第1話 すべてのはじまり③(メイド✶アリサ―Wishmoreな学園日記)
前回のお話📕
メイド服についた汚れを払い、向かったのはカーラの部屋だ。
コンコン、と扉をノックする。
「はぁい。誰かしら?」
「アリサです」
「あー、何? そこで話してちょうだい」
甘ったるい声が、一気に刺々しくなった。しっしっ!って追い払うような仕草が思い浮かぶ。
「中に入れてください。若奥様にとっても、他の人には聞かれたくない話だと思いますので」
そう言ってやると、ゆっくり扉が開かれた。
顔を出したのはカーラ——わざとらしい薔薇の香水がよく似合う、飾りまくった女だ。
それなりに美人に見えなくともないけど、お優しい旦那様とお嬢様が暮らすこのお屋敷には、到底似合わない。
「さっさと入りなさい」
「はい。失礼いたします」
メイドらしく一礼して入室する。
金縁のゴテゴテした鏡に、ドレープたっぷりのカーテン。いかにもって感じの部屋だ。
「で? 話って何かしら? 」
肘掛けのついた椅子にどっかりと座って、カーラがあたしを睨み上げる。
「手短に頼むわよ。得体の知れない孤児と同じ空気なんて吸いたくないから」
「ご心配なく。同じ気持ちですので」
「何ですって?」
「本題に入りますね。——晩餐会の話、聞こえました。お嬢様は、必死に努力して合格を勝ち取ったんです。それを、『いいご縁があったら途中で辞めろ』だなんて……ふざけてます?」
遠慮なく睨み付けると、カーラは鼻で笑った。
「はっ、何をいうのかと思えば。地獄耳な上に、短絡的な考えしかできないなんて……本当にうんざりするわ」
いい? とカーラが身を乗り出した。
「アリサ。ふざけてるのは、あなたの方よ。メイドの分際でたてつこうなんて——」
「今更ですけど。若奥様は、あたしが邪魔なんですよね?」
静かに見つめる。
カーラは一瞬きょとんとしたものの、すぐに真っ赤な唇を引き上げた。
「ええ、そうよ。フリィジアと一緒に出ていってほしいくらい」
「いいですよ」
「……は?」
「お嬢様の学園入学に合わせて、私はこの屋敷を去ります。その代わり、お嬢様を必ず卒業させ、結婚相手もご本人に選ばせてください」
「……」
カーラは軽く唇を噛んで、じっと考え込んでいる。自分に分が悪い約束なんじゃないかと疑ってる様子だ。
もう一押し……。
あたしは小さく息を吐き出すと、淡々と続けた。
「よく考えてみてください。お嬢様が入学されるのは、あの名門・フローラ芸術学園ですよ? 由緒正しいお家柄のご子息も通われていると思いませんか?」
カーラの眉がぴくっと動いた。この機を逃さず、あたしは畳み掛ける。
「素敵なご縁があって、さらにあたしも屋敷を出て行くとなれば、一石二鳥。若奥様にとって、これ以上ない『理想的な結果』ですよね?」
あたしはじっとカーラの目を見つめた。意地の悪い瞳がゆらゆら揺れ、やがてふっと細められる。
「……たしかにその通りかもね。だけど、釈然としないわ。あなたに分が悪すぎるじゃない。何か裏があるに決まってる」
「そんなものありません。だって、私の一番の望みはお嬢様の幸せですから」
すぐにそう返した。
これは本心。お嬢様のためなら、この命だって捧げられる。
だけど、カーラは訝しげに眉を寄せている。理解できないって顔だ。
「ここを出たら、あなたは職も家も失うのよ? それでもいいって言うの?」
「ええ、構いません。ただし、あなたが約束を守ってくれる保証はありませんから……お嬢様をそばで見守れるよう『学園メイド』の採用試験を受けるつもりです」
「……なるほどね」
カーラがドレスの下で脚を組み替える。
「あの学園はメイドも寄宿舎暮らしだから、職も家も確保できるわね。ただし、受かれば、だけど」
「絶対に合格してみせます」
「あぁそう。もし不合格でも、約束通り出ていってもらうわよ。それと……」
カーラがあたしの瞳をじっと見る。
「合格した場合。フリィジアが学園を卒業する日が来ても、一緒に戻ってくることは許さないわ。この屋敷に、あなたの居場所はもうないと思いなさい」
予想できていたことだ。
だけど、少し……ほんの少しだけ……足元が揺らいだみたいな、そんな感覚になる。
あたしはぎゅっと拳を握って、しっかりとカーラの瞳を見つめた。
「わかってます。若奥様こそ。もし、お嬢様を私利私欲のために使おうとしたら……この話はおしまいです。私はもちろんここに帰ってきますし、これまで以上に目を光らせますから」
こうしてあたしとカーラは、睨み合いながら約束を結んだ。
といっても、証拠は何も残ってない。
もしこの取引以上に魅力的な話が舞い込んだら、この女は、あたしの目をどう盗もうかと策略を巡らせるだろう。
だから、なんとしても学園メイドにならなくちゃ。
まずはここから三年間、お嬢様をお守りするために。
前に確認した情報に間違いなければ、採用試験は明日まで。会場は、首都アーティラスの学園事務局だ。
よし、旦那様にお暇をもらいに行こう!
(次回、学園メイド採用試験へ✴︎)
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