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打ち込みじゃないヒップホップ──The Rootsが開いた“生演奏”という境地

ヒップホップといえば打ち込みのループでビートを組み立て、そこにMCがラップを乗せる――そういうイメージが根強い。少なくとも、僕もそれが当たり前だと思っていた。

しかし、The Rootsに出会ってからは、その固定観念があっさり覆されてしまった。ドラマーのクエストラブ(Questlove)が叩き出すビートは、サンプリングのように正確かと思いきや、微妙な“人間味”が紛れ込んでいて、まるで生き物のようにうねる。
さらにMCのブラックソート(Black Thought)が乗っかると、打ち込みにはない“土臭さ”と“しなやかさ”を同時に感じるのが面白い。まるで、ヒップホップの地平をゆるやかに拡張していくような感覚だ。

そんなThe Rootsは、1980年代後半にフィラデルフィアで結成されて以来、生演奏を軸にしながら多様な音楽性を取り込み、約30年以上活動を続けている。R&Bやジャズ、ファンク、ロックなどの要素を自在に行き来しつつ、ヒップホップの枠組みを広げてきた――そう言われると大げさに聞こえるかもしれないが、実際彼らはそれを成し遂げてしまった。


“ドラマーがリーダー”という不思議

バンド形態のヒップホップ、と聞くだけでも珍しいのに、そのリーダーがドラマーだというのがThe Rootsの面白さだ。
ふつう、ヒップホップの“顔”はMCやDJにスポットが当たりがち。ところがThe Rootsでは、クエストラブがバンド全体のサウンド・コンセプトや進行を支え、楽曲制作にも深くかかわっている。いわば“プロデューサー兼ドラマー”として最前線に立っているわけだ。

彼のドラムは、J Dillaからの影響もあってか、意図的にズレやタメを入れた“打ち込みのような非打ち込み”という独特のグルーヴを作り出す。ときにはタイトに、ときにはドロッと揺らしながら、曲ごとにさまざまな表情を見せてくれるのが凄い。そのリズムの上に、ブラックソートのリリックがズレずについていくのだから、演奏とラップの一体感が半端ない。

クエストラブはさらに、他のアーティストへのプロデュース仕事でも高い評価を得ている。D’AngeloやCommon、Erykah Baduらが名を連ねる“ソウルクエリアンズ”の一員として多くの作品を手掛け、ネオソウルのムーブメントを支えた影の立役者といっていいだろう。 だからこそThe Rootsは、ただの“バックバンド”で終わらない。ドラマー兼プロデューサーが率いるヒップホップ・バンドとして、アルバムごとに新たな音楽性を提示し続けている。


ブラックソートのリリックがもたらす“硬派さ”

もちろん、ドラマーがいかにすごくても、MCが伴わなければヒップホップにはならない。そこで登場するのがブラックソート(Black Thought)だ。

彼は“ラップの技術”と“内容の濃さ”の両面で高く評価されるリリシストで、場当たり的に浮ついたラップをすることはほぼない。むしろ社会問題や人種問題、あるいはヒップホップ業界そのものへの批判を盛り込み、深い思索へと繋げていくようなスタイルを貫いている。
ライブでのフリースタイルも有名だが、そこで語られる言葉は決して軽薄ではない。政治ネタや歴史的参照、時には風刺やユーモアを交えながら、寸分違わぬ韻を踏んでいく。こうした“頭脳的”なラップこそが、The Rootsを“パーティー・チューンのバンド”に留まらせない理由だろう。

興味深いのは、ブラックソートがガッツリ社会派の視点を持ちながらも、演奏と絶妙に絡むことで“説教くさく”ならないところだ。
例えば『Game Theory』(2006年)や『Rising Down』(2008年)は政治・社会批判が顕著だが、サウンドのグルーヴがむしろリスナーを心地よく引き込むので、最終的には「このメッセージ、真剣に聴かなくちゃ」と思わされる。

ヒップホップがもともと持っていた“声なき者の代弁”という機能を、ライブバンドという形でより視覚的・身体的に表現している――それがブラックソートのラップがもたらす硬派さの核心だと思う。


ネオソウルとの結びつき――ソウルクエリアンズと『Things Fall Apart』

先ほどクエストラブがソウルクエリアンズの一員として活動していたと言ったが、The Rootsの音楽を語るときにはやはり『Things Fall Apart』(1999年)が大きな節目だ。 それ以前にも『Do You Want More?!!!??!』(1995年)や『Illadelph Halflife』(1996年)などで生バンドヒップホップを提示していたが、より洗練され、ネオソウルとのシナジーを明確に打ち出したのが『Things Fall Apart』だ。

  • 「You Got Me」が象徴的で、Erykah Baduのソウルフルな歌とEveのラップが絡む中で、The Rootsのビートがしっかりと下支えする。メロウなのに硬質なリズム感があり、甘いラブソング的雰囲気なのに社会への視線も見え隠れする――この曲がグラミーを獲得したのは、当時のシーンが求めていた“新しいヒップホップ”の形だったからだろう。

  • アルバム全体としては、一種の世紀末感や社会的テーマも漂っていて、パーティー感だけで済ませない深みがある。タイトルはチヌア・アチェベの小説から取られており、“世界が崩壊していく”イメージが反映されている。

まさに、ヒップホップとネオソウルのクロスオーバーが本格的に花開いた作品であり、The Rootsが“一気に知名度を上げた”という意味でもターニングポイントだ。


社会派ヒップホップの象徴へ――暗く攻撃的な時期の到来

2000年代に入ると、The Rootsはより政治的・社会的なテーマに踏み込む作品を続けて発表する。特に『Game Theory』(2006年)『Rising Down』(2008年)は、アメリカが9.11後の不穏な空気に包まれ、イラク戦争や国内の治安問題が深刻化していた時期と重なる。 クエストラブ自身が「キャリアで最も政治的なアルバム」と語るほど、ビートもダークに、リリックも徹底的に社会批判を貫いた。ロックやエレクトロの要素を取り入れつつも、底流にあるのは絶望と怒り、それでも何とか未来を語ろうとする希求だ。

とはいえ、その暗さがすべてを支配するわけでもない。
そこにはジャズやソウル由来の温かさが不意に差し込まれていて、聴き手が深淵に沈んでしまわないようにバランスをとっているのもThe Rootsらしい。

決して派手な売上が出る時期ではなかったかもしれないが、この頃に彼らが刻んだ“社会派ヒップホップ”のイメージは今でも根強い。ヒップホップは娯楽であると同時に社会的メッセージを担う――その当たり前を、バンド形態で地道に体現していたのだ。


テレビ番組のハウスバンドへ──柔軟性とユーモア

そんな硬派な側面がある一方で、The Rootsは2009年以降、アメリカの深夜番組『Late Night with Jimmy Fallon』や『The Tonight Show Starring Jimmy Fallon』でハウスバンドを務め、毎晩のように短いジングルやコントに合わせた演奏を披露している。
その番組ハウスバンド就任の話を知ったときは、正直「本当に大丈夫なのか?」と疑問もあった。政治や社会に切り込むスタイルのバンドが、深夜バラエティの軽快なノリとどう折り合いをつけるのか、想像しにくかったからだ。
ところが実際に映像を観てみると、不安はあっさり消えた。ゲストのリクエストに合わせて曲を即興カバーしたり、ほんの数秒のジングルでもセンスを全面に出したり、政治家が登場した際には皮肉っぽい選曲で話題をかっさらうこともある(当然、ちょっとした騒動になった例もある)。

そこには、ヒップホップの“瞬発力”とバンドとしての“守備範囲の広さ”が融合していて、視聴者を楽しませながら自分たちの芯を崩さない。その姿勢がすごい。 クエストラブは、番組スタッフやホストのジミー・ファロンともうまく絡みつつ、要所で「社会派」な一言を放り込むこともある。
いわば茶の間に溶け込みながら、ほんのりと毒をまき散らす。こういう柔軟性こそ、The Rootsというバンドがただの“政治的ヒップホップ”ではないことを物語っている。


“彼ららしさ”がずっとブレずに続く理由

では、どうしてThe Rootsはこんなに長く、しかも多彩な活動をしながらも“彼ららしさ”を保ち続けているのか。

一つ言えるのは、ドラマーとラッパーのコンビが音楽性の核を握っているからだろう。メンバーチェンジはあっても、クエストラブとブラックソートは結成当初から揺るがない存在として残っている。

また、彼らが“バンド形態でヒップホップをやる”という本質的なコンセプトを一度も手放していないのも大きい。打ち込みを活用することがあっても、あくまでメインは生演奏。このスタンスがアルバムやライブを通して貫かれているのだ。

さらに、ヒップホップ以外のジャンルとも積極的にコラボし続けることで、常に新鮮な刺激を受けているのも特徴的だろう。ロックやR&Bの大物たちともステージを共にし、そこでも決して埋没しない。
おそらく、「生バンドの可能性を突き詰めるヒップホップ集団」としての根っこがあまりに太いので、いくら枝葉が広がっても“幹”がぶれることはないのだと思う。


ライブ映像で味わう生々しいヒップホップの本質

The Rootsを深く理解するには、アルバムもさることながら、やはりライブ映像をおすすめしたい。 彼らのステージでは、クエストラブが刻むドラムが瞬時にノリを変えたり、ブラックソートがフリースタイルで客をあおったり、とにかく“その場限り”の化学反応が頻繁に起こる。そこにはサンプルや打ち込みでは得られない“一期一会”のグルーヴがある。
ヒップホップが「機械的なループをいかに上手く使うか」という文脈で発展してきた一方で、The Rootsのライブは「人力でループを作り出し、瞬間瞬間で変化させる」というアナログ極まる手法を実践する。しかも、その生々しさを維持しながら社会や政治を語り、テレビでもユーモアを交える余裕がある――ちょっと考えただけで、どれだけ凄まじいスキルとアイデアが詰まっているか想像できるだろう。

そんな彼らを貫くのは、「ヒップホップの一形態としてバンドをやる」という意識だと思う。ロックバンドやジャズバンドの真似ではなく、ヒップホップの歴史を継承・アップデートする一つの形。それがThe Rootsの強みであり、30年以上経っても彼らが止まらない理由。

もし、打ち込みヒップホップに慣れきっているなら、一度The Rootsの“生ビート”を体感してみてほしい。リズムがリアルタイムで生成される興奮、MCのラップが肉体的に音と融合する心地よさ――それらが、一気に襲いかかってくる。きっとそこで、「ヒップホップってこんなに生々しく奏でることもできるんだ」と、新たな地平が開けるはずだ。

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