神の子とダンジョン ・ 第19話 − 201
屋敷の新築祝いも終え、暖かな朝だった。
日曜日だ。
昨夜、西門闘技場で思いもよらぬ稼ぎもあったこともあり、皆でハイキングに行くことにした。
フラウだけではなく、オイラにとっても初めてのハイキングだ。
城下の街を抜け、レドゥビアアルプスへ向かう道を歩く。
草原の向こうに、鹿の群れが静かに草を食んでいた。
人の気配に気づくと、耳を立て警戒はするものの、すぐには逃げない。
「秋が深まると、旧市街のそばにも降りてくる。」
トールが言った。
「肉もいいが、毛皮が高く売れる。」
「簡単に狩れるの?」とジュニア君。
「いや。臆病だ。人を見るとすぐ森へ消える。」
トールの言葉を聞きながら、どうやったら捕まえられるかと考えたが、難しそうに思えた。
九月になったばかりで、空気は澄み、暑さもやわらいでいる。
フラウは毎朝トールと棒術の鍛錬をしているせいか、足取りが軽い。
振り返っては、皆を急かすように笑った。
風が止んで、野鳥が遠くで鳴いた。
木々の葉が揺れをやめ、鹿が一斉に顔を上げる。
城下から十分に離れたその場所で、唐突に秘宝テデクスの精霊体が現出した。
「あの忌まわしいアヌビス板のせいで、誰かと話をしたくてたまらぬというのに、 お前らは妾のことを忘れておるとみえる。」
短い髪に、どこか貴族めいた姿のテデクスの精霊体。
ジュニア君が一歩進み、深く頭を下げた。
「姿を見せてくださり、ありがとうございます。何かお望みは?」
テデクスはしばし考え、空を見上げる。
「どんぐりを食べたい。」
皆が言葉を失った。
オイラだって思ったよ。
精霊体って腹が減るのかよ!?
「減らぬ。だが、懐かしいのだ。」
心を読んだかのように、テデクスがオイラの方を向いて言った。
「嗜好品である。」
テデクスは当然のように言った。
「噛み応え、ほのかな苦味、そしてあの“ポリっ”という音。
あれが良いのだ。」
仕方ないから、皆で近くの林に入り、どんぐりを探し回った。
落ち葉をかき分け、汗をかきながら拾い集める。
集めたどんぐりを差し出すと、テデクスはひとつひとつ手に取り、細長い形のものを無造作にポイっと捨てた。
「これは違う。」
残った丸い形のどんぐりを選び、口へ運ぶ。
本当に食べた。
ポリっ。
ポリ、ポリっ。
小気味よい音を立てながら、瞳を閉じて味わっている。
「うむ…… 。」
三百年振りの味わいは格別である。
などと呟きながら、ゆっくりと噛み締める。
ジュニア君が恐る恐る尋ねた。
「秘宝に、食事は必要ないのでは?」
「無論、不要だ。」テデクスは胸を張る。
「だから、嗜好品だ。
オマエ達もワインを飲み、 女衆は化粧水を塗るであろう。
同じである。」
なぜか、トールの妻マーガレットが深く頷いていた。
「なお、妾は山奥では長く姿を保てぬ。
蛇の気配が濃いと現出は難しい。
ゆえに、今後も献上せよ。」
テデクスの機嫌がすっかり良くなったところで、ハイキングを再開した。
林ではリスが木の実をくわえて走り回り、小鳥が枝から枝へと飛び移りながらさえずっている。
そのたびにフラウが目を輝かせた。
「見た?」と振り返る姿が、子供のようだ。
オイラも、稼ぎとは無縁に山道を歩くなんて初めてだったが、妙に胸が軽い。
ただ歩くだけで楽しいというのは、不思議なものだ。
やがてド・ブロイ峠に着き、岩場に腰を下ろして休憩した。
東の遠くにはノカナの街。
西には聖都華蜀の寺院群が、霞の向こうにうっすらと見える。
真白なレドゥビア城が陽光を浴び、緑の林に抱かれるように輝いていた。
初めて見る光景だった。
しばらく、言葉が出なかった。
あの街々で、沢山の人が暮らしている。
凄く沢山の人が、ノカナで、華蜀で、レドゥビアで。
九月の柔らかな風が吹き抜ける。
皆も黙って、その景色を見ていた。
その後は、正直に言うと少し辛かった。
フラウは途中で力尽き、トールにおぶわれて山道を登った。
風が次第に冷たくなったが、汗ばんだ身体にはむしろ心地よい。
やがて、少し拓けた広場に出た。
どうやらこが、ハイキングの目的地らしい。
ジュニア君が枯れ枝を集め、トールが小石を組んで即席の囲炉裏を作る。
マーガレットが手際よく湯を沸かし、香りの立つ茶を淹れた。
すっかり遠くなったレドゥビア城を眺めながら、皆でサンドイッチを頬張る。
お茶が、いつもよりずっと美味い。
これがハイキングというものか。
たまには、こういう日も悪くない。
食事の後、トールを先頭に祈り石の前へ向かった。
古びた石だった。
長い年月、風雪に晒されてきたのだろう。
表面には見慣れぬ文字が刻まれているが、オイラには読めない。
「心を込めて祈れば、願いは届くと伝えられているの。」
マーガレットが静かに言った。
皆が順に、石の前で目を閉じる。
オイラは少し戸惑った。
ノカナのスラムで、ゴミを漁っていた頃の自分を思い出す。
クソガキだったオイラ。
今は ――
なんだか、幸せ過ぎる気がする。
精霊王様。
ありがとうございます。
ありがとうごさいます。
それしか、思いつかなかった。
帰り支度をしていると、ふと茂みが揺れた。
白い鳥が一羽。
「ライチョウだ。」
トールが小さく言った。
レドゥビアでは、精霊王の使いとされる鳥らしい。
丸い体で、じっとこちらを見つめている。
逃げるでもなく、近づくでもなく。
こんな山の中で、冬になったら何を食べるのだろう。
…… やっぱり、精霊王様はいるのかな。
トールが言う。
「ライチョウに会えるのは、幸運の兆しだ。」
白い羽が、ふわりと風に舞い、鳥は静かに林の奥へ消えた。
祈り石の前で交わした言葉が、どこかへ届いたのかもしれない。
ジュニア君とフラウに声をかけた。
「帰り道は、丸いどんぐりを探しながら歩こう。」
二人が笑った。
続きます
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タイトルカットは、フレキシブルフランクことChatGPTの作画
優音先生ありがとうごさいます✨️
ミイラ娘ちゃんと、神ダンのリンクがあります🙇
比較的好評を頂いている、廃線や遺構の記事です。
