新陳代謝の設計 #1|現状維持という名の「緩やかな死」 ─ なぜ、昨年の資料を使い回すと組織は腐るのか
「今年のプランですが、基本的には昨年通りでいきましょう」
「資料は、去年のものをベースに日付だけ変えておいてください」
期初やプロジェクトの開始時に、この言葉を聞くと、私たちは無意識に安堵します。
ああ、よかった。新しいことを考えなくていい。
前例がある。マニュアルがある。失敗するリスクも少ないし、何より効率的だ。
そうして私たちは、「昨年のコピー」を美しく整え、少しのマイナーチェンジを加えて、「今年の成果物」として提出します。
誰も傷つかず、誰も無理をせず、業務は滞りなく回っていきます。
一見、平和で安定した光景に見えるかもしれません。
しかし、業務設計者の視点から見ると、これは「安定」ではありません。
組織の心電図がフラットになっている状態、つまり「死」に向かっている音です。
今日から始まる新シリーズでは、私たちが無意識に抱えている「変わることへの恐怖」と、「捨てられない病」について、構造の視点からメスを入れていきます。
第1話のテーマは、「腐敗」です。
なぜ、真面目に「現状維持」を続けている組織ほど、内側から静かに腐っていくのか。
その残酷なメカニズムについてお話しします。
「安定」の定義を履き違えている
私たちは、「安定」という言葉の意味を誤解しています。
多くの日本企業において、安定とは「変わらないこと(Static)」を指します。
波風を立てず、昨日と同じ今日を繰り返すこと。それが「平穏無事」であると。
しかし、自然界において「変わらないこと」は、安定ではなく「死」を意味します。
私たちの身体を見てください。
昨日のあなたと今日のあなたは、見た目は同じに見えるかもしれません。
しかし、ミクロのレベルでは、皮膚も、血液も、細胞のレベルで猛烈な勢いで入れ替わっています。
古い細胞を捨て(死滅させ)、新しい細胞を作る。
この「新陳代謝(Metabolism)」が回り続けている状態こそが、生物における「生」であり、「動的平衡(Dynamic Equilibrium)」と呼ばれる本当の安定です。
逆に、代謝が止まり、昨日の細胞がそのまま今日も居座り続けること。
それを生物学では「死」と呼び、その後に待っているのは「腐敗」です。
組織もまた、人の集合体であり、生き物です。
「昨年通りでいい」という言葉は、組織に対して「呼吸を止めて、代謝をやめろ」と命令しているのに等しいのです。
エスカレーターを逆走する私たち
「でも、うちは老舗だし、変える必要がない業務もあるはずだ」
そう反論したくなる気持ちも分かります。
ここで、もう一つの物理法則をテーブルに置く必要があります。
それは、私たちが立っている環境そのものが、猛烈なスピードで動いているという事実です。
ビジネスの世界は、下りのエスカレーターのようなものです。
市場は変化し、競合は進化し、テクノロジーは陳腐化していきます。
この環境下において、「その場に立ち止まる(現状維持)」ということは、相対的に「後退」していることを意味します。
昨年と同じ品質のサービスを提供したとしましょう。
顧客の目は肥えていますから、満足度は下がります。
昨年と同じ業務フローで仕事をしています。
世の中のツールは進化していますから、相対的な生産性は落ちています。
残酷ですが、「昨年通り」を選んだ時点で、あなたの組織の価値は、インフレ率や市場成長率の分だけ、確実に目減りしているのです。
私たちは、「変わらない」ためにさえ、全力で走り続けなければならない場所にいます。
変化係数が低い組織の末路
私は業務設計を行う際、その組織の健全性を測るために「変化係数」という概念を見ます。
定義は単純です。
「あなたのカレンダーやToDoリストのうち、昨年と全く違う業務は、全体の何割ありますか?」
もし、この割合が10%〜20%以下だとしたら。
あなたの組織は「安定稼働」しているのではなく、「緩やかに死んでいる」可能性が高いと言わざるを得ません。
変化係数が低い組織には、独特の「澱(おり)」が溜まります。
• 「なぜやるのか分からないが、昔からやっている定例会議」
• 「誰も読まないが、配信し続けている日報」
• 「形骸化した承認フロー」
これらは、かつては意味があった「生きた細胞」でした。
しかし、環境が変わった今では、役割を終えた「老廃物」です。
代謝機能が壊れた組織では、この老廃物を体外に排出(廃止)することができず、組織の血管に詰まらせていきます。
忙しい、人が足りない、時間が取れない。
現場からそんな悲鳴が上がる原因の多くは、業務量が多すぎるからではありません。
血管が詰まっていて、酸素(リソース)が回っていないからです。
私たちは、「未来をつくる仕事」ではなく、「過去の遺産を維持管理する仕事」に圧殺されているのです。
捨てることへの罪悪感
では、なぜ私たちはこれほどまでに、古くなった業務を捨てられないのでしょうか。
それは、私たちが「捨てること=サボること/逃げること」だと教えられてきたからです。
「せっかく先輩が作った資料なのに」
「今までやってきたことを止めるなんて、責任放棄だ」
その真面目さこそが、組織を殺します。
代謝とは、非情な行為ではありません。
古くなった細胞に「今までありがとう」と告げて排出し、新しい細胞のためにスペースを空ける、生命維持のための神聖な儀式です。
「維持することは、悪である」
まずは、この極端な命題を自分の中にインストールしてみてください。
もちろん、守るべき伝統や理念はあります。
しかし、手段(How)に関しては、昨日の自分を否定し続けることこそが、設計者の誠実さです。
呼吸を取り戻すために
あなたの組織は今、呼吸をしていますか?
それとも、息を止めて、去年の空気を肺の中に溜め込んだまま苦しんでいますか?
次回は、組織が生き残るために必要な代謝の量について。
「6割を変え続けろ」という、上位企業だけが実践している衝撃的な法則をご紹介します。
少し怖い話になるかもしれません。
しかし、古い荷物を降ろさなければ、新しい景色を見ることはできません。
まずは、自分の手元にある「昨年通りのコピー」を、疑うところから始めてみましょう。
(つづく)
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