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地球の本当の形/球体でもフラットでもないかもしれない、という与太話

ただの宇宙人、梅太郎です。

今回は、何年か胸の内に秘めていたことを、お伝えしてみようと思います。

私たちは、「地球は丸い」と教わってきました。

「地球は球体で、自転をしながら、同時に太陽のまわりを公転している」。
そういう惑星なのだと習ってきました。

でも、どうなんでしょうか。

「地球が丸い」「自転している」「公転している」というのは、ある面では間違いではないと思います。

ただ、「真実ではない」という感じもプンプンします。

「宇宙」や「量子」をテーマにした物理学分野で特に感じるのですが、「肝心のことは隠して、周りをつじつま合わせの理論(計算)で無理くり埋めている」。

言うなれば、「大事なことをはぐらかしている」……。
そんな感覚が、とてもします。

素粒子の「標準理論」とか、ぜんぜんしっくりこないんですよね。
煙に巻かれているような気がします。

じゃあ、はぐらかしている大事なことって何か。
というと、「地球の持つ本来のエネルギー」のことじゃないでしょうか。

私たちも、地球も、結局は単にエネルギーである。

そういう本質的な物の見方をさせないために、とってつけられたような理論を生み出し、「これが公式見解」としているのでは。

そんな感覚があるのです。

では、地球って何か?
どんなエネルギーか?

というと、私の思う(感じる)地球とは、「完全に回ったときに球(円)になる」。
そんなエネルギーの世界です。

文字で伝えるのがなかなか難しいのですが……、このままいってみましょう。

地球の本来のエネルギーの形は、私の感覚では「◇(ひし形)」です。

火、水、土、風、そして「空」(真ん中=宇宙)。

そんなエネルギーの性質を宿した世界が地球本来の形。

しかし、これまでの地球は、このような「◇」ではありませんでした。

その上半分だけ。

つまり、「△です。」


山にたとえるとよくわかりやすいのですが、私たちが肉眼で見る山は、「△」ですね。

でも、それは山の本当の姿ではありません。

山の下には、もう下半分の「▽」のエネルギーが眠っています。

それは、三次元的に言うならば、「地下」や「水脈」、「マグマ」など、目に見えない世界に近い、エネルギー性の高い世界です。

本来、山とは「見えている△」と「見えていない▽」合わせて「◇」の形をしているエネルギー体なのです。

これは、人間も同じです。
あらゆるものには、見える「表(△)」と、見えない「裏(▽)」があり、「◇」として見て、「表裏一体」となります。

それは、「意識」と、「潜在意識」。
「陽」と「陰」。
「建前」と「本音」。
あるいは、「肉体」と「魂」。

そんな私たちの住むのが地球ですから、地球のエネルギーも同じ性質を持っているはずなのです。

目に見える世界(△)と、目に見えないエネルギーの世界(▽)が、表裏一体。作用して、流れて、うまく循環していく。

エネルギーは「◇」となり、ぐるぐると回りだします。
すると、「◇」は「○」の形となっていく。

陰と陽が合わさり、初めて、「球」になる。
地球は、本当の意味で「地球」と呼べる世界になる。

地球とは、そんなエネルギーなのだと、何年か前に教わりました。
(そんな感覚が突然、芽生えました)

だから、「円」と「自転」は、このエネルギーの関係から生まれた概念であり、そこに「目に見える世界」(=三次元=物理空間)で通用する計算式を当てはめたものではないか。

そんなふうに、感じるんですよね。
大胆なウソには、人は気づかない、みたいなやつです。

これまでの地球は、「目に見える世界」を重視してきました。
そういうふうに教育されてきましたよね。

すなわち、「山の上側(△)」だけを見て「どうだ、山は美しいだろう」と言われてきたのです。

その裏にある、見えないエネルギーの強さ、自然の持つ陰の部分(▽)、陰陽含めた本質的な美しさには意識を向けないようにしてきました。

だから、これまでの地球は半分だけ。
△の世界だったのです。

ゆえに、本当は地球は回ってなどいなかった。
回らないようにされてきた(エネルギー的に)、というのが私の解釈です。

「公転」の概念も、「エネルギーの強いものに合わせて回る」という、ちょっと真実なんだけど、ちょっとウソ、というはぐらかすようなエネルギーを感じます。


少し、違う角度の話をしましょう。・

六芒星ってありますよね。
これです。↓

六芒星は、実はユダヤ教の象徴です。
イスラエルの国旗にも描かれていますね。

そして同時に、「呪術の象徴」でもあります。
陰陽道の中で使われ、現代でも「魔除け」として、実は神社などでも目にすることのある図形です。

これって、偶然……? ではありません。

六芒星は、分解すると、2つの三角形からできています。

つまり、「△」と「▽」。

これを、重ねることなく並べると「◇」になりますが、重ねて並べると、「六芒星」になるのです。

六芒星は、地球本来のエネルギーをゆがめた印。
なんだろうなと、見ています。

なんか、すごく「嫌な感じ」がしませんか?

六芒星の本当の意味は、魔除けとは逆で、「魔寄せ」。
世界のある形をゆがめた、支配の形です。

シンプルであった世界のエネルギーである「◇」を分解し、ずらして重ねることで、ゆがみと複雑さを持つ、呪術的な意味を持たせた図形なのです。

エネルギー的に見ると、「◇」(自然/陽/正)に対して生まれた、「人工的/陰/負」のエネルギーの象徴、のようにも感じられます。



フラットアースも△っぽい話

ちなみに、「フラットアース」という概念があるのですが、ご存じでしょうか?

例によって、「アタオカ(頭がおかしい)」話として、まことしかやかに伝えられている地球の姿の1つです。

フラットアースとは、「地球は平面である」という理論です。

つまり、球体でないので、「日本の裏側がブラジルである」という話はウソで、船や飛行機でグルーッと地球1周することも不可能だという理論です。

「天はドーム状になっており、教科書で習ってきたような宇宙空間は存在しない」という話もありますね。

論拠の1つとして、「古代の世界各地の伝承では、地球の形をそのように伝えていた」。

これが、(非情にざっくりですが)フラットアースの理論です。

この話も、間違いではないと思います。

でもこの理論も、結局、「上半分(△)」しか見ていませんよね。
もしかすると、「地球球体説」と戦わせるために出てきた理論かもしれません。

検索してびっくりしましたが、Wikipedia(日本語版)の記事から外されてしまっているみたいです。

何にしても、都合がよくないことなのかもしれませんね。
おもしろいなぁ。


じゃあ、「お前は地球の形についてどう思ってんねん」と言うと、「まー、物理的な形はよくわかんねーなぁ」というのが正直なところです。

日によって、「球」なのかもしれないし、「ドーム(フラットアース)」なのかもしれません。

どちらかというと、「物理的に球体」はフェイクで、たとえば、海の底にまた別の世界とつながる世界の穴がある……あるいは、今の世界の隣にかぶさるようにまた別の世界がある……みたいなイメージをしたことはあります。

鏡と言っても、部屋と言ってもいいですが、そんな感じ。

しかし、形なんか知ったところでどうにもならんしなぁ……と、意識体(私)的には感じています。

ただ、一般的に説かれている「宇宙空間」という無限に広がる空間や、「ブラックホール」などの恐怖を生み出す概念にはかなり懐疑的です。

一般的にされる「宇宙」の話って、本当は体内のこと(物質を極限までミクロに見ていったときの世界の話)を置き換えたものなんだろうなと思って見ています。

本当かどうかわかりませんが、体内を電子的に見た映像と、宇宙空間だとされているものの映像は似ている(体内映像からつくったのでは?)なんて話も目にしたことがある気がします。

例によって、呪術師は「ある」ものを「ない」と言い、「ない」ものを「ある」と言う名人です。

だから、世界(地球)の外に、広い広い、無限の世界が広がっている。

というのは、

私たちの内側には、広い広い、無限の世界が広がっている。
という真理の言い換え(すり替え)のように思います。

あくまでも「外」に意識を向けさせて、「内」から目をそらすための方便なのかなと。

じゃあ、空に見える星空って何なんだというと、あれって、集合意識(魂)みたいだよね、と私は思うのです。

天とは、地の映し鏡。
それはすなわち、私たちの姿。

ただしそれは、物理的に見える姿ではなく、潜在的な意識の形。
つまり、私たちのエネルギー。

それを星と呼んでいるような気も、しなくはありません。

空(星)が動くのは、気(エネルギー)が動くものだから。
天がエネルギーを写したものだと考えれば、そんな解釈もできます。

「○○星との距離」みたいな話も、物理的な距離ではなく、エネルギー的な距離なんじゃないかなとも思います。

詳しくないのですが、月が人工的な天体であるという話もあるみたいですよね。
そんなこんなで、宇宙空間の話には、たくさんの秘密があるのでしょう。

しかしながら、事実がどうであれ、私たちの生き方にはあまり関係ないですよね。というのが本音。

「何が正しい」みたいな世界に突っ込んでいってしまうと、「思うつぼ」というか、戦いの世界に入っていくことになります。

そのために、「NASA」みたいな機関をつくり、わざとウソくさい映像をつくり、賛否を巻き起こして「外側」に意識を向ける仕組みをつくっていたようにも思います。

何が真実か?

それは完全に宇宙に還れば、自ずとわかることですし、わかったところで、「で?」という話でもあります。

そもそも真実は、十人十色でいいと思います。

私たちは、信じたいものだけを信じます。
すなわち、「自分のエネルギーに合っているものを選ぶ」ということです。

だから、地球レベルにおける真実みたいな話はあまり本質的ではなく、やはり、私たちは「どう在りたいか」ということだけを常に感じ、信じていればいいのではないでしょうか。

世界の真実もまた、在り方に合わせて変わっていくもののように思えます。

ということで、今回の話も……マニアック〜で、「言っちゃいかん」と、実は何年も止められていた話の1つでした。

大丈夫だったかな。

では、今回もお読みいただき、ありがとうございました!
それではまた!

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(レベル高め、「アタオカ」シリーズです)