60代のリアル|第39話:【実録・介護の選択肢】高度な医療行為は行えない。実際の入院のときまで、重い葛藤を胸に秘めて持ち帰った宿題。
前回までのあらすじ
一つ目の介護医療院との面談を控えた、静かな緊張感の漂う朝。日常の用事を淡々と済ませながら、私は母のこれまでの人生が凝縮された膨大な書類の束を前に、覚悟を新たにしていました。
そして12時50分、初めて行く場所の地図を手に、私は静かに家のドアを閉めました。
5月21日 13:30
一つ目の介護医療院の最寄り駅に到着しました。
実は、5月17日の日曜日、迷うことがないようにと事前に場所の確認(下見)に来ていたのです。
あの下見の日は曇り空であまり暑くなかったのですが、今日は雲ひとつないようなお天気の良さでした。
照りつける太陽がとても暑く、しかもこの辺りは坂道が非常に多いのです。
一歩一歩、坂を上っていくうちに、目的地に着く頃にはすっかりヘトヘトになってしまいました。
5月21日 13:55
ようやく一つ目の介護医療院に到着しました。 少し荒れた息を整えながら、受付の方に今日面談に来た旨を伝え、あらかじめ伺っていた担当者の方のお名前を告げます。
すると、受付の方から思いがけない言葉が返ってきました。
「マイナンバーカードをお願いします」
一瞬、頭の中が真っ白になりました。 持ってくるように言われていないはず……と思いながら、私は慌てて記憶をたどります。
「あの、持参するように言われていませんでした。マイナンバーカードは今ないのですが、後期高齢者医療資格確認書のコピーならあります……」
そうお伝えして、用意してきた書類の束から確認書を差し出しました。 受付の方はその書類で丁寧に確認をしてくださり、無事に担当者の方を呼んでくださいました。
ただ、その確認に少し手間取ってしまったこともあり、時計の針を見たときには、既に約束の時刻である14:00を過ぎてしまっていました。
緊張と暑さ、そして予想外の出来事に、面談が始まる前から私の心はすっかり翻弄されているようでした。
面談開始
14:00を少し過ぎた頃、私は4階にある小さな会議室のような部屋に通されました。
そこから、担当者の方による施設の説明が始まりました。入院時に準備するものや、面会時間についての決まりごとなど、一通りの説明を淡々と受けます。
しかし、その後に続いた言葉は、私の心を大きく揺さぶるものでした。
「ここではお看取りまで行えます。ただ、高度な医療行為は行えません」
さらに、担当者の方は静かに続けました。
「たとえば、ご入院中に癌などの病気になられたとしても、他の病院に転院することはありません。また、延命措置も行いません」
それは、ここが医療の場であると同時に、人生の最終章を迎える場所なのだという、厳しい現実の宣告のようでした。追い打ちをかけるように、最も重い問いかけをされます。
「もし、お食事ができなくなった場合、ご家族でどうしたいのかを考えておいてください」
提示された選択肢は、どれも目を背けたくなるような具体的なものでした。
・鼻から栄養を入れる方法
(ただし、認知症の方は嫌がって自分で外してしまう可能性があること)
・胃ろう
(お腹に小さな穴を開けてチューブを通し、そこから直接栄養を入れる
方法)
・足からの点滴で栄養を入れる方法
担当者の方のお話を伺いながら、私の頭の中は激しく混乱していました。
そんなこと、今の私には決められない。それが率直な思いでした。
これからの母の命に直結するような決断を、どうやって選べばいいというのでしょうか。そして何より、この話を母にどのように説明すればいいのか、全く分かりませんでした。
もし母に話したとしても、きっと母は「どれも嫌だ!」と言うに違いありません。
あまりの重さに言葉を失ってしまった私は、結局、この場ですぐに答えることはできず、実際の入院のときまでこの重い宿題を持ち帰ることにしました。
面談が始まる前の暑さや焦りなんて、一瞬で吹き飛んでしまうほどの重苦しい空気。しかし、手続きの歯車は止まってはくれません。
この重い動揺を胸に秘めたまま、私は案内されるままに、次の一歩を踏み出すことになります。
――この先に待っていた光景と、私が下した次なる行動とは。
つづく
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