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人と話すことは好きなのに、少し疲れてしまう

ちゃんと楽しめたはずの帰り道なのに、
急に静かな時間がほしくなる日があります。 

友達との会話は楽しかったし、
嫌だったことなんて特になかった。

むしろ「今日会えてよかったな」と思っていたのに、
家に帰るころには少しだけ何も考えたくなっていたりします。 

スマホの通知もしばらく見なくていいかなと思ったり、
誰とも話さずにぼーっとしたくなったり。

そんなとき、「人といるのが苦手なのかな」と
思ってしまうことがあります。

周りは普通に過ごしているように見えると、
少しだけ自分のことが気になってしまうこともあります。 

でも、人と話すことが苦手ではない人でも、
少し疲れてしまうことがあるのかもしれません。 




話している間に、見えない力を使っていることがある

人と話している時間は、
思っているよりたくさんのことをしています

相手の表情を見たり。
話の流れを考えたり。

今は笑ったほうがいいかな、
聞いたほうがいいかなと、
自然に空気を感じ取っていたり。

それは「気を使いすぎている」ということではなくて、
ただ目の前の人を大切にしているだけかもしれません。

無意識のうちに、相手が話しやすいように耳を傾けたり、
安心できる空気を作ろうとしていたり。

やさしく周りを見ている人ほど、
あとから静かな疲れが残る
ことがあります。

話している最中は気づかなくても、
帰ってから「ふう」と力が抜けるような感じになることがあります。


疲れることと、嫌いなことは同じじゃない

少し疲れてしまうと、

「人と関わることは、自分には向いていないのかな」
と思うことがあります。 

でも、疲れることと向いていないことは、同じではありません

好きな場所へ出かけた日でも、歩き回れば疲れます。
好きな映画を見ても、たくさん泣いた日は少しぼんやりします。

心が動くことには、思っているより力を使うことがあります。
人と過ごす時間も、きっと同じなのだ
と思います。

楽しかったから疲れない、ではなくて、楽しかったからこそ、
ちゃんと心を動かしていたからかもしれません。


少し静かになる時間が、必要な人もいる

人と一緒にいる時間が好きな人もいれば、
ひとりの時間で元気を取り戻す人もいます。

たくさん会って元気になる人もいれば、
少し休むことで落ち着く人もいます。

どちらが正しいということではなくて、
ただ違うだけなのだと思います。

もし人と会ったあとに「少し静かにしたいな」と感じたとしても、
それは何かが足りないわけではありません。

ただ、自分の心が「少し戻る時間がほしい」と
言っているだけなのかもしれません。

人と過ごすことを楽しめる日もあるのに疲れてしまうのは、 
何かが足りないからではなくて、
ちゃんと心を動かしていたからかもしれません。  

もし家に帰って、「今日は少し静かにしたいな」と思ったら、
それは人と関わることに向いていないというサインではなくて、
自分に戻るための小さな休憩なのだと思います。 




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