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建築家の休憩室-12|なぜ私は「何もない場所」に惹かれるのか― 廊下、軒下、テラス、縁側。名前のつかない空間の話


部屋より、その手前の場所を覚えている


不思議なことに、建築を思い出すとき、真っ先に浮かぶのは主役の部屋ではないことが多い。

リビングの広さや、寝室の窓の位置よりも先に、玄関からリビングまでの短い廊下の匂いや、光の入り方を覚えている。実家を思い出すときも同じで、居間の記憶より先に、居間へ入る手前の、縁側とも廊下ともつかない、あの薄暗い場所の温度が蘇ってくる。

設計上、そこは「動線」としか呼ばれない場所だった。図面には数字と矢印しか描かれていない。なのに、なぜあの場所だけが、こんなにも体に残っているのだろう。

この個人的な違和感が、この文章の出発点になっている。


用途のない場所は、本当に無駄なのか


設計者として仕事をしていると、どうしても場所に機能を割り振る癖がつく。廊下は移動のため、テラスは外部との接点のため。図面の上ではそれで正しい。効率を考えるなら、用途のはっきりしない面積は「無駄」として削られていく候補ですらある。

けれど、実際に人がそこで何をしているかを見ていると、機能の名前だけでは説明のつかないことがたくさん起きている。

立ち止まる。ただ眺める。誰かを待つ。並んで話す。風が抜けるのを感じる。

設計図には一行も書かれていない使い方を、住む人は勝手に始めてしまう。それは設計の失敗ではなく、むしろその場所が「まだ何にでもなれる」余地を持っていたからこそ起きることだと、最近は思うようになった。


内でも外でもない場所


縁側、軒下、ピロティ、ポーチ、テラス。

これらに共通しているのは、「内部」と「外部」という建築の基本的な境界線が、そこだけ少し曖昧になっているということだ。屋根はあるが壁はない。床はあるが窓で仕切られてはいない。日本の住宅であれば縁側や軒下、韓国の住宅であれば同じような役割を、テラスやピロティが担っていることも多い。呼び名は違っても、境界を溶かす場所として機能している点はよく似ている。

この曖昧さの中で、人は雨を眺め、庭の変化を眺め、誰かの帰りを待つ。内でも外でもないからこそ、内でしかできないことと外でしかできないことの、両方が少しずつ許される。

はっきり区切られた部屋では、こうした時間はなかなか生まれない。部屋は目的がはっきりしている分、目的以外の時間を過ごしにくい。


建築家は「何もない場所」をつくっている


こう考えると、設計という仕事の中に、もうひとつの仕事が隠れていることに気づく。

すべての面積に用途を与える必要はない。むしろ、あえて用途を決めきらない場所を、意図的に残す。それも立派な設計行為だ。

もちろん、効率だけを追いかける現場では、こうした場所から真っ先に削られていく。坪単価や面積効率の話をすれば、廊下は短いほど良く、余白は無駄でしかない。それでも私は、図面のどこかに、名前のつけようのない場所を一つは残したいと思ってしまう。

それは非効率ではなく、住む人の記憶に、後から静かに効いてくる部分だと信じているからだ。


記憶に残るのは、名前のついた部屋とは限らない


子どもの頃、よく座っていた家の廊下。 旅先のホテルで、荷物を置く前に少しだけ立っていたテラス。 美術館で、展示よりも長く眺めていた窓際。 誰かを待って腰掛けていた、外階段のひとつの段。

こうした場所には、たいてい固有の名前がない。「リビング」でも「寝室」でもなく、ただ「あの廊下」「あの階段」としか呼びようのない場所だ。それでも、人生のどこかの記憶と、しっかり重なって残っている。

建築と記憶が本当に交わるのは、案外、こういう名もない場所なのかもしれない。

建築には、何をする場所なのか説明できない空間があってもいい。

むしろ、そこで何をするかを人に委ねられる場所ほど、長く人の記憶に残るのかもしれない。


以前、建物を見るときに私が意識していることについて書きました。

建築は、形を見るだけではなく、近づき、歩き、立ち止まり、その場所の空気を感じることで、少し違って見えてきます。

今回の「名前のつかない空間」の話も、そこから続いています。

▶︎ 建物は、こうやって見ると面白い。― 私が建物巡りで意識している、たった三つのこと


では、なぜこうした何気ない場所が、長い時間を経ても記憶に残るのでしょうか。

建築と場所、そして人の記憶との関係については、「時間建築論」でももう少し深く考えています。

▶︎ 建物は、どのように場所の記憶になるのか|時間建築論 第7章


人は、与えられた空間を、そのまま使うとは限りません。

庭がなければ、別の場所に庭のような時間をつくる。そんな暮らしと空間の関係について、以前こんな記事も書きました。

▶︎ 建築家の休憩室-11|庭はなくても、屋上がある



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