第3号 暗黙知は100%形式知化できるのか —— 守破離という日本の智慧
こんにちは、中島晋哉です。今回は少し難しいお題を挙げてみます。
前回は、「組織が行うべき領域 —— 暗黙知の形式知化」について書きました。
ハイパフォーマーの暗黙知を形式知化し、組織のナレッジに変える。そして、「自社のAI」を育てていく、そんなことを書きました。
しかし、ここで大きな問いが残ります。
人の暗黙知は、100%形式知化できるのか?
仮に形式知化できたとして、それらを全て人に移転できるのか?
これは、経営学の世界でも、長年問われ続けてきた問いです。
「暗黙知」「形式知」という概念、そしてこの2つの変換プロセスを世に広めたのは、一橋大学の野中郁次郎先生と、共著者の竹内弘高先生でした。お二人の『知識創造企業』は、私自身、何度も読み返してきた一冊です。
私自身、両先生に直接お目にかかり、学ぶ機会を得ました。先生方から直接お話をうかがった経験は、私の思想の一部として、深く残っています。
その上で、先ほどの問いに対する私の答えはこうです。
答えはもちろん「NO」です。いやもう少し言うと、100%移転は出来ても、やらない方が良いというのが私の考え方です。
形式知化は型化とも言えます。70%は形式知化(型化)されたものを技術移転し、残りの30%は自身の「個性」(暗黙知とも言える)を載せるべき。これが私の気づきでもあり、考え方でもあります。
そこには、日本の芸道のプロセスである 「守破離」 にヒントがありそうです。
50歳の時、私がある決断をした話
当時、私は自身の会社でコーチング・コンサルティングや組織開発を通して、経営者や企業のリーダーを支援する仕事をしていました。今でもやっています。スターバックスでの経営経験が功を奏したのか、それなりにやれていました。
しかし、一つ悩みがありました。
「私が動けば売上も成果も上がるが、社員が動いても成果に繋がらない」
私のノウハウを、他のメンバーに移せなかったのが原因でした。だから会社は「中島晋哉と愉快な仲間たち」の域を出られず、組織としてスケールすることが出来ない。それが悩みでした。
そんなある日、知人のコーチング組織のことを知る機会がありました。彼らは、独自のコーチング手法で、外部委託のコーチと契約し、ライセンス料を得るというビジネスモデルを作っていました。よくありがちな話ですが、彼らのそれは他とは違い非常にユニークで、興味を引く内容でした。
私は「Aちゃん、その仕組みを教えてよ」と代表の知人に伝えました。すると「晋哉さん、うちのコーチになってくださいよ。それが一番早いですよ」と逆提案を受けたのでした。
全く意図していなかったのですが、「3年だけ」の約束で、そのファームにコーチとして入り、仕組みを学ぶことにしたのです。
勢いそのまま、新人コーチとして入ってみると、50歳の私が年長者でした。周囲は20代や30代の若い見習いコーチばかり。彼らと机を並べ、30代と思しき先輩コーチから厳しく指導されるのです。「五十の手習い」にしては痛いものでした。最初は気が滅入り、俺は何をやってるのだろうと何度も思ったほどでした。
しかし、何歳からでも新しいことを習い始めるのは遅すぎることはないと、「仕組みを学びに来たのだ」と奮闘しました。
すると、数ヶ月後には、新たなクライアントを獲得し、みるみる成果が出てきたのです。その後、約束通りちょうど3年で、そのファームからは卒業しました。
この体験で、私が得た最も素晴らしかったことは、お金でも、クライアントでも、仕組みを学べたことでもありませんでした。それは 「型」の力を知ること でした。コーチング手法を型化し、仔細に至るまで、コーチに型を移植することを学べたことでした。
守破離
「守破離」は、日本の芸道(剣道・茶道・能楽など)で伝わる、修行の3段階を表す言葉ですね。ネットで検索すると、こう説明されています。
守: 師の教え、型を忠実に守り、身につける段階
破: 型を身につけた上で、それを破り、自分なりの工夫を加える段階
離: 型から離れ、独自の境地に至る段階
この3段階を私なりに 「型」と「個性」の割合 で捉えてみると。
・守 = 形式知化された型を、自分の中にインストールする
(型100% : 個性0%)
・破 = 型に、自分の経験・感性・価値観を "融合" させる
(型70% : 個性30%)
・離 = 融合した型が、自分だけの新しい型になり
他者に伝達できるようになる
この見方をすると、"破" の 70:30 こそが、多くのビジネスパーソンが目指すべき状態 だと分かります。ここで言う個性とは個人個人の暗黙知と言っても良いかもしれない。その先はベテラン、達人の領域。離は、新たな型を作れるハイパフォーマーの領域になります。
若手は 100:0 で型通りにやる、しかし、中々成果が出ない。
熟練者は 個性100 で自己流に走るが、再現性がない。
70:30 こそが、成果と再現性の両立する黄金比 ではないかと思うのです。
私はそのコーチングファームで、まずは100%型を覚えた後、30%の自分の経験や個性を型の上に載せ、オリジナルでクライアントにセールスやサービスを提供していました。先輩コーチからはNGと言われていましたが、守破離の「破」ですと言い切り、実行していました。その甲斐もあってか、成果が出ました。しかし、多くの新人コーチ達は100%型通りで行っていましたが、ビジネス経験不足という理由もあり、一向に成果が出ていませんでした。
私の実践 —— 守 → 破 → 離 の道のり
「五十の手習い」の話は、まさに私の "守" の実践でした。
・守: コーチングファームで、若手と一緒に新しい型を身につけた
(形式知100%)
・破: その後、自分の体験、価値観、感性を型に融合させた
(自分だけのオリジナルを30%)
・離: KUDEN Coachingというコーチングメソッドを開発し、自ら組織を組成し、コーチを育成した。その後、独自のオリジナル AIコーチに昇華させた。
プロゴルファーの例え
黄金比の話。
私はアマチュアゴルファーですが、年間にかなりの回数をラウンドするほどゴルフ好きです。練習も熱心に行いますが、中々上手くはなりません。
もし私が、今、タイガーウッズやロリーマキロイの素晴らしいスイングを形式知化し、それを私の身体に完璧にインストールしたとします。それで、私はクラブのチャンピオンになれるでしょうか?
恐らく、難しいでしょう。
なぜなら、彼らと私は、身長も、柔軟性も、筋力も、練習量も、経験も、メンタルの強さも、勝負勘も、全く違うからです。
「型」だけをインストールしても、それを使う "人" が違えば、出せる成果は全く違う。これは、あらゆる分野で共通する真実かと思います。
だから、私はこう考えます。
型を 100% 身につける「守」。そして、自分だけの 勝ち筋(個性30%)を融合する「破」。
自らの個性を形式知化に載せることが、とても重要だと思うのです。
「勝ち筋の見つけ方」 こそ、次の型になる
多くの経営書や自己啓発書でも、「型を身につけろ」「自分らしさを出せ」と言っていますが、その先はどうでしょう?
本を読むだけでは、そう簡単に解決できないですよね。
「30% の勝ち筋を見つける方法」 これが中々、難しい。
しかし、これもまた、形式知化(型化)できる。
・自分の強み・弱みを、業務データから抽出する
・自分の特性、性格、好みをヒアリングにより言語化する
・自分の勝ちパターンを、過去の実績から構造化する
・自分が最も情熱を注げる瞬間を、日々の内省から発見する
これらを見つけることを人対人で行うよりは AI を活用する方がより効果的であることが分かっています。これらの "メタレベルの型" があるかないかで、人の成長速度は桁違いに変わるように思います。それが、自分の個性、つまり勝ち筋になるからです。
一の型: ハイパフォーマーのスキルを形式知化する
二の型: 30% の勝ち筋を見つける方法を、形式知化する
もちろん、全員がハイパフォーマーになるわけではありません。しかし、一人ひとりが型を取り入れ、自分の 30% を開花させることで、人は成長し、結果、組織のパフォーマンスは、確実に上がるのだと思います。
AI時代の守破離
そして、この守破離は、AI時代でこそ強く光るのだと思うのです。
野中先生と竹内先生の SECIモデル は、組織の中で知識が創造・共有される4段階を整理した理論です。大いに学びになります。

表出化(E)は、この4段階の中で最も難しい壁 とされてきました。
表出化とは?
本人の頭・身体の中にある暗黙知を、言葉・図・モデルに変換して、他者と共有できる形にすること。
たとえば:
・ベテラン営業マンが「なぜあの顧客に売れたのか」を言葉にする
・職人が「手の感覚」を数値化・図解する
・リーダーが「なぜあの部下を昇進させたか」の判断基準を明文化する
これらは全て「表出化」の作業。
なぜ表出化は最も難しいとされてきたか?
理由1: 本人が言語化できない
暗黙知は身体化・自動化されていて、本人でも「なぜそうしたか」を意識できていないことが多い。「呼吸のように自然にやっている」ことは、逆に言葉にできない。
理由2: 完全な言語化は原理的に不可能
マイケル・ポランニー(暗黙知の概念の原点)が言った「We can know more than we can tell」(我々は、語れる以上のことを知っている)。人間の知には、言葉にできない層が必ず残る。
理由3: 適切な "問いかけ" が必要
表出化は、本人が独りで内省するだけでは進まない。優れた問いかけ が必要。「なぜ?」「その時、何を感じた?」「もし違う選択肢があったら?」 これらの問いを、粘り強く繰り返す相手が要る。通常は我々人間コーチが行なっている。
理由4: 「場」の必要性
野中先生は、表出化には特別な「場」が必要だと述べておられます。物理的・心理的・時間的な安全な場所。ベテランが安心して「実は・・・」と言葉を紡ぎ始められる環境。

そして、AI時代の表出化
なぜ、AIが表出化の壁を崩せるか?

この考え方が、AIを活用し、人が成長し、組織の進化を後押しする一つの方法だと、私は考えます。
型破りと形無し
ここで、日本の伝統芸能から、教えを一つ紹介させてください。
十八代目中村勘三郎の座右の銘に、こんな言葉があります。
「型があるから型破り、型が無ければ形無し」
つまり、"破" と "離" が価値を持つのは、"守" を徹底的に身につけた上でのこと。"守" をスキップして自己流に走った瞬間、それは「破」ではなく、単なる「形無し」になる。
これは、AI時代の私たちへの、一つのメッセージかと考えています。
「AIを使って、自分の個性を発揮させたい」「組織の中で自分流でやる」と焦って、基本の型の習得を軽視してしまうと、それは、ただの "形無し" になるということです。
順序を間違えてはいけない。必ず 「守」それから「破」そして「離」。
この順序は、剣道でも茶道でも能楽でも、そしてビジネスでも、数百年変わらない真実ではないかと思います。
金太郎飴からの脱却と、
AI時代の再没個性化リスク
もう一つ、警鐘を鳴らしたい話があります。
戦後、日本の学校教育は「良い高校に入り、良い大学に入り、良い会社に就職しなさい」と教えてきました。
これは、戦後復興期に、企業を大きくすることで経済を立て直す政策でした。企業には多くの労働者(戦士)が必要、だから「みな同じことができる人材」を大量に育てようという指針だったかと解釈できます。
結果、日本の教育は「金太郎飴教育」になりました。違うことを学んだり、違う道を選ぶ人を、「異端児」「落ちこぼれ」と見なす時期もありました。
そして、この国はやっと、この "没個性" から脱却する時代になってきたと感じています。最近は自由に学び、自由に自らの道を走っている若者が増えたようにも思います。また、インターネットにより、学ぶ選択肢が格段に増えました。個性を尊重する教育、多様性を認める組織、そういう変化が、じわじわと広がってきているように感じるのは私一人ではないはずです。
そこに、AIが登場しました。
もし、私たちが AI を重宝しすぎたら、どうなるでしょうか。
多くの人が、汎用的なAIを活用し、汎用的な回答を信じ、思考力を低下させ、汎用的に動く。これは避けたいところです。金太郎飴を脱したい、個性を尊重したい。AIによって、より強力な没個性化していく怖さを感じます。
金太郎飴からせっかく抜け出しかけていた日本が、AIによって、再び没個性化する。これは、絶対に避けなければいけない。
だからこそ、今、"守" は AI に任せ、"破" と "離" つまり 30%の個性 を、人が意識して育てる必要があると思うのです。
KUDEN の思想 —— 型と個性の両立
第1号でお伝えしたように、KUDEN の語源は「口伝」です。古事記以前、日本人が大切にしていた知の継承の様式。
そして今回の 守破離もまた、日本が数百年かけて磨いてきた智慧です。
口伝と守破離。
この2つの日本の智慧を、AIの時代に、組織の中に取り戻す。
これが、私が KUDEN WORLD で挑んでいる方向性です。
・AI が "守" を担い、ハイパフォーマーの暗黙知を形式知化する
・人が "破" を実践し、そこに 30% の個性を際立たせる
・個性が "離" となり、新しい型として組織に継承される
型と個性の両立。この設計こそが、AI時代の組織における成長の在り方だと思うのです。
あなたへの問い
あなたの組織では、「型の習得」と「個性の発揮」が意識的に設計されていますか?
あなたの組織に、「形無し」の人はいませんか?
あなた自身は、自分の「30%の勝ち筋(個性や強み)」を言葉にできますか?
次回
次回(第4号)は、「AI時代の組織のあり方 —— 自律型組織経営とは」 をお届けします。
第3号では「一人ひとりが 30% の個性を発揮する」思想を書きました。しかし、「では、一人ひとりが自律的に動ける組織を、具体的にどう作るのか」は書ききれませんでした。
第4号では、この "自律型組織経営" の具体像を、私の考えでお伝えします。
ご感想・ご質問、特に「自分の30%が何か分からない」「組織で個性を活かすアイデアが欲しい」「AIによる個性発見って、具体的にどうやるのか」という方は、こちらにそのままコメントをください。
中島晋哉
株式会社 KUDEN WORLD 代表取締役
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