#創作大賞【小説】オネエのいる結婚相談所、嘘からはじまる家族計画③
第三話 痛いところを突かないで
ゲイバーの薄明りの中で朋香はぼーっとしていた。ふと気がつくと、手元のグラスが空になっている。お腹が空いたところに二杯も一気に飲んでしまったが、朋香は酒には強いので平気だった。それよりも何か食べたい。
「フードメニューはありますか?」
端正なマスターは黙ってメニュー表を差し出す。朋香は木目のアルバムのような台紙に綴られたメニューとにらめっこしていた。酒のつまみが主なので、腹が膨れそうなメニューは少ない。少し迷いながらジンライムのお代わりとピザとポテトを頼む。普段はもっとヘルシーなメニューを頼むが、今日はもう疲れすぎている。ジャンクフードに癒されたい。朋香は注文を終えると深いため息をついた。
結婚相談所の職員と言って、まず思いつくのは妙齢の女性である。妙齢と言えば聞こえがいいが、要は年増のオバサンだ。最初の相談所で担当されたのは、まさにそんな感じのオバサンだった。自分の母親くらいの年齢だろうか。お見合い婆という言葉が真っ先に浮かぶ。
「男を立てろ」だの「清楚なワンピースを着ろ」だの、いちいち言うことが時代錯誤だったし、彼女の言うことに従って頑張ってお見合いしても暖簾に腕押しである。
相手に好かれればこっちはもう会いたくないと思うし、感じの良い相手に当たっても先方からお断りされてしまう。頼んでも無いのに10歳以上のハイスペックばかり紹介されて、なんだか嫌になってきた。フリフリの付いた花柄のワンピースなんて本当は着たくない。
嫌気が差してきたころに改めて相談所の口コミを見ていると、なんだか不自然に持ち上げるようなことを書いている気がする。――サクラじゃないか? と疑うようになったころにはもう入所してから一年が経過していた。相変わらず担当のオバサンは連絡も遅ければ、直接的な指摘も何もしてこない。
「朋香さんはおキレイですから、大丈夫ですよ!」
そんな感じで、励ましはするものの的確なアドバイスは貰えずじまいだった。感情の入らない薄っぺらな褒め方をされるが、一向に上手くいかない。朋香が不満を口にする前に、相談所の職員はさらに相手を変えるように勧めてくる。朋香より20歳以上年上に見える仲人のオバサンは、それでも左の薬指に指輪をしていた。狸の置物のようなメタボ体形のこんな人でも結婚できるのに……。とため息をつきながらも、お見合いの予約を入れ続けていたのだが、ある日見合い相手が連絡無しに三十分遅刻をしてきたことにブチ切れて、彼女はその相談所を退所することに決めた。辞める日に仲人に吐き捨てられた一言が今も忘れられない。
「三十路なんて昔は行き遅れ中の行き遅れだったのよ。えり好みしてるから上手くいかないの」
……そんなこと、いまさら言われてもと彼女は思う。
ずっと上っ面だけの言葉で無責任に煽ててきたくせに。そういうことは面談の時に言えよ。今更捨て台詞のように言うんじゃない。
腹が立ったので口コミサイトに文句を書いたのだが、いつの間にか消されていた。こんな相談所に頼るんじゃなかったと、再びアプリに登録してみるも、朋香の身持ちの堅さにどの男もすぐ音信不通になる。やっぱりダメか……そんなことを思いながらユーチューブ動画を漁っていたところに、婚活系のエンタメチャンネルを見つけた。
カリスマ婚活アドバイザーの勅使河原久美子という、年齢不詳の美女が運営しているテシクミちゃんねるでは、様々な難所や障害を抱えたカップルたちがドラマチックに結婚していく様子を紹介していた。朋香も彼女のアドバイスを受けてみたい!と思って無料面談を申し込んだのだが、
「あなたは私じゃなくて別の子が担当の方が良いと思うの」
そう言われ、今の担当の天川という男が付くことになった。移籍直後に相談所で直に面談した際に担当者を見て驚く。一歩間違えればホストにも見える、薄化粧の男。それが担当の天川という男の第一印象だった。自分と同じくらいの年齢のキレイな男性と思わず、緊張したのを今でも覚えている。ネイルこそ施されていないものの、爪の先まで整えられており、無駄毛の処理も完璧だった。思わず薬指をチェックする。――と、プラチナのシンプルな指輪が鎮座している。
――そりゃそうよね。これだけ身の回りに気を使える男なら、もう結婚してるよね。
髪の先から足の先まで完璧な天川のイケメンぶりに胸がときめいたが、彼が既婚者だと気づいてガッカリした。今日は書類提出後の二度目の面談で、プロフィール作成のために色々と話をしたところだった。朋香の条件としては「普通の人」なら誰でも良かった。ハイスペックじゃなくても上等だと思う。だから条件を挙げていったのだが、彼は眉を寄せると苦い表情に変わった。
「春さんのスペックなら、正直このレベルの人にはどんどん会えてるんじゃないですか?」
「え?」
まあ、確かに会えている。それはそうなのだがどうも会う人会う人ピンと来ないのだ。
「どの方もとてもいい方なんですけど、どうもピンとこなくて」
条件には確かに合っている。だからたくさんの男達と会えてはいるのだ。だが、決め手に欠けるのは確かだった。
「春さんのお見合い成立率はかなり高いですね。大体申し込んで一割会えるくらいが妥当なラインなんですけど、春さんの場合三割を超えている」
「はあ」
朋香は気のない返事をした。
――それのどこが悪いのだろうと思う。たくさん申し込まれてたくさん会う中で相手を探すのは理想では無いのだろうか? と、解せない顔をしている朋香を天川は真顔で見た。
「たくさん会えたから良いってものでも無いんですよ。むしろ会いすぎて疲れてませんか?」
「まあ・・・・・・確かに」
週末はお見合いで潰れ、平日の夜も二日に一度は誰かしらに会っている。それでも仮交際に進む人数はさほど多くないのでなんとか乗り切れていた。
「あと、お見合い成立率の高さに反して、仮交際の成立が著しく少ないように思えます」
お見合いは出来るけど、デートには進めない。これは朋香もうっすら自覚していた。十人いて一人仮交際に進めるか進めないかだった。確かに少ない方だと思う。
「春さんの仮交際成立は、正直うちに来られるお客様の中でも最下位レベルです。しかも春さんからお断りしている方がほとんどですよね」
ドキッとする。そうなのだ、先方から希望を出してもらえる時はこっちが断り、こっちが希望を出す時は先方から断られる。先方から希望を出してもらえる確率は割と高いのに、会うと思った人じゃ無いなと断ってしまうのだった。おまけに仮交際自体も続かない。
「無理して会いたくない人に会わなくても良いんですよ。お相手の時間ももったいないので。それよりも春さんの条件をもう一度見直しませんか」
相手の時間がもったいないと言われ、朋香はムッとしていた。見合い希望を出してきたから会ってやってるのに、時間がもったいないなどと言われる筋合いは無い。――と明らかにムッとしている朋香の顔を見て、天川は少々呆れたような表情を見せた。
「会ってあげている。という態度では、成立するお見合いも成立しませんよ」
「そんなの分かってます」
面談の時間はまだ五分ほど残っていたが、腹が立った朋香は
「ありがとうございました!」
と言って、席を立つ。
「ちょっと!」
天川が呼びかける声も無視して事務所を飛び出し、目に付いたゲイバーに飛び込んだ。というわけで朋香は今、この店で飲んでいる。
つづく
