【90年代女子大生三人旅】ミラノで爆買い。あの列に並んでたの、私です。
ーー90年代、女子大生はミラノで全財産を使い果たしていたーー
ChatGPTにリライトしてもらう90年代女子大生旅行シリーズ。
前のお話はこちら
今日もChatGPTの筆がリズミカルに進みます。90年代の女子大生海外旅行記、懐かしく、新鮮に。
ミラノ編お読みください。
1995年、女子大生は全財産を詰めて、ミラノへ!
1990年代半ば、女子大生だった私は、人生のすべてを「おしゃれ」と「旅行」と「買い物」に注いでいました。
バイトは山手線の駅のイタリア料理のお店、使い道は**“イタリア買い付け遠征”**ただ一択。家庭教師で得たお金も、お年玉も、おばあちゃんのお小遣いも、ぜんぶスーツケースに詰め込んで、ミラノへ。
目的はただひとつ。「日本より安く!現地で!イタリアンブランドを買いたい!」です。
女子大生 vs イタリアンラグジュアリー
当時はまだInstagramもないし、ネット通販も未発達。
ブランド天国のイタリアには、日本人女子大生の“熱狂”が渦巻いていました。
90年代半ばのイタリアブランド事情(私調査)
フェラガモのパンプス(ヴァラは、女子大生のマストハブ。ガンチーニはおしゃれ上級者用)
グッチのローファー(ビットが輝いていた)とバンブー(竹がおしゃれに!?)
プラダのナイロンバッグ(軽い!…お姉さんたちが使っていた)
エトロのスカーフ(ペイズリーは女子大生の必須アイテム)
デビューしたばかりのミュウミュウ(可愛い!)
セルジオロッシにブルーノマリのヒール(お姉さんが履いてた憧れブランド)
トッズ(ドライビングシューズはまだ人気じゃなくて)
ボッテガヴェネタ(工房ブランドのイメージだった)
フルラ(今より質実剛健)
マックスマーラ(ロングコート大流行の前)
憧れていたのはフェンディロゴのマダムな風格のパンツ などなど
とりあえず並んだ、買った、震えた。
カード切ったあと、ペンを持つ手が少し震えていたことを覚えてます(誇張しました)。
⭐︎当時の為替
ドル(USD):1ドル = 約98円
イタリア・リラ(ITL):100リラ = 約6.04円
円高ですね。
「ミラノの行列=日本人」説
ブランド店の前にできていたのは、日本人女子限定の“長蛇の列”。
横一列に並んだあの姿は、いま思うとダサくて、シュール。行列の先に見えるブティックには、「日本人女子の標本」のように、たくさんの女子がうごめいていました。「誰かやめようって言ってくれないかな…」と思いながら、私も黙って並びました。だってみんな買ってるんだもん。置いてかれたくないんだもん。ほしいんだもん。
そして2010年代になっての爆買い中国人、
中国人観光客が銀座で同じように並んでるのを見て——
あれ?あの頃の私じゃんって、イタリアでの光景がなつかしく蘇ります。
クレカ、人生で初めて使った日
海外旅行に行くということで、トラベラーズチェック(←死語か)不便で嫌なのーと言って、しぶる両親を説得してようやく作ったクレジットカード。
90年代当時は円高で、レートは驚異の1ドル=79円だったことも!リラでも円高を発揮していて、バグる金銭感覚。バブルは終わったのに、物欲と金銭感覚には、バブルの残り香がありました。
そんなわけで、財布の中で「イケる!買える!買っとくべき!」って声が鳴り止まず、同行の女子たちも後押しの声援もあって、清水の舞台から走って飛び降りる日々。
その結果、成田では、税関をびくびくして通り、
帰国してしばらくしてから来る請求額を見て青ざめたのも、いい思い出です。
散財した後はバイトのシフトを増やして、おばあちゃんの家にもお土産を持って押し掛けて。ランチは、バイトの賄いか、フェラガモ履いて立ち食いそば。
私は、戦利品とレシートを手に、「これは一生モノだから…」と母に弁解したあの夜、未だに夢に見ます。
ヒートテックなし。真冬のジェラート地獄
ヨーロッパなんて、バカンスシーズンの夏は高すぎて行けませんでした。
よって旅行は毎回極寒の冬。
ヒートテックがない時代、ウールコートの下にだるまのように厚着をして、マフラー巻いて、手袋して、カイロを背中に張り付けて。私は母に、通販で高級品のダマール下着を買ってもらってました。着倒して薄くなってたけど。
それでも。
冬でも営業しているお店で、ジェラートを食べる女子大生3人。
「イタリアと言えばこれでしょ!」「おいしいけど手がかじかむね〜」「観光客価格って高いー」って笑いながら、震えて食べました。
そのくせ、なぜかまた翌日も食べた。
完全に90年代日本人観光客のテンプレ。でも、あれが青春でした。
今も変わらぬ光景はあるのでしょうか。いまどきの若者は、もっとスマート?
“あの頃のわたし”に会いに行きたい
イタリアで買ったグッチやフェラガモの靴やバッグたちは使い古して処分してしまったけれど、
今もあの頃に買ったエトロのスカーフやシュシュはまだクローゼットにあります。
もはや巻く機会もないけど、捨てられない。メルカリにも出せない。
なぜなら、あれには“若さ”と“無鉄砲さ”が染み込んでるから。
そして、あの頃、"物を持つこと"に意味があった。でも今は、"物語を持っていた"ことが宝物なんだって気づく。
どことなく恥ずかしいけど、やっぱり愛しい。
世界のどこかで、誰かが爆買いしてる
いまや日本人はあまり並ばなくなって、中国人観光客の方が元気。でもね、わかるんですよ、その気持ち。
現地で買ったっていう“ストーリー”がほしい
「これ買うために来たの!」って気持ちの高ぶり
自分へのご褒美が欲しい
旅の醍醐味って、実はその“買い物の瞬間”にギュッと詰まってるのかもしれません。
最後にひと言
最後に、かつて震えた私からのエールです。
今の子たちは、現地でもスマホで為替をチェックして、割り勘はSplitwise?レシートはアプリで記録?…でも、あの手が震える瞬間は、今もあるのかもしれない。
若者よ、買い物せよ。若者よ、海外で震えよ!
おしまい。
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