉だった。
朋香が最初に入会した相談所は、テレビでも宣伝している大手だった。口コミを見ていると婚活はスタート時に申し込みのブーストが掛かるらしい。アプリをやめて「最後の砦」だと覚悟して結婚相談所にやってきたものの、三十路過ぎたとはいえ、見た目も中身も若い自信はある。容姿なら売れ残っている女子の中ではまだイケている方だと思うし、百人とは言わずともあれだけ条件を下げたのだから、少なくとも50人は申し込まれるだろう。――朋香はそう思っていた。
だが、最初に申し込まれたのはなんと十名だった。ちなみに申し込みはいくらでも出来るプランに課金している。だが、最初は無理のないように申し込まれる数字が確定してから申し込みましょうと勧められた。
「……10人ですか」
なんとか(たったの)という言葉を飲み込む。人によっては四十代でも50人くらいから申し込まれている、と聞いていたのでまさかの数字だった。もしかしたら申込が来すぎて止めているのかもしれない。選りすぐりの十名ならば良いのだ。そもそも結婚できる相手は一人なのだし。そんなことを考えながら、朋香はその十人全員のプロフィールを確認したが。
「何これ」
上は六十代手前から、下は三十五歳。朋香の条件に合う年齢の男は一人もいない。六十代手前の男に関して言えば、年収は確かに高いのだが、プロフィールに「若く見えます」と書いてあり、気持ちが萎えてきた。若く見えたところで六十代はおじいちゃんなのよ。
――そもそも論として、若く見えるって書いてる人が、若かったためしなんてない。
苦々しく画面を見つめる彼女に、相談所の職員が慇懃に説明し始めた。
つづく
