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概念をリセットしてみる(宇宙人になるにはシリーズその2)

ただの宇宙人、梅太郎です。

突然ですが、今回は「概念」の話をしてみたいと思います。

概念とは、イメージのこと。
特に、「言葉によって思い起こされるイメージ」のことを言います。

私たちは、言葉によって地球を生きています。

あらゆる言葉には意味があり、「いいイメージ」「よくないイメージ」も同時についてくるものですね。

見方を変えると、「実は結構な部分が、言葉によってコントロールされている」とも言えるのです。

なぜなら、言葉とは、イメージの世界でもあるからです。

そしてイメージ戦略は、呪術がもっとも得意とする分野の1つです。
そのため、言葉にも多くの呪術的仕掛けがかけられてきました。

呪術とは、「地球にはない知識や技」を「支配」のために使ったもの。と、私はそんなふうに定義しています。

言葉を呪術に使うというのは、簡単に言うと、「偏見を植えつける」です。

そのものが持つ、本来の意味(エネルギー)とは別の意味を持たせてるように、イメージをつくってしまうんですね。

たとえば、「愛」という言葉があります。

愛とは、思い人に寄せる気持ちやその関係(恋愛・愛情)を言ったり、親子関係のこと(家族愛)を言ったり、他人や自然を慈しむこと(慈愛)を意味したりします。

「理想的な関係」「レベルの高い感情」というイメージが、一般的に使われる「愛」にはあります。

一見、何の問題もないように見えますが、でも、よくよく考えてみるとそうでもないのです。

たとえば、一般的な「愛情」の意味は、「好きよりも強い気持ち」のことを指すことが多いと思います。

愛>好き というイメージです。

じゃあ、そもそも、好きって何でしょう。

好きって、実は基本的に、「執着」や「恐怖」から生まれる感覚です

「ストレス反応」である場合が多く、外的なストレスを感じたときに、生まれる感覚の1つなのです。

「甘いものが好き」という場合。
これは、本当に甘いものが好きなのではありません。

今日は嫌なことがあった。
毎日、思いどおりにいかない。つらい。

そんなとき、自分の中にある「不快感」をごまかすために、甘いものを取り入れます。つまり、一種の快楽物質として摂取して、脳(=意識)をごまかしているだけなのです。

そのときに得た快感を、「好き」と表現していることが多々あります。

本当は不快感が問題なのに、「好き」に依存して、根っこの問題を見ないようにします。私たちの「好き」には、往々にしてこういう部分があるのです。

好きっていうと響きがいいだけで、実態は「中毒」なんですよね。
この甘いものは、何にでも置き換えられます。

「恋愛映画やドラマ」「マンガ」「スポーツ」「グルメ」「旅行」「スピリチュアルなもの」「アイドル」「仕事」「お金」「名誉(人気)」……
(そういう私も、昔はとにかく辛いものや化学物質をたくさん使ったものが大好きでした)

地球という環境にいる以上、「不快感」を避けることはなかなか難しいことです。
なので、別のものに転化することが、必ずしもよろしくない、というわけではありません。

ただ、「本当は不快感が原因」であり、「何が不快なのか」を内省して、対処法なり生き方なりを考えるほうが、「快適な人生」への近道です。

ところが、これを簡単にさせないのが呪術の仕組みなのです。

「好きなのものはしょうがないよね」「これは愛なんだから」と認知をねじ曲げて、外側のものに依存させる、そういうふうに誘導されてしまいます。

近年でいうと、「オシ」なんて言葉は、モロにそうですね。
他人をオシて、どないすんねん。こっち見ろや! と、みんなの「中の人」は叫んでいると思います。

そもそも、「好き嫌いは裏表」なんて言うように、「本当は嫌いなもの」を「好き」と自分で思い込ませて生きている場合も少なくありません。

「罪の意識」を植えつけられていたり、「自分の存在」を低く見積もっていたりすると、自分の心身を進んで痛めつけることがあります。

そういう場合の「好き」は、「本当は嫌い」の場合が多いでしょう。
激しい感覚の好きには、不健康さを感じます。

たとえば少女マンガにあるような恋愛のドキドキも、「スリル」や「興奮」、「性的な興味」などをいいように置き換えたものだったりします。

だからダメではなく、「好き」という概念に置き換えられてしまっているのが、呪術的だということです。

じゃあ、本質的な「好き」って何か?
「好き」は、言い換えると「心地いい」です。

流れる雲や、鳥が飛ぶ姿を見たときなどに感じる「あーこういう時間(光景)、いいなー」みたいな、そういう感覚が本来の好きだと言えます。



「愛」の話に戻すと、「家族愛」や「慈愛」というのも、同じです。

「これが理想なんだよ」と、さも高尚で素晴らしいものかのようにある概念。こうしたイメージがあるおかげで、

・「家族は仲良くなければいけない(そうでないのはおかしいのは?)」
・「他人にはやさしくしないといけない」

といった、「それはケースバイケースでいいんだよ」という物事も、すべて一本化してしまう恐怖の概念として成立しています。

そういうイメージが広がるように、宗教の人にそう言わせてみたり、創作物をつくってみたりするわけです。

「みんなが目指すべき道はここだよ」と、先導(ミスリード)するのです

そうなると、「愛」という概念は「執着を呼ぶもの」に変わってしまいます。
(実際、愛欲、性愛なんていう言葉もあるように、現代の愛は、ほぼ執着の意味を宿してしまっています)

「毒親」なんて言葉もありますが、その背景には、「家族とは」「愛」とはといった概念にひどく縛られている人たちの存在があります。

愛という言葉を例にしましたが、何だって同じです。

特に、一般的に「物事を必要以上に決めつける言葉」や「怪しい感じのする言葉」には気をつけてみてください。

物事を必要以上に決めるつけるとは、たとえば「家族」、「友だち」、「仲間」、「夫婦」のような、関係性を定義する言葉。
あるいは、「勝ち組」「No.1」「美しい」など、「ここに入らないものは価値がない」という方向に誘導するような言葉。
スピリチュアル関連で言うならば、「許す」「さとり」「覚醒」「光と闇」「大天使」のような、階層(レベル・上下関係)をつくるような言葉にも注意が必要です。

一方、怪しい感じのする言葉、というのは私の書く記事で出てくるような言葉です。

「宗教」「呪術」「魂」「精霊」「スピリチュアル」「陰謀」……「宇宙」なんて言葉も、一般的には相当怪しいものですね。

でも、「深く触れてほしくない場所」には、予防線が張られるのです。
そういう気持ち悪いイメージを広げて、近づけないように人を誘導するんですね。

逆に言うと、それらの言葉には、かなり「真実」や「真実に近いこと」が含まれている可能性が高い、ということです。

何にしても、表面的な言葉のイメージに引っ張られるのではなく、物事の「本当の意味」「本来の性質」といったところに目を向けてみるのが大切だよね、ということなのです。



ではちなみに、宇宙的に言うと、愛って、何でしょう。

それは、「ただあること」です。

「ただある」とは、「何でもあり」ということ。

ただ存在していること、それ自体が愛なのです。
いいも悪いもありません。

私も、愛。
あなたも、愛。
ぜんぶ、愛。

これが、愛という概念の本質です。

だから、愛は「宇宙」という言葉に置き換えてもいいですし、「エネルギー」や「魂」に置き換えてもいい。同義の言葉なのです。

愛には、いいも悪いもない。
ぜんぶひっくるめて、「そうだよね」が、本来の愛なのです。

だから、「愛する」も「愛される」もありません。
愛は、最初からすでに存在しているのです。

私たちは最初から、愛の中にある。愛とともにあります。
誰といるか、一人かどうかなんて、関係ありません。

その点、例にも出したように、家族関係は呪術的な言葉のイメージに引っ張られやすい「偽の愛(エゴ愛)」の領域です。
ねじ曲げられた理想化が先行し、家族関係は「欲とエゴがうごめくアンタッチャブルな領域」になりがちです。

実際、「家族にすごく気をつかってしまう」という人も少なくないでしょう。

そうなるのは、親子関係や血縁、夫婦関係は、魂の縁が強い場合が多いからです。

しかも、必ずしも良好な因縁とは限りません。

たとえば、「親子関係が逆だった魂の記憶」があったり、「恨みがある同士が親子や夫婦になる」場合などもあります。

執着が切れないなぁというときは、魂的なレベルでの因縁や、家系の持つエネルギーについて考えてみるといいでしょう。

その認識ができるだけで、実は簡単に因縁がほどけたりします。
「気づく」って、すごいことなんです。

気づくとは、潜在意識や、言語化できない感覚を、表面化させる(三次元空間に落とし込む)こと。
その効用は、とても大きいのです。

そもそも因縁的なエネルギーって、本来は糸のようなものです。
本当は細長くて、頼りないもの。けれど、身体の中に入っていると姿が見えない。だから、得体が知れなくて怖くなります。

でも、表に出てしまえば、「チョン」と切ったり、抜いたりするだけ。
そもそも何もしなくても、ジューッと消えていってしまう。

それくらいのものなんです。

恐怖のエネルギーって、本当はそんなに強力なものではないんですね。
大きな光を前にしては、まったく太刀打ちできません。
(だから呪術師たちは、何層にも渡って呪いを重ねてきたとも言えます)

ちなみに、家族や夫婦に因縁なんて特になく、「最初から、エネルギー的にただただ合わない」だけという場合もぜんぜんあります。
(それは、「合わない存在」を知ることで、「合う存在」に意識が向く。そのための勉強だったとも言えます)

いずれにせよ、自分がとらわれているという認識が本当に重要です。
何にとらわれているかわからないと、解放なんてできませんよね。

だから、認識して、解放していくことで、自分の魂は違う階層とつながり、より大きく、強くなっていきます。

つまり、宇宙人化していくんですね。



ということで、「言葉に潜む概念」の話でした。

「疑問にすらしていないこと」に、実は本質的な問題や、見るべき、対処するべきことがたくさん潜んでいます。

私も、「99%は思い込みだ」と、いつか言われました。
そうかぁ……と思って内省していくと、本当に、そうなのです。

いかに自分が、つくられた概念に小さくまとまろうとしているかが、よくわかります。

だからこそ、言葉の概念をリセットして、フラットにするのは重要です。

概念から抜け出していくことで、私たちは愛になる、宇宙になるのですね。

お読みくださり、ありがとうございました!
それではまた!

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