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60代のリアル|第56話:【実録・介護の崖っぷち】「おいしい」を忘れた母の口から溢れた、「さくらんぼだぁ~!」の母の顔が輝いた奇跡の瞬間


前回までのあらすじ

母親が夜間に「尿路感染症」で緊急入院し、バルンカテーテルが入った状態で自立歩行が困難になってしまいました。退院期限が迫る中、地元(区内)には受け入れ可能な施設が一つもないという厳しい現実に直面します。

必死の施設探しを続ける裏側で、私は自宅にあった車椅子とベッドの手すりをレンタル業者さんへ返却する決断をしました。

「おうちに帰りたい」
という母の言葉に葛藤しながらも、一人での在宅介護は無理だと言い聞かせ、受話器を握ったのです。

業者の手によって、ほんの数分であっけなく運び出されていった介護用品。車椅子が消えて広くなった玄関には、両親の「モノを大切にする」という教えのもと、私が丁寧にビニールに入れて飾っていた母のデイサービスの作品たちだけがくっきりと残されていました。

いつまでも立ち止まってはいられません。

この日は、車椅子が消えた我が家をあとに、母の待つ病院へと向かう予定がありました。そこで母との「ある約束」を果たすために──。



6月6日(土) 午前

向かったのは、ちょうどその日に新装開店を迎えた近所のスーパーでした。

店内に入ってみると、そこはまるでバーゲン会場のような熱気に包まれていました。

通路は人で埋め尽くされ、まともに身動きをとることすらできません。特売品を求める熱気の中で、果物売り場にも人だかりができていました。お客さんたちは目の前にある品をじっくり選ぶ余裕もない様子で、次から次へとかごへと放り込んでいきます。

押し流されそうになりながら、私は目の前にあったパックに必死で手を伸ばしました。 山形県産の、立派な「佐藤錦」です。

「よし、これを母に届けよう」

無事にさくらんぼをかごに入れ、お会計の長い列に並びながら、私は少しだけホッとしていました。もみくちゃになりながら手に入れた真っ赤なさくらんぼを大切に抱え、私は母の待つ病院へと向かいました。



福祉用具のレンタル業者さんに車椅子とベッドの手すりの返却後

病院に到着し、母の病室へと入りました。

いつもなら寝ていることも多い母ですが、この日は珍しく、パッチリと目を開けて起きていました。そのベッドの横には、病院の車椅子がぽつんと置かれています。

我が家でレンタルしていた車椅子は、母が自分でこがないため車輪が小さく、その代わりに長時間の着座でも腰に負担がかからないよう、厚めのクッションがついた少し重みのある仕様のものでした。

それに比べて、病院の車椅子は車輪が大きく、座面はクッションのない布一枚のような簡易的なものです。これではずっと座っているのはお尻が痛くて辛いだろうな……と、そんなところにも今の母の切ない環境を感じてしまいます。

病院への食べ物の差し入れは、基本的にいつも看護師さんには内緒です。

きっと薄々気づいてはいるのだと思いますが、そこは阿吽の呼吸。見つからないように、手早く準備をします。

「お母さん、さくらんぼ持ってきたよ!」

そう声をかけて、パックから出した真っ赤な佐藤錦を母の目の前にかざしてみました。

しかし、母の視線はどこか別のところを泳いでいて、どこか遠くを見ているようです。さくらんぼを見せても、それが何なのか、よく分かっていないような表情をしていました。

でも、そっと一粒、母の口元へ運んでみました。

口に入れた瞬間、母の動きが止まります。 「うっ……」

それから、もぐもぐと口を動かした次の瞬間、母の顔がパッと輝きました。

「さくらんぼだぁ~!」

嬉しさのあまり大きな声を出した母に、私は慌てて人差し指を口元に当てました。

「しーっ、内緒、内緒」
小さな声でそう嗜めながらも、私の心はホッと安堵の気持ちで満たされていました。

味が分かってくれた、喜んでくれた。新装開店のスーパーで、もみくちゃになりながら買ってきた苦労なんて、その笑顔一つで一瞬にして吹き飛んでしまいます。

以前の母なら
「おいしいね!幸せだね!」
と言ってくれたはずでした。

けれど、病院に入ってからすっかり元気がなくなり、認知症も進んでいるようです。

毎日の「とろみ食」のせいもあるのでしょうか、まるで「おいしい」という言葉そのものを忘れてしまったかのように、母はその言葉を全く口にしなくなっていました。

だから、私もあえて「美味しかった?」とは聞きませんでした。

ただ、母は言葉にこそ出さないものの、嬉しそうに次々と口を動かしてくれました。 種を上手にティッシュに出してもらいながら、結局、母は用意したさくらんぼを10個も平らげたのです。

食べ終えた母は、満足そうな顔をして、こう言いました。

「さくらんぼ、3つ食べた!」

母の中では、たくさん食べてもまだ「3つ」くらいのみずみずしい感覚だったのかもしれません。

あるいは、前に自分で言った「3つ食べたい」という言葉が、母の記憶の中にずっと大切な約束として残っていたからでしょうか?もっともっと、食べたかったのかもしれません。

バルンカテーテルが入った窮屈な入院生活の中で、母と過ごした、ほんのひとときの秘密の時間。 以前とは変わってしまった母の姿に切なさを覚えながらも、私は母のあの輝いた笑顔に、確かに救われていたのでした。

つづく


第57回はこちらです。↓


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