第1話 すべてのはじまり②(メイド✶アリサ―Wishmoreな学園日記)
前回のお話📕
お嬢様の学園入学まで、あと1週間。
「うう……」
裏庭にある家庭菜園にて。
あたしは芽を出しはじめたラディッシュに水を撒きながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
……
……寂しい……
寂しい寂しい! 寂しいよぉ〜!!
本当はついていきたかった!!!!
「はぁ……」
フローラ芸術学園は、メイドの養成所ともいわれている場所だ。生徒一人一人に専属メイドがつき、芸術活動に集中できるよう身の回りのお世話をしてるっていうのはけっこう有名な話。
つまり、お嬢様についていこうと思えば、学園メイドの採用試験を受ける手もあったのだ。
ただ、合格したとしても、お嬢様の専属になれるかどうかはわからない。
他の人に仕えるつもりはないしな……っていうのと、何よりお屋敷離れることが気がかりだから、苦渋の決断で諦めたのだった。
試験の日程も、一応確認してたんだけどね。
あーもう!
あの性悪女さえいなかったら!!!
あたしは、すぐそばのサンルームに目をやった。
ふわりと揺れるレースカーテンの向こうに、あの性悪女ことカーラの後ろ姿がかすかに見える。
カーラは、この屋敷の旦那様が迎えた後妻だ。
ご病気で亡くなった先の奥様と区別して、使用人はみんな「若奥様」と呼んでる。
元々お嬢様の家庭教師だったカーラは、旦那様の信頼をじわじわと獲得し後妻にまで上り詰めた超計算高い女狐だ。
商会の売り上げ(旦那様が代表を務めてる)をネコババして化粧品を買ったり、亡き奥様の遺品を質に入れて宝飾品に変えたり……。
そういう悪事を一部始終把握していたあたしが旦那様に全てを報告しようとしたところ、お嬢様を人質に取られたっていう過去がある。
これこそ、あたしの人生における最大の失敗。
口外すれば、フリィジアのイーゼルを折る……なんて言われたら従わざるを得なかった。だって、お嬢様が愛用されているイーゼルは、奥様の形見だから。「お母様からもらった、宝物なの」って、前に話してくれた。
それで一度停戦状態になったかと思いきや、なんとしてもあたしを追い出したかったんだろうね。早朝からせっせと作ったスープを鍋ごとひっくり返されたり、洗濯したばかりのメイド服を泥で汚されたり……ああ、思い出しただけで腹が立つ!
まあ、あたしもカーラの朝食のスープだけ塩分多めに作ったり、仕立て屋に服のサイズをわざと小さく作らせたりして仕返ししてるから、人のことは言えないんだけどね。
それにしても……今日もまた、ずいぶんと細身のドレスだ。
無理してコルセットを巻いて、厚化粧して……香水もきついし……はぁ〜やだやだ。
どうせまた、したり顔で刺繍やら読書やらしてるんだろう。
……あ。
ハーブに白い蝶がとまってる。
カーラって、蝶が苦手なんだよねぇ。
……ふふ。窓の隙間から、そっと入れ込んじゃおうっと!
「ごめん。悪者退治に付き合ってね」
あたしは蝶をひょいをつまむと、にや〜っとしながらサンルームへと近づいていった。
そのときだ。
「晩餐会……ですか?」
サンルームから、思いがけずお嬢様の声が聞こえてきた。
晩餐会……??
なんだかイヤな予感がして、あたしはその場にしゃがみ込んだ。逃してあげた蝶が、ひらひらと飛んでいく。
「ええ。首都の名家も出席されるような、それはもう豪華な会なんですって」
カーラの猫撫で声が聞こえてくる。
「取引先のご厚意で、夫婦で招待していただいてね。あなたも一緒にどう?」
「え?」
「年頃のご子息も、複数出席されるらしいのよ。あなたは見た目がいいから、きっとお声がかかると思うわ」
は??
「旦那様はのんびりしているから……商売の機会を逃しがちでしょう? あなたが大きな家との結びつきを作ってくれたら、助けになると思わない?」
旦那様は、小さな商会の代表をしている。
従業員のおっちゃんたちと一緒に、各地の酪農家や農家の元を回って、都市部に流通させるのが仕事だ。
狭く深くっていう経営方針で、取引先をすごく大事にしていらっしゃる。
それじゃ満足できないカーラが、何とかして経営の幅を広げようとしてるのはわかってた。
だけど……まさか、お嬢様を利用するなんて……!!!
今すぐ間に割って入りたい気持ちを抑えて、聞き耳を立てる。
「……お父様は、なんておっしゃっていますか……?」
お嬢様が遠慮がちに尋ねる。
「あの人とは、まだ何も話していないわ。話したところできっと、『リジィには大切な学園生活があるから』と言うでしょうね」
でも、とカーラが声を強くした。
「ねぇ、フリィジア。絵なんて、家でも描けるでしょう? いいご縁があったら、学園は途中で辞めてもいいと思うのよ。素敵な家で贅沢をして絵を嗜む方が、ずっと幸せじゃない。ね?」
!!!
「……っ、でも……私は……」
「まあ、考えておいてちょうだい。明日また、返事を聞くわ」
ヒールの靴音が遠ざかるのを確認して、あたしはそっと立ち上がった。
風に揺れるカーテンの向こうに、お嬢様の横顔が見える。小さく俯いて……きっと、悩んでいらっしゃるんだ。
お嬢様はすごく優しいから、『旦那様のためになる』なんて言われたら悩むに決まってる。
「……っ」
あたしはギリッと歯を食いしばった。
あの女は……これから先、何度もこうやって、お嬢様を苦しめるんだろう。
――あたしが、お嬢様の幸せを守らなくちゃ。
そのためには……
「……これしかない」
あたしは決意を固め、静かに歩き出した。
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