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#問いの設計|ギャップが問いを生む


はじめに:ギャップは“悪”ではない

DXや業務改革のプロジェクトが進む現場では、「設計した通りにシステムが動かない」「思い描いた理想のプロセスにならない」という嘆きを耳にすることがよくあります。

そのような時、私たちはつい、その原因を“現場のITリテラシーの低さ”や“推進側の力不足”として語り、誰かのせいにしてしまいがちです。

しかし、少し立ち止まって構造を覗き込んでみましょう。 本当は、理想のプロセスと現場の動きの間に生まれる「ギャップ」は、忌み嫌い避けるべきものではなく、静かに観察すべきものなのです。なぜなら、そこには「今の組織がどのように呼吸し、どのような力学で生きているか」という事実が最も正直に現れるからです。

“できていないこと”を責めるのではなく、“そこにどれくらいの距離があるのか”を測る。 そこから初めて、システムと人が共生するしくみは動き始めます。

理想は設計、現場は現象

理想とは、“こうありたい”と願う未来の構想です。 一方で現場とは、“今、確かにこう動いている”という現在進行形の現象です。

理想は常に先を向き、現場は今の足元を映し出しています。この2つが最初からぴたりと重なる瞬間は、現実のビジネスにおいてはほとんど存在しません。

むしろ、私たちが理想を描き、新しいシステムを導入しようとしたその瞬間から、ギャップは必然的に生まれます。なぜなら、理想とは今の延長線上にはない“変化の仮説”だからです。

だからこそ、私たちが問うべきなのは「なぜ理想と違うのか」という否定ではありません。「どの点で、どれくらい違うのか」という構造への問いです。 この“距離”を正確に測ることこそが、机上の構想を、体温のある現実に落とし込むための第一歩となります。

ある現場では──帳票電子化プロジェクトの距離測定

ここで、ある現場の風景を振り返ってみます。

仕事の推進状況や評価に関わる帳票類を、すべて電子化しようというプロジェクトがありました。プロジェクトオーナーが掲げた理想は、「すべての帳票をシステム内で完結させ、一元管理を実現する」というもので、現場にも直接のデータ入力を求めていました。

しかし、この美しい設計図に対し、現場からは次のような戸惑いの声が上がります。

「工場の外や、通信環境の安定しない場所でも記録を取らなければならない」 「そもそも現場の作業エリアには、PCやタブレットを置くスペースがない」 「手が汚れる作業中には、紙やExcelのメモがないと現実的に仕事が回らない」

理想は“完全電子化による一元管理”。しかし現場には、“紙やExcelの手軽さでなければ成り立たない物理的な場面”が確かに存在していました。

この時、業務設計者として必要なのは、「システムの方針に従わせるか」「現場の要望に屈して諦めるか」という、どちらが正しいかを決めることではありません。 理想のシステムと現場の現実の間に、どのような構造的な距離があるのかを、ただ静かに測ることです。

記録は外に、管理は中に──翻訳という設計

距離を測った結果、このケースでは次のような構造へと着地させました。

“日々の記録は現場の自由に任せるが、最終的な承認とデータの保存・管理は必ずシステム内で行う”という設計です。

つまり、現場での一時的な記録は、慣れ親しんだ紙でも、使いやすくしたExcelでも構わない。ただし、業務の区切りとなる最終的な承認や履歴・分析データについては、システムに集約して一元管理する。

こうすることで、現場が求める「作業の自由度」を保ちながら、プロジェクト側が求める「最終的な情報の信頼性と統制」を両立させることができます。

これは、単なる妥協ではありません。理想の“完全電子化”という冷たい論理を一旦受け止め、現場の息遣いに合わせて“実効性のある80点設計”へと落とし込んだのです。

どちらかの意見を切り捨てるのではなく、両者のリズムを尊重しながら、無理のない接点を結び直す。それが「距離を測る」という行為の先にある、構造的な「翻訳」なのです。

ギャップを責める組織、測る組織

多くの組織では、理想との差分は「是正すべき問題」として扱われがちです。 進捗会議の場では「まだシステムへの移行ができていない」「なぜ決められたルールが守られていないのか」といった追及の言葉が並び、現場は言葉を飲み込み、沈黙してしまいます。

しかし、システムと人が共生できる成熟した組織は、捉え方が少し違います。彼らは理想との差分を、組織をより良くするための「学習の素材」として扱うのです。

「なぜこのルールは守られなかったのか?」と人を責めるのではなく、「守られない背景にどんな構造的な無理や摩擦があるのか?」と、しくみに問いを向ける。 この姿勢の転換がある限り、現場と理想のギャップは、プロジェクトを阻む“障害”ではなく、次の一手を導き出してくれる貴重な“地図”に変わります。

距離を測るという仕事

理想と現場の間には、常に温度差が存在します。 ですが、それは決して努力が足りないからでも、理解の差でもありません。ただ、見ている景色と立っている場所が違うだけなのです。

理想は、空から全体を見下ろして地図を描く者の視点。 現場は、目の前の凸凹な道を歩き、足場を踏みしめる者の視点。

だからこそ、互いを責め合うのではなく、両者の間のスキマに立ち、“どれくらいの距離があるのか”を測り、言葉を翻訳する。それこそが、しくみを扱う業務設計者の果たすべき仕事です。

“できていないこと”を責めても、距離は縮まりません。 しかし、“距離”を測り構造のズレを翻訳することができれば、必ず誰もが納得できる次の一手が見えてきます。 ギャップは決して恐れるものではありません。それは、組織が呼吸している証拠であり、次の一手を導くための希望の地図なのです。


もう少し深く「スキマ」の思想に触れてみたい方へ

現場と理想の間に生まれるもどかしさを、人のせいにするのではなく「構造」から読み解く。 そのための視座と哲学をまとめた記事をいくつかご紹介します。

■なぜ、正しいことを言っているのに現場とすれ違ってしまうのか 立場の違いが異なる「正解」を生み出すメカニズムについて。 ズレの正体 #4|ズレは“立場の重力”から生まれる

■システムの言葉を、どうやって現場の納得感に変換するのか 「構想」とは単なる計画ではなく、異なる文脈をつなぐ高度な翻訳作業です。 #問いの設計 |構想は翻訳である

■現場の自由(ゆらぎ)とシステムの統制をどう両立させるか すべてをガチガチに縛るのではなく、あえて距離を置く「疎結合」という設計思想。 #結びの設計|疎結合と密結合のはざまで

■私たち「業務設計者」の立ち位置とは何か ITでも現場でもない、その間の名もなきスキマに立つ意味について。 #業務設計者論|業務でもITでもない、しくみの“スキマ”に立つ


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