見出し画像

いるように見えるけど、同じ世界にいない人々

ただの宇宙人、梅太郎です。

突然ですが、『マトリックス』という映画を観たことがあるでしょうか。

ざっくりあらすじです↓。

近未来。プログラマーのトーマスは裏稼業ではネオと呼ばれる名うてのハッカーだったが、ある日、突然トリニティと名乗る美女の接触を受け、彼女に導かれて、モーフィアスなる人物に会う。彼はトーマスが生きているこの世は、実はコンピュータが創造した仮想世界で、実際は彼らが造り出した巣の中で夢をみせられているだけだという恐るべき真実を告げる。

https://press.moviewalker.jp/mv31117/

要すると、機械に支配されている世界で、人間が反撃を試みるという話。

私たちが「リアル」だと思っている世界は、プログラムされたゲームのような世界(夢の中)だった、ということです。

全体的に宇宙的な示唆に富んでいるのですが、私的に、この映画で印象的なことが2つあります。

1つは、主人公のネオが、「青いピル」と「赤いピル」を渡されて、「このまま眠ったままか(青いピル)」か、「目覚めて真実を知るか(赤いピル)」か、どららを選ぶか、というくだり。

もう1つは、敵役のエージェント・スミス(グラサン+スーツの人)が、一般人に憑依して、分身のように増殖していく演出。

地球というシステムの特徴がよく出ているなぁと感じるのです。

みなさんも感じると思うのですが、これまで(特にここ最近)、人と接していて、「ぜんぜん話通じねぇなぁ」と、感じることが多くなかったでしょうか

「いや、どう考えてもこうなるよね」みたいな、自分にとってはあたりまえの話。

「これって、こういうことだったんよね!」みたいな、発見。

しかし、他人に話すとぜんぜん理解されない。反応が少ない。

仕事でも、友人でも、家族でも。

「本当に同じ世界で生きてるのかな?」という違和感。

こういう現象は、エネルギーが整っていくほど、内とつながっていくほど、つまり。宇宙化していくほど、起こりやすくなります。

「宇宙化する」というのは、言い換えると、「地球(=目に見える物理空間)がすべてではないことに気づき、実感していく」ということです。

目に見える世界は、宇宙を構成する要素のほんの一部。
非常にマニアックな世界であり、宇宙的にはマイナーであるということ。

そういう感覚が強くなると、地球人(=地球という物理空間にずっしり根をおろしている人たち)との波長が合わなくなります。

『マトリックス』の話に戻ると、私たちは常に、「青いピル(気づかないふりをする)」か「赤いピル(気づく)」かという選択を迫られているのです。

一度、赤いピルに手を出してしまうと、元には戻れません。

・あれ、なんでこんな世界で生きてたんだろう?
・なんで、こんなおかしな世界を「普通」と感じてたんだろう?

そんな違和感が、日に日に強くなっていきます。

「青いピル」を選択している人とのギャップは大きくなるのです。

注意したいのは、このとき、「なんで君は赤いピルを飲まないんだい?」という感覚が湧いてきたときです。

それは、「自分の側に来なよ」という執着の感覚です。
そして、「自分の側」でない人は、「敵」という感覚も芽生えやすくなります。

この感覚になると、人を説得したくなるし、理解されないと「なんでわからないの?」と、感情のスイッチも入りやすくなるのです。

「どちらが勝つか?」「誰が正しいか?」という、まんま映画(=フィクション)の世界になってしまいますね。

では、なぜそうなるかというと、こんな意識があるからです↓。

「私たちはみんな、同じ世界に生きている」

実はこれが、ウソなのです。
確かに、より大きく解釈すれば、「同じ世界」なのですが、人間個々のレベルで考えたときには、実は、「みんな違う世界に生きている」。

人(魂)の数だけ、マトリックス空間がある。

これが、真理に近い世界観です。

人はそれぞれが、自分の生きたい世界を生きています。
究極的に言えば、自分以外のすべての人は、違う世界を生きる他人なのです。

一見、同じ世界に住んでいるようですが、エネルギー的に解釈すると、ぜんぜん違う次元に生きています。

「自分」の生きている空間と、「あの人」の生きている空間には、「見えない壁」があるのです。

この壁とは、すなわちエネルギー的な距離(高低差など)です。その差があると、意思疎通は難しくなるのです。



ここで、『マトリックス』の話に一度戻ります。

エージェント・スミスの話をさせてください。
グラサン・スーツマンです。

映画の中でスミスというのは、機械の親玉がつくったプログラムであり、親玉の一部、みたいな存在です。

エネルギー的に言えば、「闇のエネルギーの分霊」みたいな感じですね。

倒されても倒されても、次々に湧く。
モブ(=エキストラ)の人々に憑依し、主人公を追い詰めていきます。

映画なので、「敵・味方」という構図ですが、私たちの世界に置き換えれば、単純に「違うエネルギーが入って別人になる」ということです。

これは、現実に頻繁に起きています。

たとえば、仕事先などの人。

「なんか、急に言うこと変わったなー」
「雰囲気違くない?」

みたいな経験、ないでしょうか。

これは自分の気のせい(思い込み)ではなく、マジモンな、気のせい。つまり、エネルギーの変化による、別人化なのです。

これには大きく2つの要素があり、

まず、私たちは、日々のエネルギー変化によって、微細な引っ越しを繰り返します。
引っ越しをすると、まわりのエネルギーも変わります。

だから、家族などの登場人物も、「まったく同じ人」に見えるけれど、「エネルギー的に見ると実は違う人」なのです。

またもう1つ。
その人のエネルギー状態が変われば、別のエネルギーが入ります。

たとえば、ふだんは温厚な人も、スポーツなどをしていると性格が変わる、ということが起きますよね。
運転すると人が変わる、みたいな話もありますよね。

「まるで別人だ!」

という感覚。

人間の認知(=誤差修正)の機能によって、「いや、それはないだろう」と感ているだけで、厳密にはその瞬間、もう別人なのです。

もしかしたら、スイッチの入った瞬間が、その人のメインのエネルギーなのかもしれません。

ただいずれにせよ、多くの場合、エネルギーの変動が少ない・時間が短いので、「元に戻ってくる」ことができますが、行きすぎると還ってくるのが難しくなります。

たとえば、政治家の人なんかを見てください。

みんななぜか、「眼球が上」を向いています。
「あぼーーーーん」みたいな顔をしていますよね。

あれって、「ウソをつき続けた結果」の顔です。
もう、何が本心かかわらなくなってしまった。そんな人が、最後になる顔なのです。

そんなエネルギー状態になると、もう自分が何者なのか、何をしたいかわからなくなります。いつでも誰かの言うことを聞き続けるだけの存在になってしまうのです。

つまり、「人々」とは、スミスなのです。

誰もがスミスになりえます。

エネルギー状態が低ければ、より低いエネルギーに憑依され、高ければ、より高いエネルギーと調和をする。

付き合う人(恋愛の意味に限らず)によって、人相や言動、発している雰囲気はガラッと変わりますよね。

何年か同じ会社に勤めていると、「その会社の人らしく」なりますよね。「○○社の人」としての言動をとりますよね。

久々に会ったときの、「あれ? こんな人だったっけ?」という違和感。

エネルギーが変わって別人になるというのは、そういうことです。

エージェント・スミスというのは、そんな比喩にも見えます。



「人が、別人になる」。

こういう現象を三次元的に解釈すると、「哲学」が生まれます。

「私とは何か?」「生とは、死とは何か?」みたいなものです。

頭(思考=脳の一機能)でひねくり回して、かえって物事を複雑にします。

真実は、「ただ在るだけ」。

そこに、良い・悪いのような意味はなく、複雑で崇高な理念があるわけでもありません。

「在り方」(=「エネルギー」)によって、考え方や、言動などが変わるだけです。

瞬間、瞬間、「青いピルか」「赤いピルか」という選択があって、その選択の結果が、今の自分。今自分のいる世界なのです。

自分が、自分であることを選んでいる。それだけです。

何が言いたいかというと、宇宙とはそういう仕組みなので、「人は変えられない」「他人どうこうを言ってたってしょうがない」ということ。

もちろん支配的なエネルギーを使えば、人を制限することはできます。
現代で言う「教育」とは、ほとんどの場合、「人を支配する」ということの言い換えです。

「常識を学ばせる」とは、「常識をつくった人々の言いなりになる(=洗脳)」の言い換えです。

しかしそれは、三次元的な在り方なのです。

三次元的な在り方には、恐怖が常につきまといます。
すなわち、自身もまた、恐怖の中で生きなくてはいけないということ。

そんな人生、つらいよね。
死ぬほど、つらかったじゃん?

というのは、私たちの誰もが痛感していることではないでしょうか。


その意味で、「人を変えるには自分を変えるしかない」というのは、一面では真実です。

しかし、「自分を変える」とは、「自分を抑制する」という意味ではありません。・「誰かのように立派になる」ということではないのです。

「自分を変える」のメカニズムは、実際には、こうです↓。

自分の内側にしっかりとつながって、本来の「心地いいエネルギー」を解き放つこと。三次元的な鎖(執着)から放たれること。

そうすると、自分のいる世界が勝手に変わります。
自分のいる世界が変われば、他人も勝手に変わってくれます。

新しい世界の登場人物たちは、自分にとって「いい人(=都合のいい人)」に変身してくれるのです。

ただ、何よりも大事なこと。

それは、「他人は他人」としっかり線引きをして、期待をしすぎないことです。

期待を裏切られたとしても、「あー、期待しすぎてたな」と、プチ反省くらいでとどめることです。

「自分が生きたいように生きた結果が、今なんだ」

このフラットな認識が自分の中に深く根を張ると、その周波数がまた人々や環境を変えてくれます。

人がつくったマトリックス空間に住むのではなく、自分のつくったマトリックス空間に住みましょう。

「自分でつくっていいんだ」ということを思い出しましょう。

そしたら、宇宙は私たちにどんどん力をくれます。

私たちのつくる小さな宇宙が結びついて、大きな宇宙が生まれます。

すると、望む世界にどんどん近づけます。
本当はとてもシンプルなのです。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
それではまた!

よろしければこちらもどうぞ↓