狂気を孕む 第一章 三話

 一呼吸置いて、深海は語りだした。
 「事の発端は、知り合い……面倒だから先輩って言うわ。先輩のお姉さんが昨年妊娠したときまで遡る。
 まず、お姉さんは昨年までの約十年間、不妊に悩まされていたらしい。どうも、恋人との子供ができないだとかで、居住地域の近くにある総合病院の産婦人科に通い続けていた。けれど、長年通い続ける甲斐なく子供を宿す気配は無い。そこで、縁結び神社や子孫繁栄を掲げる神社を有名どころからマイナーまでくまなく周るようになったらしい。
 そうやって神頼みを初めて数ヶ月。昨年の十一月頃に妊娠がわかった。それはもう、狂わんばかりに歓喜していたと先輩は言っていた。十月十日、毎日神様に感謝をしてお腹の子を愛でていたんだってさ。
 それで、今年の夏季休暇。先輩は祖父母宅で過ごしていたら、家にお姉さんから電話がかかったきた。その内容は、お腹の子が生まれた報告。出産疲れもあったのか、だいぶゆっくりとした口調だったそうだけれど、先輩は報告を聞いて翌日にはお姉さんのもとへ行くつもりだったらしい。
 けれど、翌朝。お姉さんの訃報を知らされた」
 用意したコーヒーを口に含み、ため息を吐く。人に教えるのはやはり難しいと深海は思った。
 正面のソファで長い脚を組む御門に目をやる。
 「姉君の腹が破れていたーーと」
 「そう。ほんと、昼時にする話しじゃねーって感じぃ」
 嫌そうに顔を歪め、ソファの上に横たわる深海。
 腹を割かれたならばまだ理解(したくはないが)に及んだだろう。けれど、腹が破かれたとは一体どういうことなのか。聞き及んだだけではあるが、人間業でないことは想像に容易い。仮に人間業だとしたら、腹部に爆弾でも仕込まれていたくらいだろう。しかし、それも現実的ではないのだ。
 「それで、トンチキなおまじないとどう関係が?」
 話の中でおまじないに触れた箇所はない。いったいどこからおまじないに関連するのか。神頼みをして各寺社を周っていたときにでも知ったのだろうか。
 御門は問いかけながら思考した。
 「んーと……まず、先輩はお姉さんから連絡を受けた時、自分のスマホじゃなくて家の電話にかかってきたんだって。どうも、お姉さんはスマホを失くしただとかで、暗記してたそっちにかけたらしい。それで、翌日に亡くなってるわけだけど……つい最近、お姉さんのスマホから一通のメールが届いたんだ」
 「既に亡くなっているはずの姉君からメール、か。ミステリーなら定番だな。そこから物語が進むわけだ」
 「ノンフィクションだし現在進行系だけどねぇ」
 茶化す御門に肩をすくめて話を続ける。
 「別に、送信日時を設定すれば死後にメールを送ることなんか今の時代当たり前にできる。でも、先輩に送られたメールはなんというか、すっごく気持ち悪いんだ」
 「見たのか?」
 「なんならスクショを送ってもらったよぉ。見る?」
 そう言って、寝転んでいた上体を起こし、スマホ画面を数回タップして御門に見えるように掲げる。
 そこに表示されていたのは、おまじないの内容だった。



from:美桜
  to:イツキ
 件名:ーー
 用件: 「キチショウカのおまじない」
     1、キチショウカに行使者の血で願いを書く
     2、キチショウカを七晩抱えて過ごす
     3、「うまれてください」と七回言った後キチショウカを食べる
     注意事項
      キチショウカを途中で止めることはできない
      必ず完食しなければならない
      十月十日、誰にも知られてはならない



 「これは……」 
 片眉を動かして凝視する。キチショウカ、血、七晩、七回の台詞……なんとも気味の悪い文面だ。
 「ね、気持ち悪いでしょぉ? これが来てから先輩も気味悪くなっちゃったみたいでさ。『姉の腹に宿ったのは何なんだ』って」
 「脈略無く送られたおまじないの内容か。それも、昨年まで不妊に悩んでた姉君のアドレスで、ねぇ」
 難しい表情で御門は続ける。
 「……なんともタイムリーな出来事だな。妊娠にまつわるおまじないを行使したしても、効果を発揮した女性が変死。ああいや、この場合は怪死か……そして、赤子は行方知れず、そもそも妊娠の痕跡も一切なし……」
 「これ、不気味なことにお姉さんのスマホが見つかってないんだよ。警察も事件の捜査で必要な手がかりがあるかもしれないから、探しているらしい。契約会社からたどってスマホの位置を割り出しても、一向に見つからないそうだよぉ」
 「情報過多だ。意味がわからない」
 頭をガシガシとかきながら、体を丸めるようにして深く息を吐く御門。
 きっと、当事者の先輩とやらはもっと意味がわからないだろう。姉が死んだ上、その死因は不明。加えて、死後に送られてくる姉からのメール。内容はおまじない。自分がその立場だったら自棄になってそうだ。
 「警察も混乱してるだろうよ」
 しみじみとそう言った御門に、深海は首を左右に振って答えた。
 「それなんだけれどぉ、警察はおまじないだとか、子供について知らないって」
 「はぁ? それは何故」
 「最初、子供がいるはずだって先輩は聞いたんだけど……警察は事前に腹部を調べてたわけ。それで、どうも妊娠の痕跡は一切見当たらなかったらしい。後日司法解剖をしても、本当になにもなかったってさ。だから、先輩は話してないんだって。最初話した時『被害者が生前言った冗談でしょう』って言われたから、証拠も出てこない現状で話す気にはなれないみたい。それに、おまじないが云々は言えないでしょう、流石に」
 確かに、警察におまじないについて言ったところでまともに取り合ってもらえないだろう。もしかすると、被害者遺族の精神が病んでしまったと思われかねない。
 「……それはそうだな」
 御門は納得したように頷いた。
 「だからさぁ、センセならなんか知ってるかもーって思ったんだけどなぁ」
 至極がっかりしたようにぼやく深海。詳細を話せども、御門が知っていることは何一つとしてなかったのだ。引っかかるとすれば、おまじないの内容だが、いったい何に引っかかっているのか、見当がつかなかった。
 「……私は確かに民俗学を専門にしてはいるが、そんなおまじない聞いたこと無いぞ。小中学生の間で流行る『恋のおまじない』染みたものじゃないか?」
 「でも腹部破裂してるし、先輩は本当に妊娠してたって言ってるし、なんか関係ありそうじゃんか」
 「ふむ……」
 たしかに、関係があるといえばある。無いと言えば微妙なラインだろう。
 なんせ、スピリチュアルな面に関して科学的に立証をされたことが無い。立証されないことこそが、スピリチュアルであるという証明に他ならないのだから。
 ーーガチャリ
 不意に、研究室の扉が音を立てて開かれた。

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