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60代のリアル|第33話:【実録・退院後の選択肢】最善の選択と信じた後に押し寄せる、果てしない迷い。── 母の「おうちに帰りたい」に、私はどう答えるべきだったのか?


前回までのあらすじ

他区の施設も「3ヶ月待ち」という絶望に打ちのめされた翌日、母の面会に向かった私を待っていたのは、8階の病室への引っ越しでした。

そこには、2本あった点滴の管がすべて外れ、少しずつ回復へと向かう母の姿がありました。

差し入れのスイカを「いらん!」と拒みながらも嬉しそうに完食する母と、それを優しく見守る看護師さんの対応に、私の張り詰めていた心は温かく救われたのです。

そんな束の間の安堵から4日後、5月13日がやってきます。

私は次のステップへと進むため、再び病院の退院調整看護師との打ち合わせに臨むことになります。

しかし、その打ち合わせを終えていつものように母の病室へと向かった私を、ある予期せぬ光景が待ち受けていました。



退院調整看護師さんとの打ち合わせ

5月13日(水)

あの5月9日の穏やかなスイカの面会から4日後、私は再び現実のシビアな渦中に引き戻されていました。この日、私は病院の退院調整看護師さんとの打ち合わせに臨んでいたのです。

看護師さんから提示されたのは、淡々とした、けれど重い現状報告でした。

返事待ちの施設、断られた場所、実質的な行き止まり、そして新規に依頼したところ。

「面談をしたいと連絡があったところには、ご自身で連絡をして日程を決めてください」
そう言って口頭で伝えられる連絡先を、私は必死にノートに書き留めました。

一文字ずつメモを取る手元を見つめながら、ついに具体的な駒が動き出したのだという、逃げ場のない緊張感が背中を走ります。

私からは「場所が少し遠くても、介護医療院がいいと考えている」という覚悟を改めて伝えました。

少しでも情報を集めようと、介護医療院の「Ⅰ型」と「Ⅱ型」の違いや、従来型とユニット型の選択について質問してみましたが、「それは入所するところで確認してください」と戻ってきます。

さらに、7月末で満了する母の介護保険の更新について、病院にいる7月のうちに面談ができるか尋ねると、「申請時期を早めて、病院で面談できるようにした方がいい」とアドバイスを受けました。

常に「期限」に追われながら、先回りして動かなければならない焦燥感が募ります。

追い打ちをかけるように、お金にまつわる重い課題も突きつけられました。

我が家は住民税課税世帯であるため、施設での食費や部屋代の補助(負担限度額認定)の対象外になります。看護師さんからは、費用を抑えるための「世帯分離」という選択肢を提示されました。

住民税非課税世帯になれば、確かに費用は安くなります。

けれど、それを進めるためのハードルはあまりにも生々しいものでした。

  • 母が動けない今、私が委任状を持って役所へ行くことは、「費用を安くするためにわざとやっている悪質なケース」と判断されるリスクがあること。

  • 生活実態を証明するために公共料金の支払いを別々にすること。

  • 何より、補助の条件を満たすために、母の預貯金通帳のコピーをとる時点で、一時的に残高を500万円以下に調整しなければならないこと。

「母を長く支えるためには、費用を抑えなければならない。けれど、そこまでして手続きをするべきなのか……」

ずる賢く立ち回るような後ろめたさと、将来への不安。

頭がはち切れそうなほどの事務手続きと深い迷いを抱え、メモを強く握りしめるようにして、私は母の待つ8階の病室へと向かいました。



点滴が外れた母の病室では・・・

病室の入り口から中へ入ると、そこには点滴の管から解放され、前回の面会時よりも少しすっきりとした母の姿がありました。

この前のスイカのときは、「もしかしたら種を少し飲み込んじゃったかもしれない」と後から私が密かに心配していたのですが、そんな娘の心境を知ってか知らずか、今日の母はとても穏やかでした。

私が持参したキウイフルーツと、赤肉メロンをそっと差し出します。 今日は「いらん!」というお決まりの拒絶はありませんでした。

一人では食べられない母の口元へ、私がシリコンスプーンで一口ずつ運んであげると、母は実においしそうに、すべてを完食してくれたのです。

その嬉しそうな食べっぷりに、私は心の中で小さく安堵していました。

食べ終えた母の枕元で、私はつい先ほどまでの現実を頭に浮かべながら、語りかけるように言いました。

「今、退院調整看護師さんと、退院した後のお母さんの受入先の相談をしてきたよ!」

けれど、母は耳が遠いため、私の言葉の意味があまり分かっていないようでした。どこか遠くを見るような目をしています。

やはり、どこまでこちらの話が伝わっているのか分からないな。そう思った、次の瞬間でした。

「おうちに帰りたい……」

母が、蚊の鳴くような小さな声で、ぽつりと言い出したのです。

昼食のメニューは分からなくても、自分の置かれた状況が完全には理解できなくても、母の心の奥底にある一番の願いだけは、驚くほど鮮明に、その唇からこぼれ落ちてきました。

胸がキリリと痛むのを堪えながら、私は努めて明るい声を意識して返しました。

「動けるようになったらねっ」 それは、今の私にできる精一杯の、そして他に返し用のない、苦しい言葉でした。

すると母は、私の言葉を拒絶するように、先ほどよりも一回り大きな声を張り上げました。 「おうちに帰りたい!」 子供のように声を震わせ、母はそのまま激しく泣き出してしまったのです。

私は、泣きじゃくる母のベッドの傍らで、かける言葉もなく、ただただその涙を受け止めるしかありませんでした。

暫くしてから「土曜日にまた来るね」と言って私が手を振ると、母は泣きながら小さく手を振り返してくれました。


――その帰り道、静かに走る地下鉄の車内で、一人になった途端に涙が溢れそうになりました。

頭の中を巡るのは、果てしない後悔と迷い。

母の退院後の受入先は、本当にこれで良かったのだろうか?
私のこの選択は、間違っていなかったのだろうか?
本当は、どんなに無理をしてでも、家に連れて帰る選択肢もあったのではないか?

施設探しのシビアな数字や手続きに追われ、世帯分離の割り切れない迷いで頭をパンクさせていた私の心に、母の生々しい涙と叫びが、容赦なく突き刺さります。

私は地下鉄の揺れの中で、答えのない問いを何度も何度も自分に投げかけ、激しく悩み続けていました。



地下鉄の階段を上がると、昼間の明るさは消え失せ、今にも泣き出しそうな曇り空が広がっていました。

やがて激しい雷鳴が轟くなか、祈るような気持ちである場所へと向かった私。

この日の夕方、物語はさらに緊迫した局面へと動き出します。

つづく


第34回はこちらです。↓


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