引き算が、未来をひらく。 〜イトーヨーカ堂、6年ぶり黒字の正体〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
先日、思い立ってPCのデスクトップを大掃除しました。
「とりあえず置いておいた」フォルダが、いつのまにか十数個。
研修資料、提案書の旧版、クライアントごとの仕掛かり中ファイル、なぜここにあるのか分からないPDF。
「いつか使うかも」で残してきたものたちが、視界をびっしり埋めていたわけです。
思い切って8割を削除して、残ったのは「現在進行中の案件」だけ。
翌朝、PCを開いた瞬間に、なんというか頭がスッと軽くなる感覚がありました。
仕事の取りかかりが、明らかに早くなったのです。
今日はこの「引き算の力」が、ある巨大企業の劇的な復活を生んだ話をしたいと思います。
🛒 6年ぶりの黒字、ヨーカ堂の復活劇
東洋経済オンラインに、こんな記事が出ていました。
スーパーの「イトーヨーカドー」を運営するイトーヨーカ堂が、2026年2月期決算で純損益を黒字に転換したというニュースです。
通期の単体決算で最終黒字となったのは、実に6年ぶり。
ここ数年、地方店舗の大量閉鎖や、セブン&アイからの連結離脱が報じられ、「もうダメかもしれない」という声まで聞こえていた会社です。
それが、復活の狼煙を上げた。
何が起きたのか。
真船幸夫会長兼社長のインタビューを読みながら、私はずっと考えていました。
そして気づいたんです。
この会社、ひたすら「引き算」をしていた、と。
✂️ 「捨てた」ものリスト
復活までの数年間で、イトーヨーカ堂が手放したものを並べてみます。
🏪 地方店舗
126店舗から93店舗へ。北海道・東北・信越から完全撤退。
👕 祖業のアパレル事業
自前の衣料品から撤退し、アダストリアとの協業へ。
🏢 GMSという業態
「衣・食・住すべて」の看板を下ろし、食に集中。
🧱 縦割り組織
本社の商品部・販売部・店舗の壁を取り払い、横串組織へ。
😤 他責の文化
「競合のせい」「インフレのせい」をやめる。
足したものではなく、捨てたもので勝負を決めた。
イトーヨーカ堂の祖業は、1920年に浅草で創業した洋服店「羊華堂」です。
つまり、衣料品からの撤退は、単なる不採算事業の整理ではありません。
創業100年を超える祖業を手放すということです。
外から想像する以上に、痛みを伴う決断だったはずです。
💡ちょこっと理論紹介💡
🧭 コア・コンピタンス経営
経営学者のC.K.プラハラードとゲイリー・ハメルが1990年に提唱した考え方です。
企業が長く戦うためには、「自社が他社より圧倒的に強い、本質的な能力」を見極め、そこに資源を集中せよ、というものです。
ポイントは、「何をやるか」よりも、「何をやらないかを決める」ことの方が、はるかに難しいという点です。 事業が複数あると、つい「全部頑張る」になってしまう。
でも資源は有限です。全部やろうとした瞬間、どれも中途半端になる。これが多角化企業に共通する罠です。
ヨーカ堂は長く「衣・食・住すべて」を抱え続けて疲弊し、ようやくコアである「食」に絞り込んだ。遅すぎた決断だったかもしれません。 でも、決断したからこそ、復活の芽が出たとも言えます。
🎨 ミケランジェロの言葉
引き算といえば、私が美術館でいつも立ち止まって考えてしまう言葉があります。
ルネサンスの巨匠、ミケランジェロの言葉として知られる、こんな一節です。
像はすでに大理石の中にある。
私はただ、不要な部分を取り除くだけだ。
ダビデ像も、ピエタも、ミケランジェロは「足して作る」のではなく、削ぎ落として現すという哲学で彫っていた。

(画像 Wikipedia)
絵画の世界には、ボッティチェリやラファエロのような、色彩や装飾で魅せる「足し算の達人」もいます。
一方でミケランジェロは、まさに引き算の達人でした。
余計なものを削る。
本質だけを残す。
すでに内側にあるものを、外に出していく。
改革とは、加算ではなく減算なのかもしれません。
像はすでに、大理石の中にある。
ヨーカ堂が削ぎ落としていった先に現れたのは、創業の浅草・羊華堂以来の、信頼と誠実、そして地元の食を真剣に売る商売だったのではないでしょうか。
そう考えると、なんだか胸が熱くなる話です。
🔄 「他責の文化」を捨てる、という決断
実は、ヨーカ堂が捨てたものの中で一番難しかったのは、店舗でも事業でもないと思っています。
それは、組織に染み付いた「他責の文化」です。
真船会長のインタビューには、業績が悪い理由を「競合店ができたせい」「インフレのせい」「相場のせい」と、外部要因にしていたという話が出てきます。
そして、こう語っています。
会社の業績は顧客が決めるものであって、マーケットが決めるものではない。
カッコいい言葉ですよね。
私はここを読んで、しばらくページをめくれませんでした。
研修の現場で、こう話されるリーダーは少なくありません。
「うちの部下が動かないんですよ」
「若手が自分で考えないんです」
「上が方針を出してくれないんです」
「うちの会社は変わらないんです」
気持ちは、とても分かります。
私自身、新規事業の責任者だった頃、似たような言葉を心の中で何度もつぶやいていました。
でも、「相手のせい」と言った瞬間に、自分には何もできなくなる。
ここが怖いところです。
💡ちょこっと理論紹介💡
🧊 組織文化の3層モデル
米国の組織心理学者エドガー・シャインは、組織文化には3つの深さがあると言いました。
一番表面にあるのが「人工物」。オフィスの様子、ルール、制度、日々の行動などです。
二段目が「標榜される価値観」。経営理念やスローガン、行動指針などです。
そして最深層にあるのが「基本的前提」。誰も疑わずに共有している、暗黙の思い込みです。
厄介なのは、改革の多くは表面層しか変えられないということです。 スローガンを書き換えても、「業績が悪いのは外部のせい」という最深層の前提が変わらなければ、組織は元に戻ってしまう。
ヨーカ堂で起きたのは、まさに最深層への着手でした。 「他責から自責へ」。 この目に見えない暗黙の前提を、トップ自らが言語化し、行動で示した。だからこそ、店舗改装やPB強化といった施策が、ようやく機能し始めたのだと思います。
🍅 私たちの日常も、同じだったりする
ここまで書いてきて思うのですが、これは会社の話だけではないですよね。
私たちの仕事も、家庭も、人生も、「足したもの」より「捨てたもの」が形を決めているように思います。
🗂️ デスクトップに残し続けた古いファイル
📅 惰性で続けている定例ミーティング
💼 「念のため」と付け加え続けている資料の最後のページ
🎽 何年も着ていないクローゼットの服
😮💨 ずっとモヤモヤしているのに、誰にも言えていない人間関係
これらを思い切って削った先に、本当に大切なものがもう一度姿を現すのかもしれません。
何かを足せば、不安は少し和らぎます。
資料を増やす。
会議を増やす。
ルールを増やす。
確認プロセスを増やす。
役割を増やす。
肩書きを増やす。
でも、増やし続けた結果、いつのまにか自分たちが何を大事にしていたのか、見えなくなることがある。
だからこそ、ときどき問い直す必要があります。
これは、本当に必要なのか。
これは、今も自分たちを前に進めているのか。
それとも、ただ不安を隠すために抱えているだけなのか。
ミケランジェロが言ったように、像はすでに自分の中にある。
ただ、不要な部分を取り除くだけでいいのです。
🌱 あなたが今、削ぎ落とすべき「大理石」は何ですか?
仕事でも、家庭でも、自分の頭の中でも構いません。
「なんとなく抱えているけれど、本当はもう手放してもいいもの」が、きっと一つはあるはずです。
それを一つ、今週中に削ってみる。
古いファイルを消す。
不要な会議をやめる。
使っていない資料を捨てる。
曖昧な役割を整理する。
言い訳にしていた言葉を手放す。
小さな引き算でいいと思います。
でも、その先に、あなたが本当に守りたかった像が、きっと姿を現します。
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