60代のリアル|第44話:【実録・介護の崖っぷち】遠方の施設への覚悟、ストリートビューに映るのどかな景色。私の心に広がる焦燥感とは?
前回までのあらすじ
心身ともに限界を迎えていた私は、病床の母の耳元で「仕事を辞めてもいい?」と問いかけました。
すると、うつらうつらとしていた母が私の目をまっすぐ見据え、「殺すの?」と衝撃的な一言を放ったのです。
収入がゼロになる危機感を察知した言葉だと悟りつつも、私は冗談交じりにおどけて返すしかありませんでした。
「仕事を辞めて逃げ出したい」という後ろ向きな本音を見透かされたようで、情けなさと罪悪感が押し寄せます。
もし本当に仕事を手放したら、母と私はどうなってしまうのか――頼るあてのない未来への猛烈な不安が胸に突き刺さりました。
あの衝撃的な土曜日から、時間を少しだけ金曜日の夜へと巻き戻します。
5月22日(金)、夜
金曜日の夜。一週間の激務を終えて自宅に帰ってきた私の心は、まだあの「仕事を辞めたい」という切実な本音と、両手首の鈍い痛みで支配されていました。
しかし、息をつく暇はありません。月曜日には、二つ目の介護医療院での面談が控えていたからです。
今回ばかりは、一つ目の施設のように事前に現地を下見に出かける余裕はありませんでした。その施設は私の家からかなり遠く、交通費だけでも片道1,300円かかります。
介護にかかるこれからの費用を考えれば、10円単位のお金さえ惜しい今の私にとって、下見のための往復2,600円はあまりにも大きな出費でした。
「せめて、画面のなかで徹底的に調べておこう」
私は重い体を引きずるようにしてパソコンに向かい、Googleマップを開きました。
地図の確認
まずはルートの検索です。
最寄り駅のバスターミナルを画面に映し出し、何番のバスに乗ればいいのかを入念に確認します。迷う時間すらもったいないため、印刷した地図のバスターミナルへ、大きく乗り場の番号をペンで印をつけました。
さらに、バスを降りてからのルートも地図に印刷し、ストリートビューに切り替えます。
画面の隅に表示された撮影年を見ると「2025年」とありました。比較的新しい画像データなので、現地の様子もそれほど変わっていないはずです。
私はマップの3D機能も立ち上げました。
一番確認したかったのは、バス停から施設までの道に「坂道があるかどうか」です。
毎回の面会でそこへ通うことになるかもしれない未来を想像すると、道中の傾斜や歩きやすさは、私自身の体力にとっても死活問題でした。
画面を傾け、ぐるりとルートを見渡します。幸いなことに、バスを降りてからは平坦な道が続いているようで、ホッと胸をなでおろしました。
ストリートビューの画面を先に進めていくと、介護医療院の周りには、どこかのどかな風景が広がっていました。
緑が豊かで、高い建物が全くないその景色は、私が普段暮らしている騒々しい街とはまるで違っているように見えました。そこだけ時間の流れがゆっくりと、穏やかに過ぎていくような……不思議な錯覚を覚えます。
(お母さんは、この静かな場所で過ごすことになるのかな……)
そんな淡い想像をかき消すように、私は首を振って現実に戻りました。
提出書類の準備
デスクの上に、提出用の資料一式を揃えていきます。
そして今回は、万が一の手続きに備えて、母のマイナンバーカードなどの重要書類も忘れずにケースへと収めました。
▼介護医療院への提出書類
・介護保険証のコピー
・介護保険負担割合証のコピー
・後期高齢者医療資格確認書のコピー
・障害者手帳のコピー
・母の既往歴をまとめたメモ
・かかりつけ医の情報
・使用してはいけないお薬のリスト
・ケアマネジャーさんの連絡先
・食物アレルギーの有無
・おくすり手帳のコピー
▼受診している科
・内科 :高血圧
・消化器内科 :逆流性食道炎、大腸憩室症
・代謝内科 :甲状腺異常
・整形外科、麻酔科:変形性膝関節症、腰部脊柱管狭窄症、
肩の痛み、骨粗鬆症
・泌尿器科 :尿の菌を検査
・精神科 :せん妄のような症状
・婦人科 :子宮脱
・眼科 :白内障、緑内障
・歯科 :歯の汚れ除去
・皮膚科 :変形した爪を切ってもらう為
・耳鼻咽喉科 :耳の痛み
画面のなかののどかな景色とは対照的に、私の心には、明日の面会、そして月曜日の面談当日への緊張がじわじわと満ち始めていました。
あのベッドサイドでの母との緊迫したやり取りの裏側で、私はこのような準備を重ね、いよいよ運命の月曜日を迎えることになるのです。
つづく
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