【掌編】鮮花、いまひとたびの。
海辺でバーベキューをしようと誘われ、週末、花澤さんのミニバンに乗り込んだ。メンバーは僕のほか、花澤さんに経理の益田さん、総務の川越さんの計四人。職場の上司や先輩とプライベートを過ごすのは初めてで、しかし花澤さんは上司と言えど堅苦しさを感じさせないタイプであったし、益田さんにも幾度かお菓子を貰ったことがある。川越さんはほぼはじめましてだったけれど、柔らかな雰囲気があって親しみやすい。それほどの緊張もなく、楽しい休日を過ごすことができそうだった。
バーベキュー会場までは高速を使って片道二時間ほどだった。車中には和やかなムードが漂い、会社の愚痴や噂話、益田さんの大学生になったばかりの息子さんの話で盛り上がった。綺麗で髪もさらさらの益田さんに、そんな大きなお子さんがいることに僕は驚いた。「うちの娘も今年受験」。そう話す花澤さんと同じく、四十代後半だと言う。「全然見えないー」と口で手を押さえる川越さんに激しく同調した。
途中、ドライブスルーで休憩をとった。トイレに行き、花澤さんは喫煙所でタバコを吸った。益田さんと川越さんはたい焼き屋さんの前で「えー美味しそう」「でも今食べると肉食べらんなくなるよ」ときゃいきゃい騒いでいた。女性同士の雰囲気に入り込めそうもなく、かと言って喫煙者でもない僕は、お土産もの売り場で欲しくもない品々を眺めて回りながら時間を潰した。
不思議な面子だな、と感じた。男女二人ずつ。花澤さんは社内で顔が広く、益田さんと談笑しているところも見たことがある。川越さんも花澤さんつながりだろうか。距離感的に、益田さんが誘ったような気もする。若く見えるが、よもや益田さんも四十代ということはあるまいな。別に構わないけれど。
車に戻った。それまでと同じく、運転席に花澤さん、助手席に益田さん。その後ろに僕、僕の右隣に川越さんのフォーメーション。下っ端は僕だ。集合時、助手席に乗り込もうとしたところ、「お前は後ろだ」と花澤さんに言われ、この配置となった。
益田さんはたい焼きではなく、ソフトクリームを買っていた。走り出す車の助手席で、はむりとそれを食べる。「お。美味そー」とハンドルを回す花澤さんに、「食べる?」と歯形の残る白い塊が差し出された。数秒の後、信号待ちの隙を縫うようにして、花澤さんがそれに齧りついた。
「うわ。鼻についた」
「あははははは」
「でも美味い」
「牛乳の味するよねー」
車が走り出す。
何ごともなかったように車内で雑談が再開するけれど、僕はむむむ、と引っかかった。今のはなんだ。仕事の枠を超え、こうしてプライベートまで会っている。それほどに仲が良いのはわかっていたが、それにしても食べかけのソフトクリームをシェアするだろうか普通。それはもはや『仕事の枠を超えて仲が良い』の枠を超えた領域のやりとりではないか。
バーベキュー会場に着いた。ハワイを意識しているのだろう、白い砂浜に水色のウッドデッキ、ところどころ添えられたハイビスカスがトロピカルな印象を与える。係の人から食材をもらい、白いテーブルにそれを広げる間も、花澤さんと増田さんは隣に並び、談笑しながら作業を進めていた。
「あの二人、仲が良いですよね」
暑いからもう飲み始めちまおう、という花澤さんの命に従い、僕は店内に設置されたビールサーバーへと向かった。一人では大変、とついてきてくれた川越さんと、透明なプラスチックに注いだ琥珀色を両手に。その体勢で、声をかけた。
「そうね」川越さんは頷く。
「僕ら、お邪魔じゃないですかね」
そう口にしてみたところ、川越さんは「違う違う」と笑った。
「あれ、ごっこだから」
「ごっこ?」
「そ」店内の装飾、ピンク色のハイビスカスを見る。「お互い子育てもほぼほぼ終わって、自由な時間ができてきた。再び青春を謳歌したいけれど、がっつり恋愛する体力も気力もない。不倫なんてリスキーな真似をするほど熱くもなれない、馬鹿にもなれない」
だから、あぁやって、恋が始まるかも、いやもう始まってるかも、みたいな、そういう上澄みの美味しいところだけ楽しんでいるのよ。
言って、川越さんは僕を見る。
「お邪魔じゃないわ。むしろ必要。二人きりじゃなく、あくまで会社の同僚と休日を楽しんだ、という体にしなくちゃ」
「……はぁ」
ウッドデッキに出る。バーベーキュー場の向こうは、海辺。水着姿の男女や家族づれが、浅瀬で楽しげにはしゃいでいる。
「どうして僕たちなんでしょうか」
「ん?」
「いや、その『会社の同僚』に選ばれたのが、なんで川越さんと僕なのかな、って」
「そりゃあ、君」
川越さんは何かを言いかけて、止める。そして、悪戯顔で僕に声をかけた。
「ねぇ」両手に持ったビールを持ち上げる。
「はい」
「これ、飲んじゃおっか」
「え、なんでですか」
ここで一杯やっていこう。ウッドデッキの真ん中でカップを煽る川越さん。その唐突さと豪快さがどこか面白く、僕は思わず吹き出した。
白い砂浜。水色のウッドデッキ。背後に添えられたハイビスカス。
川越さんは一体いくつなのだろう。
ピンク色の花弁を見ながら、僕はぼんやりと思った。
*
この小説は、「即興で2,000文字の作品を書くとしたら、どのようなきっかけで始めるか」という創作仲間との会話から執筆の機会を得たものです。
自分はタイトルを決め、そこから書き始めました。
(発案時その場にいた)他の方々の作品はこちら。
