60代のリアル|第28話:【実録・退院後の選択肢を保留】仕事のピークの裏で、退院調整看護師から届いた、母の未来を決める「4つの選択肢」。──私はどれを選べばよかったのか?
前回までのあらすじ
会社が用意してくれない二名体制なら、AI(Copilotさん)を相棒に自分で仕組みを作ってやる。
そう腹をくくって連休中にVBAツールを完成させた私は、連休明けの5月7日、新人さんにその「武器」を共有します。
新人さんの自主性とツールの力によって、ついに孤独な戦いから解放され、私の世界に新しい風が吹き込み始めたのでした。
時計の針を、少しだけ巻き戻します。
あの怒涛の月末業務と格闘していた5月1日(金)
夕暮れ時の会社内で、山積みの書類と入金消込、急ぎの請求書の処理に追われていた頃、私のスマートフォン一通のメールが届いていました。
差出人は、お母さんが入院している病院の、退院調整看護師の方からでした。
容態が落ち着いてきたことはありがたい反面、それは同時に「病院を出たあとの生活」をどうするか、という現実的な決断の時が迫っていることを意味していました。
メールには、母の今後の生活について、具体的な4つの選択肢が並んでいました。
平日のデイサービスを増やし、お一人で過ごす時間を減らす。
(ケアマネジャーさんと相談)。「看護小規模多機能型居宅介護(看多機)」で、通い・泊り・訪問のサービスを一カ所にまとめる。
(自宅を中心としたサービス。ケアマネジャーさんと相談)。介護老人保健施設(老健・入所期間あり)へ受け入れ可能か問い合わせる。
(認知症の受け入れが可能な、近隣の施設を探す)。特養(特別養護老人ホーム)の申し込みをまず行う。
(引き続きケアマネジャーさんと相談し申請方法を確認。
※尿カテーテルがあると難しいとの情報あり)。
メールの最後は、こう結ばれていました。
『3.老健の内容については、こちら(病院側)で受け入れ可能か問い合わせても良いでしょうか。お返事いただけると助かります』
画面を見つめたまま、私はそっとため息をつきました。
「……すぐには、お返事できない」
もちろん、目の前の月末業務が忙しすぎて物理的に時間がなかったこともあります。
けれどそれ以上に、突きつけられた選択肢の重みに、心が立ちすくんでしまったのです。
たとえば、ケアマネジャーさんと相談することになる「2.の「看護小規模多機能型居宅介護」」と言われても、それが具体的にどういう仕組みで、母の今の状態に本当に合うものなのか、すぐにはイメージが湧きません。
さらに、病院の看護師さんが問い合わせてくれるという「3.の老健(介護老人保健施設)」を選んだ場合、そこはあくまで「在宅復帰」を目指す場所であるため、原則として3ヶ月しかいられないという厳しいルールがあります。
3ヶ月経ったら退所となり、また次の施設を探さなければならない。
入院している今は病院のスタッフの方々が手伝ってくれていますが、退院してしまえば、またあの孤独な介護の日々が戻ってきます。
その状況で、仕事を続けながら次の場所を一人で探し続けるなんて、どう考えても限界がある──。
次から次へと溢れ出す不安に、頭がパンクしそうでした。
5月1日の夕方
当時の私は、連休前の入金消込の作業が延々と続き、さらに急ぎの請求書発送の締め切りにも追われていました。
正直に言えば、メーリングリストのエラーメールが大量に届いていようが、それを気にする余裕なんて1ミリも残っていませんでした。
目の前にある「会社のリアルな数字と締め切り」を、とにかく今日中に、正確に処理しなければならない。
仕事のピークの真っ只中で、「母の人生の選択」まで同時に処理することなんて、今の頭では絶対に不可能だと思いました。
二重のプレッシャーのなかで、私は静かに携帯を閉じました。
「今は、焦って答えを出してはいけない。この連休中にじっくり調べて、落ち着いて考えよう。だから、この返事は一旦、保留にさせてもらおう」
連休の谷間だというのに、会社の中は4月末締めの真っ最中で、電話や来客対応に追われる正社員の皆さんはバタバタと大忙しの状態でした。
そんな、かなり騒がしく落ち着かない空気のなかで、私はもう一度、自分のパソコンの画面へと視線を戻しました。
周りの喧騒を頭の中からシャットアウトするように、今はとにかく、目の前にある会社の数字を止めるわけにはいかない、まずはこの仕事に集中しよう。
そう自分に強く言い聞かせながら、私は再び、確実な手つきでキーボードを叩き始めました。
つづく
第29回はこちらです。↓
最初から読みたい方はこちらからどうぞ
