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切断の設計#2|「切る」とは冷徹な排除ではなく、未来への水やりである

前回の話で、私たちの組織には「止まるためのブレーキ」がない、というお話をしました。
では、いざブレーキを踏み、不要な業務を「切る」段になったとき、私たちはどう思うでしょうか。

多くの人は、そこに「罪悪感」を覚えます。

日本的な組織において、「やめる」という行為は、しばしばネガティブな意味を帯びます。
それは、「過去の否定」であり、「関係の切断」であり、もっと言えば「作った人(前任者や上司)への裏切り」のように感じられてしまうからです。

「始める」はポジティブな情熱ですが、「やめる」はネガティブな拒絶である。

この無意識のバイアスがある限り、どんなにロジックが正しくても、私たちは最後の決断を先送りにしてしまいます。
「もう少し様子を見よう」「一応残しておこう」。そうしてまた、ゾンビは延命されます。

ここで必要なのは、業務設計者としての「視座の転換」です。


ガーデナーとしての業務設計者

少し、イメージしてみてください。
熟練の庭師(ガーデナー)が、伸びすぎた枝にハサミを入れるとき、そこに「木への憎しみ」はあるでしょうか?
ありませんよね。

彼らが枝を「剪定(せんてい)」するのは、木を殺すためではありません。
余分な枝葉を落とすことで、幹(本質)に養分を回し、次の季節に美しい花を咲かせるためです。
生い茂りすぎて光が届かなくなった内側に、再び光と風を通すためです。

業務を「切る」ことも、これと同じです。

かつては必要だった業務も、時間が経てば役割を終え、組織の養分(リソース)を無駄に吸い上げるだけの存在になります。
それを放置することは、優しさではありません。組織全体を枯らせてしまう行為です。

「切断」は、未来への愛である

「切る」とは、過去を否定することではありません。
「未来の可能性を守る」という、能動的で愛のある選択です。

「この会議をやめれば、チームはもっと本質的な議論に時間を使える」
「この報告書をなくせば、彼らはもっと創造的な仕事に向き合える」

そう信じられるなら、ハサミを入れる手に迷いはなくなるはずです。
私たち業務設計者は、ただ仕組みを繋ぐだけの存在ではありません。
組織という庭が、健やかに呼吸し続けられるよう、適切なタイミングでハサミを握る「剪定者」でもあるのです。

罪悪感を持つ必要はありません。
あなたが切ろうとしているその枝は、かつては必要でしたが、今は未来の芽吹きを邪魔している影なのですから。

とはいえ、いくら思想が正しくても、いきなりバッサリと切り落とせば、現場は痛みを感じ、抵抗します。
次回は、いかにして痛みを伴わずに、滑らかに業務を終わらせていくか。その具体的な「構造の技術」についてお話しします。

(業務設計者としての問い)
あなたが今、守ろうとしているその業務は、組織の「幹」を太くしていますか? それとも、ただ養分を吸っているだけの「枝」ですか?

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