60代のリアル|第66話:【実録・介護の崖っぷち】「当院の事情もあるため再考を」丁寧な文章で届いた冷酷なプレッシャーと、職場の「有休を消化しろ」と言うくせに休めない現実
前回までのあらすじ
1つ目の介護医療院から「受け入れ可能」との連絡が入ったものの、提示された日程は、パート事務職の私にとってどうしても休めない月末月初の繁忙期でした。
病院側の利益優先とも思える急なペースに憤りと困惑を覚えながらも、
私は職場の課長に大ごとにされるのを避けるため、必死の妥協案として
「7月7日〜9日のいずれかでお願いします」と返信しました。
すべてを一人で抱え込む限界を感じながら、祈るような気持ちで返したメール。しかし翌日、私の元に届いたのは、想像を絶する冷酷な返信だったのです──。
6月16日(火)
必死の思いで「7月7日〜9日への変更」をお願いするメールを送った翌日、退院調整看護師さんから返信が届きました。画面を開いた私は、そこに並ぶ丁寧ながらも冷徹な文字の圧力に、息が詰まるような思いがしました。
メールには、こう書かれていたのです。
▼退院調整看護師さんからのメール
しずる様
いつも大変お世話になっております。
早々の返信をありがとうございます。
1つ目の介護医療院へお伝えしましたが、当院の事情もあるため
再考いただけないかと思い、メール致しました。
転院の案内が来る時は先方の病院のベッドが空いた時になります。
そこでお断りをすると次の方に声がかかるため、ご本人の順番が
来るまで待機が必要になります。
予定をあるかと思いますが、今一度予定をすり合わせていただけない
でしょうか。
無理なお願いとは存じますが、先日しずる様へ今月中に1つ目の
介護医療院から声がかかりますとお伝えしている事もあり、
来週の予定の再検討を宜しくお願い致します。
なお、介護タクシーについては当院で手配致しますので、ご安心
下さいませ。
暗にこちらの都合の悪さを責め立てるようなプレッシャーが掛けられていました。
(今すぐ病院の言う通りに動かなければ、母の行き場がなくなってしまう……)
そんな恐怖が頭をよぎりました。けれど、月末月初の代わりのきかない仕事を放り出すことなど、現実的に不可能なのです。万策尽きた私は、震える手で、苦渋の決断を返信しました。
▼こちらからの返信
退院調整看護師様
いつもお世話になっております。
ご連絡ありがとうございます。
どうしても都合がつかないので、
今回はお断りさせていただき、待機状態でも仕方ないと思っております。
本当に申し訳ありません。
母の転院が遅れるリスクを背負ってでも、断るしかない。謝る必要のないはずの私が「本当に申し訳ありません」と文字を打っている時、胸が張り裂けそうでした。
しかし、攻防はこれで終わりませんでした。看護師さんから返ってきた次のメールは、さらに私の心を追い詰めるものでした。
▼退院調整看護師さんからのメール
しずる様
お世話になっております。
調整が難しいと先方へお伝えいたしましたところ、
できるだけ合わせたいと思うが、ご家族の希望通りに案内ができるか
わからないと言われました。
通常は先方から転院日を「この日何時で」と指定されるので、
ご家族の方も大変だと思います。
転院の案内は直近にわかるためご家族の調整は難しいと思いますが、
次に1つ目の介護医療院から案内が来た時は受けられる様に
準備をお願いしたいと存じます。
こちらも主治医へ情報を共有したいと思います。
当院は急性期病院のため、お母様のような方が緊急入院で受けられるように
ベッドを空けなくてはならず、
当部門の役目とはいえ、無理な事を申してしまい心苦しい限りです。
何卒ご理解の程、宜しくお願い致します。
「主治医への共有」という言葉の重み、そして「急性期病院だからベッドを空けろ」という強い最後通牒。
頭では分かっていました。
病院の入り口にはよく救急車が止まっていて、一刻を争う患者さんが次々に運ばれてくる。回転率を上げなければ病院の経営が成り立たないことも、看護師さんがその役割を全うしようとしていることも分かります。
でも、私の職場もまた、どうしても融通の利かない現実を抱えていたのです。
普段は「有休を消化しなさい」などと正論を言ってくるくせに、いざという時には休めない職場のシステム。
病院と仕事の冷酷な板挟みの中で、私は完全に擦り切れ、孤独の限界に達していました。
(ああ、もう全部辞めてしまいたい──)
そんな悲鳴をあげる心を必死に抑え込み、私は社会人として、大人の対応としての「最後の防衛線」をメールに込めて返信したのです──。
つづく
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