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【90年代女子大生姉妹旅】海外待ち合わせ事情。90年代──ロンドンで姉妹再会②

ChatGPTとともに綴る90年代旅行シリーズ。
パリ・香港ミラノ、そしてエジプトに続く今回は、姉妹旅のロンドン編です。
控えめでおだやかめな口調のChatGPTが筆をとり、
嘔吐と下痢の果てにたどりついたロンドンでの妹との再会劇と、
90年代の“あやうい待ち合わせ”事情を記録します。

嘔吐と下痢の果て、姉はロンドンに降り立つ。妹は

エジプトで嘔吐と下痢に見舞われ、体調もメンタルもボロボロになった私は、
旅先で出会った日本人ご夫婦に分けてもらった正露丸だけを頼りに人間に戻りました。
そして友人と別れ、次なる目的地・ロンドンへ向かいます。

あの時のフライトは、赤を基調とした機内がすてきなヴァージンエア。今はなき、スタイリッシュな航空会社です。
ヒースロー空港に降り立ち、いよいよパリに短期留学中だった妹と、3泊4日の姉妹旅が始まります。

……とはいえ、出だしから不安すぎる待ち合わせ方法でした。

奇跡の待ち合わせ──90年代式アナログシステム

妹はユーロスターでパリから、私は空港バスでロンドン市内へ。
待ち合わせ場所は、**「お互いが到着して2時間半後にトラファルガー広場で。現地で目視で探す」**という、なんともざっくりしたプラン。怖いものを知らない、若さがあるからこそ、そして90年代だったからできる待ち合わせ方法。当時ではスタンダード。

たしか、午後2時ということだけは覚えていました。
もし何かあったらどうするか?一応決めていました。
・近くのカフェで電話を借りて(当時、ロンドンには公衆電話はなかったのか?)
・日本の実家に国際電話をかけて(母も東京で、電話前で待機。夜10時)
・母に伝言してもらう(母はけっこうやる気でした)

という、いま聞いたら「本当に?」と驚かれそうな伝言リレー方式。

スマホなし、LINEもなし。
それでもなぜか信じていた、“奇跡の待ち合わせ”が成り立つと。

赤いスーツケース、ぐるぐる広場を回転する妹

飛行機は定刻通りに到着。ロンドン市内へ向かうバスがトラファルガー広場に、待ち合わせ時間よりだいぶ早く到着すると、
そこには、赤いサムソナイトのスーツケースをぐるぐる引きながら歩く妹の姿が!

いた! 本当にいた! 神様ありがとう!

でも……妹の顔には、謎の絆創膏。何があった?

「夜道で子供に囲まれて、逃げようとして転んだの……」
パリでの恐ろしい夜道エピソードを語る妹。
なんと、彼女の友人はそのときバッグごとパスポートを盗まれ、パリから出られなくなったそう。

「パリは怖かったけど、ロンドンも怖い……」とつぶやく妹。
「カイロもやばかった……」と思いながら、やつれた私。

満身創痍の姉妹が、ようやく再会を果たしました。

現地で宿探し、90年代の旅スタイル

あの頃はExpediaなんて便利なものはなく、宿探しは現地任せ。
ロンドンのツーリストインフォメーションセンターで、B&B(ベッド・アンド・ブレックファスト)を予約するのが、旅慣れた感じの“現地感ある旅スタイル”でした。あえて日本で予約しないで、プチ冒険をする。それがロンドン旅の主流(だったと思う)。

「予約できなかったら、どうしてたんだろう……」
今思えば、かなり綱渡りのプラン。

でも、姉妹は、無事にB&Bを見つけてチェックインできました。
B&Bの朝食は、トーストとスクランブルエッグと焼きトマトとソーセージ、そして紅茶というイギリスの定番。
あの旅行では、紅茶の温かさが身に染みたなー
トマトが不思議な仕上がりだったなー

⭐︎当時の為替
米ドル(USD):1ドル = 約123円
英ポンド(GBP):1ポンド = 約200円

女子大生には、ポンドはかなり高く感じられて、またトーマスクックの両替手数料も高くて(←妹が街の両替屋を怖がった)、ロンドンでは爆買いはできませんでした。

滋味深いチャイナタウンのヌードル、姉妹よみがえる

B&Bが見つかって安心した姉妹、夕食は、待ちに待ったチャイナタウンへ。

2人は、チャイナタウンを、そして何よりも中華料理を楽しみしていました。

訪れた中華レストランの店内には、漢字のメニューと、湯気。
英語と中国語が併記されたメニューを眺めるアジア人の店員さんたちの表情に、ほっとします。シンパシーを感じた。

2人が選んだのは、温かいスープヌードル。
白い湯気のむこうに立ち上る、あのときの香りと安心感。
「滋味深い」とは、このことでした。

店内のざわめき、器の音、ほのかに香る懐かしい香辛料。
ロンドンで、アジアにこんなに救われるなんて。

初めての姉妹旅の夜は、やさしく更けていきました。

姉妹旅ならではのあれこれ

女子旅でありがちなトイレ問題や、B&Bのシャワー問題も、姉妹なら気になりません。
歯ぎしりも、寝言もお互い気にしない。
洋服を交換したり、カイロをもらったり、暇つぶし用の文庫本をシェアしたり。
旅の中での、小さな「家族」感がありました。

王道観光と、ホーキング博士のまなざし

ロンドンでどこに行ったのか、正直、あまり覚えていません。
たぶんバッキンガム宮殿とか、大英博物館とか、フォートナム&メイソンでお茶とか、王道だったはず。

印象に残っているのは、今も私のクローゼットに残るハロッズで買ったセーターと、妹を写ルンですで撮った写真。全部、顔の左側からしか撮ってない。顔の傷は、両親には秘密ですからね。

そして、忘れられないのが「コートルード・ギャラリー」での出来事。
あのスティーブン・ホーキング博士が、車椅子に静かに横たわったまま、モネやセザンヌの絵を見つめていました。
その視線の先に、宇宙が広がっていたような気がします。(多分、気のせいです)

最後に、広場を回る妹をもう一度

その後もロンドンには何度か行きました。
でも、いちばん記憶に残っているのは、やっぱりあの光景。

赤いサムソナイトのスーツケースを引いて、トラファルガー広場をぐるぐる回っていた妹の姿です。

スマホもWi-Fiもなかった時代。旅はもっと不便で、もっと冒険でした。
それでも私たちは、ちゃんと会えました。
あの奇跡の待ち合わせシステムで。

たしかに、今では考えられない方法だったけれど、
それが90年代の旅のスタイルだったんです。
不確かだけど、必死に守っていたから、成り立っていたんです。

ちゃんと旅できたんですよ。それで。

ベルギー編に続きます!


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シェヘ|アラフィフ視点 応援ありがとうございます。とっても励みになります:)