【企画】切り抜き白鉛筆(2021.1〜2021.6)
目一杯、間を開けた後、亜由美はやや低めの声で返してきた。
「今から言う質問にイエスかノーで答えて」
「イエス」
「電話、切った方がいい?」
「ノー」
答えつつ、口元がゆるむ。一番目の問いにこれを持ってくるあたり、いかにも亜由美らしい。
最初の一辺の旅立ちを見送り、残り二辺もそろそろその繋ぎ目を解こうかという段になった。
「いや、しかし。どうだろう」
二辺のうち、長い方の一辺が待ったをかけた。
「最初の一辺が旅立った時点で、俺たちはもう三角ではなくなっている。三角という存在をこの世から消し去るという目的は、すでに成就しているのではなかろうか」
「なるほど。言い得て妙だ」
残り一辺も同調した。
恋人との別れを、うまくいかない仕事と同等に脳内処理してしまうあたり、我ながらドライになったものだと思う。こういうのを大人になった、と評していいのだろうか。若い頃は愛だの恋だのに、もう少し高尚な思いを抱いていた気もする。
しかし思えば、抗えない環境に立ち向かう情熱や衝動を、単にそう名付けていただけなのかもしれない。それは当初眩しく尊いものに映ったかもしれないが、その実いかに無謀なものなのか、ようやく身にしみて理解できるようになっただけ。そう考えるのはいささか冷酷だろうか。
トキちゃんと私が同性であるということには、なんの負い目も感じなかった。
BLや百合なんてものは普段から触れている文化であるし、そこに純愛や性愛が成立することも承知していた。むしろ、男と女という固定観念に捉われている面々とは、一線を画した位置に自らがいる気がして、密かな優越感を抱いていた。
そう、優越感だ。
同性の恋人がいる、という事実は、市民権、とりわけ階級の高いそれを得たような心地にさせた。
そうか。
形がある方が、おかしいのだ。
もともとは自分も、彼女も、この海の一部だった。
自分たちだけでない。ありとあらゆるものが、もともとはこの海の一部で、それが不躾に切り離されてしまっていたのだ。
簑沢さんの顔は、歪んでいました。
他の面々が歯をむき出しにして笑っている中、彼女は固く唇を結び、少し眉間にしわを寄せていました。胸底から込み上げてくる可笑しさを、それが「表情」になる前に、必至で食い止めているように見えました。
僕はなんだか、ガラスの破片を丸呑みしたような気分になりました。
笑えばいいのに。
どうして笑わないのだろう。なにを我慢することがあるのだろう。
簑沢さんだって、笑っていい。当然のようにその権利があるんだから。
「それはさ、何もしない、をしたいの。それとも、何もしたくないの。どっち?」
ノリのいいトークを交わしつつも、角田美容師の目線はずっと私の髪を向いていた。意識がこちらに向いたのはほんの数回で、その他はこの髪型を作り上げることに心血を注いでくれているように見えた。
プロなんだな、と思う。
それも、自分の仕事に誇りを持っているタイプの。
自分を育ててくれている。そのことに深い感謝を覚えながらも、その恩に報いることができずにいる。
愛情に対し、返せる愛情を持てずにいる。
嫌い。
その感情を持つだけで、どれほどまでにハナちゃんが傷つき苦しんでいるか。
それを思うと、胸が押し潰されそうな気持ちになった。
ここでご馳走になってしまえば、先程ペダルを漕いだときに感じた高揚が嘘になってしまう。
自分のしたことが「仕事」でなく、ただのご褒美欲しさの「お手伝い」に成り下がってしまう。
そんな気がした。
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動画サイトで見かける『切り抜き』なるものを、自作の文章でやってみたものです。
タイトルから作品に飛べるよう、リンクを貼っておりますので、もし気になったものがございましたら、覗いてみていただければ幸いです。
