60代のリアル|第37話:【実録・パート事務の現実】両手が悲鳴を上げた2時間残業。ミスが許されない大量封入作業の代償
前回までのあらすじ
初めて行く介護医療院への大切な面談を数日後に控え、極度の方向音痴である私は、当日パニックにならないよう事前に現地の下見へ行くことを決意しました。
前日にパソコンのストリートビューで確認するも、4年前の古い画像はあてにならず、実際に自分の足で歩いてみることに。
5月17日の日曜日、実際に歩いたルートは想像以上の坂道で、景色の移り変わりにも驚かされましたが、日曜日にもかかわらず敷地内を掃除する職員の方の姿を見て、施設への確かな信頼感を得ることができました。
帰り道にプリンを衝動買いして自分を労い、ルートの不安もしっかり解消して、あとは本番を迎えるだけ。
そう安心したのも束の間、私の体には、日々の無理が積み重なった「もう一つの限界」が音を立てて迫っていたのです。
5月19日(火)
5月13日にお休みをいただいたツケは、想像以上に重くのしかかっていました。
引き継ぎボックスにドッサリと溜まった書類を片付けようと必死に手を動かしますが、次から次へと新しい業務が押し寄せます。このままのペースでは、仕事に追いつかないまま、さらに慌ただしい月末に突入してしまうのは目に見えていました。
「課長、今日、2時間の残業をお願いできますでしょうか?」
意を決して申し出たものの、すぐに許可が下りるわけではありませんでした。
「何の仕事がどれだけ残っているのか」
「なぜ残業が必要なのか」
理由を細かく聞かれ、一つひとつ説明しなければなりませんでした。
ただでさえ時間が惜しい状況のなか、やっとの思いで残業申請が通り、私は溜まりに溜まったデスクワークに向かいました。
過去の大量封筒ハンコ押しで腱鞘炎に
しかし、焦れば焦るほど、思うように作業は進みません。それどころか、時間が経つにつれて、私の両手に恐ろしい異変が起き始めていたのです。
両手の親指の付け根から手首にかけて、激しい痛みが走り出しました。
実は、私の手には以前からの「前科」がありました。大量の封筒にひたすらハンコを押し続ける作業をしていた際、ひどい腱鞘炎になってしまったのです。
そのとき、「この作業を印刷屋さんにお願いすることはできないでしょうか?」と課長に相談したことがありました。
しかし、返ってきたのは非情な言葉でした。
「あと2年後には、紙での発送業務自体がなくなるから。それまでは手作業で続けてね」
(その頃には、私はもう定年で辞めています……!)
喉元まで出かかったその言葉を、私はグッと飲み込むしかありませんでした。
他の人がファイリング作業で「手が痛い」と訴えたときは、すぐに別の担当者に代わってもらえたと聞いています。それなのに、なぜ私のハンコ押しはダメなのか?理不尽な思いが胸に渦巻いたのを覚えています。
今回は発送物作成と封入作業で腱鞘炎が悪化
そして今回の残業のメインは、大量の発送物の作成と封入作業でした。 発送物を作成するプロセスには、あの「公印を押す作業」が含まれています。前日に朱肉のインクを足しておいたので、ハンコ自体は軽く押せるはずでした。しかし、とにかく量が多すぎるのです。何度も何度も繰り返すその動作が、かつての腱鞘炎を急激に悪化させていきました。
さらに、紙折り機で折られた書類を封筒に詰める作業が、私の手に容赦なく追い打ちをかけます。 ただ封筒に入れればいい、という単純なものではありませんでした。窓付き封筒に入れるもの、宛名シールで対応するもの、一つの封筒に複数枚の書類を組み合わせるもの――。客先によって仕様が全く異なるため、その都度、送付先一覧の紙と手元を何度も確認しながら封入しなければならないのです。
個人情報や企業の機密に関わる発送物です。入れ間違いなどのミスは、絶対に許されません。
「間違えてはいけない」という極限のプレッシャーのなか、複雑な手作業を膨大な量、一人でひたすらこなし続けました。気がつけば、私の両手は見るも無残な状態になっていました。
特に左手の手首は、親指の付け根あたりがぷっくりと腫れ上がり、まるで「こぶ」のようなものができています。一方の右手は、腫れこそないものの、手首の皮膚がどんよりと紫がかって変色していました。
痛い、なんてものじゃありません。私の両手は、完全に限界を超えて悲念を上げていました。
残業終了時間
激痛が走る両手をかばいながら、ミスが許されない書類を必死に封入し続け、時計の針がちょうど2時間を指したときでした。
「もう時間だけれど、大丈夫?」
課長から声をかけられました。
これ以上はもう、肉体的にも精神的にも限界でした。
私は
「はい、大丈夫です」
と答え、
残業時間内に封入ができた分の発送物を抱えて席を立ちました。
そのまま1階に降り、建物の外壁にひっそりと埋め込まれている、普通の人なら見落としてしまいそうなポストへ書類を投函し、ようやく家路につくことにしたのです。
地下鉄を降り、家に向かって歩きながら、私はボロボロになった両手を見つめて考えていました。
(家に帰ってお風呂から出たら、とにかくボルタレンゲルを塗ろう……)
強力な鎮痛消炎剤であるボルタレンゲルは、今の私の強い味方です。
ただ、一つだけ大きな問題がありました。それは、とにかく薬の匂いが「凄〜い」ということです。
普段なら、同居している母に「何の匂い?」と心配をかけたり、気を使ったりしてしまうところです。でも、今の母は病院に入院中で、家にはいません。
(……あ、そっか。今、母は家にいないんだ。私だけだし……。臭いけど、誰に遠慮することもないんだよね……)
静まり返った我が家に帰り、お風呂上がりにツンと鼻を突くゲルを両手に塗り込みながら、私はふと、母のいない部屋の広さを実感していました。
臭いけれど、誰の迷惑にもならない自由。
それは同時に、母が今ここにいないという寂しさと、これから迎える大切な面談へのプレッシャーを、改めて一人で背負う夜の始まりでもありました。
つづく
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