「riZ」第1話

【あらすじ】

 オーブと呼ばれる世界から大地がなくなってから千年が経っていた。突然現れた黒い海が大地を侵食していき、その黒い海に触れた生物達はイビルと呼ばれる邪悪な存在へと変わっていった・・・。人類は襲い掛かる黒い海に抵抗し続け、遂に最も権力のある二つの大国が、大陸を空に浮かせ黒い海から脱出した。そして、その大国に続くように様々な国も空に逃げ、いつしか大地が空を覆い、最初に脱出した大国を最上層に空は10階層に分かれてしまった。最下層に住むリズと呼ばれる少年はある日、上から落ちてくる物と出会い、ある人物と約束を交わす。「この世界を救ってほしい」リズはその運命を受け入れ最下層から上層を目指す旅が始まった。

【補足説明】
14歳の少年が主人公。機械文明がある国も存在するが、基本は中世ヨーロッパのような世界、服装や家、街並みなど。動物や魚、鳥などは黒い海に触れ、大半がイビルと呼ばれる人を襲う怪物になった。村はヨーロッパの牧家的。空船と呼ばれる乗り物はプロペラがついた木造漁船で大小様々ある。最上層から下に行くほど身分が低く、許可証がないと上に行くことができない。

【第一話】

 オーブと呼ばれる世界では大陸が空に浮かび、かつての大地には黒い海が広がっていた。空は最上層から10階層に分かれ一番下の最下層には日の光が滅多に差し込まず、水も空気も全てが上層階に恩恵が与えられていた。そんな最下層のノース村で、リズと呼ばれる少年が物吊りと呼ばれる仕事をしていた。上層階から降ってくる物を黒海から引き揚げ、高価な物があれば中層の人に買ってもらう、今日も物吊りに出航し朝から大陸風が強くなっていた・・・。

「リズ、網の用意を」船長が操舵室から声をかける。「わかりました」
(船の形は小さな漁船と変わらず帆と左右、後ろにプラぺラがついていた)この空船には船長も含め4人乗っていて、僕は一番年下だ。
「嫌な風だな」僕より15歳も年上のバクさんが上を見ながらそう言った。
(上空には沢山の大地が雲のように動き、大陸と大陸のすき間から光が差し込む場所もあった)
最下層は常に薄暗い夜が続き、空船のライトだけでは周辺を見渡すのに苦労していた。僕は網を持ちながら船長の合図を待つ。獲物が落ちてくるまで独特の緊張感が船内を包み込んでいた。
「きたぞっ」船長が操舵室から大声で叫ぶ。上からカラカラと音がしてきて、小さな丸い帆がついた巨大な箱が降ってきた。これが僕たちの獲物だ。(落ち箱と呼ばれ基本はゴミ箱だが、上層階のゴミは高価な物が入っていた)
船長が空船の帆を匠に操り、落下地点に急降下する。高度約50メートルに近づくと帆が破れ巨大な箱が黒海に勢いよく落ちた。ドーンッ、バッシャーン(爆発音にも似た衝撃で箱の中身が四方に飛び散っていた)
「リズ、今だっ」船長の合図とともに僕は網を黒海に投げ入れた。空船と黒海の距離は3メートルないほどに迫っていて、この技術が船長の腕だった。網は落下物の中心で開かれ、うまい場所に落とすことができた。後方でバクさんは大吊竿を握り別の獲物を狙っている。落下物を引き上げるのは一度きりしかない、拾えなければ果てしなく深い黒海に全てのみ込まれてしまうからだ。「リズ、どうだ?」操舵室から船長が声を掛ける
「はい、手ごたえはあります」網を触る感触や巻き上げ機の音で、大物が掛かっている予感がしていた。「こっちもでかいのがかかったぞ」バクさんが必死にリールを巻きながら手ごたえを口にしていた。船長は上手に帆を動かしながら空船を静止させている。僕は巻き上げ機のスイッチを入れた。ウィーンという音を立てながら網を巻き上げる、船内に引き上げられないほどの大物ならそのまま吊って帰港していた。「慌てるなよ」船長が声を張り上げる。「見えてきた」ロープの目印でそろそろだとわかった。黒海から網が姿を見せた。2メートル四方ほどの大きい箱と小物がくっついていた。網には強力な磁石とフックがついているので細かい物も逃さなかった。「こりゃ、久々にでかいな、リズ、このまま行くぞ」船長がそう言ってから僕は巻き上げ機のスイッチを切り、網を別のロープで空船に固定した。「やっほ~い、こっちももうすぐだぞ」バクさんが重そうにリールを巻きながら喜んでいた。「バクさん、手伝いますか?」「大丈夫だ、もうすぐ上がる」必死なバクさんの隣では船長の右腕のラウムさんがずっとライトを照らしながら黒海を見ていた。その時、バシャーンという音と共に唸り声が聞こえた。
「イビルだっ」ラウムさんが大声で叫んだ。声に反応した船長が素早く空船を上昇させる(イビルとは生物が黒海に触り人々を襲う存在だ)黒海に住むイビルがこっちに気づいてしまった。食べ物の残飯なども落ちてくるので、落ち箱の音を聞くと寄ってきていた。「バク、ロープを切れ、逃げるぞ」宙船を操る船長が叫ぶ「そんなバカな、あと少しですよ」竿を持つバクさんが操舵室を見る「さっきの獲物があるから振り切れん、諦めろ、死にたいのか」イビルが黒海から飛び跳ねた。その姿は魚の形をした10メートル以上ある黒い生物だった。さっきの位置に空船があれば完全に襲われていた。「くそっ」その姿を見てから、バクさんは悔しそうに竿のロープを切った。「ちくしょう、あとちょっとだったのによ、上物が取れてないと許さないからな、リズ」悔しさを僕に晴らすようにそう言われた。僕はもう一度、網に結んだロープを確認した。

 ノース村の灯台が見えてきた。(小さい大陸が浮かび灯台の明かりが見えている)昔は物吊り船が4捜あったらしいけど、今では船長の船しか残っていなかった。港に着くと、さっそくクレーンを使って獲物を引き上げた。久々の大物なので、港には沢山の人達が集まっていた。「どうかね?」村長が船長に話しかけていた。「落ち箱が上等だったから、期待はできると思う」空船を下りた船長が答える。子供達がクレーンを見ながら歓声を上げていた。「お父さ~ん」7歳になるバクさんの息子が走ってきた。そのままの勢いでバクさんに抱き付く。「お父さんが吊ったの?」そう言われたバクさんは複雑な表情をしながら「いや、お父さんは逃がしちゃったんだ、代わりにリズが釣ってくれたよ」さっきの悪態が嘘のように息子の前ではいいお父さんだった。「リズ、やったね」僕はそう言われて空船の上から親指を立てた。取れた獲物は検品場に持っていき、そこで仕分けして使える物、売れる物に分けられる、みんなが検品場の建物に行ってしまった。「リズ、後は頼むぞ」船長も僕に後始末をまかせて行ってしまった。僕は船内の掃除、網の手入れ、ロープの確認などの雑務をやるのも僕の仕事だ。何より重要なのは船底に塗ってある浮液を確認することだった。これは浮木から取れる樹液を加工したもので、この技術を発見したから空に大陸を浮かせることができたと教えられていた。僕はライトで船底に塗ってある浮液を確認する、薄くなっていれば塗り、浮液は貴重だけど命に関わることなのでそう言ってもいられなかった。出航前にも船長が空船を確認するので、僕はあくまでも下準備だった。獲物が取れたら3日は漁に出ない、作業を終えた所で空船に寝そべり仰向けになって背伸びをした。
上空を見ると、少しづつ薄暗い視界に光が差し込んできていた。今日は晴れだ。(わずかな日の光で洗濯や日光浴をする)
「早く家に帰ろう」港のそばにある検品場にはもう誰もいなかった。この村の周囲は30キロほどで、人口は400人ぐらいの小さな村だった。年寄りばかりになったこの村では物吊りとわずかな農業で生計を立てているほど貧しかった。物が取れなければ全員が飢えてしまう、船長が落ち箱を見つける才能が優れているからこそやっていける村だった。一つ上の層に出稼ぎに行く者もいるけど、試験が厳しく階層が上がるほど必要な許可証とパスポートがないと上にはいけない、3年前に一人だけ上で働くことを許された若者がいたけど、帰ってくることはなかった。僕は時々、この世界は黒海とこの村だけなんじゃないかと思うことがある、無許可で下の住人が上に行くと不法入国で捕まってしまう・・・。

 村に着くとみんなが盛り上がっていた。久しぶりの日の光ということもあるけど、上質な物が取れたようだった。「やったぞ~、リズ」バクさんがほろ酔いになりながら僕に抱きついてきた。上質な獲物が取れないとお酒は飲んではいけないと奥さんに言われているようで、この日は早くも上機嫌になっていた。みんな広場に集まり話をしている、船長もお酒を飲んでいるようだった。「リズ、よくやった」「やったなリズ」「やるなリズ」と広場に行くとみんなに声を掛けられた。「船長、船の下準備終わりました」酒瓶を手にした船長に声を掛ける「ごくろうさん、今日はよくやった」頭をポンと触られた「そんなによかったんですか?」船長が指で数えながら教えてくれた。「まず一つ目は上質な空瓶がぎっしりあって、二つ目は銀食器が多数、三つめは本だったが、四つ目は宝石箱だ~」船長が大笑いした。上層階の住人は物がいらなくなると下に捨てる、落ち箱と呼ばれる箱にいらない物を詰め、箱の底に少量の浮液を塗り丸い帆を付け下に落とす、宝石が何の役に立つかわからないけど、上の生活はよほど恵まれているんだと思ってしまった。「よかったです、これで数年暮らせますね」宝石は中層の人が高く買う物だった。「ほんとお前は、強運だな」船長が誉めてくれた。「それじゃ、僕行きますね」「そうか、エリスによろしく言っといてくれ」エリスとは僕の母さんで、今は病気で家から出れなかった。僕は日の光があるうちに帰りたかった。船長とみんなに挨拶をしてから僕は村のはずれにある家に急いだ。

「ただいま」家に着くと母さんは洗濯の準備をしていた。(母さんは村一番の美人と呼ばれている)「母さん、寝てないとダメだよ」僕はすぐに母さんから洗濯籠を奪った。「おかえり、今日は大活躍だったんですってね」母さんが僕に笑顔を見せる「洗濯も夕食の準備も僕がやるから寝ててよ」少し荒い口調で母さんにそう言った。「はいはい」そう言われた母さんは乾いた咳をしながらベッドに戻っていった。この村に医者はいない、医者がいる上の階層に行く必要があるけどで、下の人間は上に行くのに許可が必要で、母さんは3か月待っても一向に許可が下りていなかった。(服を外に干しながら考える)僕は何回も村長に言っているが、上が病気の持ち込みに慎重なようで対応が遅れているとの答えばかりだった。この村ではいつもこうだった。大けがをしたら間違いなく助からない、その他の病気だってここでは治療方法が何もなかった。最下層は汚れた空気を吸い続けるせいで肺がダメになってしまう、マスクや物資が足りないけど、それでも生きていくしかなかった。夕食を食べ終え片づけをしながら外を見ると、夜になっていた。2メートル先も見えない暗闇が広がり、完全な闇になる。視界が悪いので外に出る人はいない。ビシッビシッっと大陸風が窓を叩く、石造りの家は丈夫で飛ばされる心配はなかった。僕はロウソクの明かりを照らしながら申請書をまた書いていた。貴重なロウソクを無駄にしないように素早く書く、書きながらベッドで眠る母さんを見ると、僕に心配かけさせないように咳を我慢する音が何度も聞こえてきた。僕は悔しさでペンを握る手が強くなる、上の人達のことはわからないけど、いざとなれば僕の小さな空船で強行突破する覚悟もあった・・・。

 次の日。外が薄暗くなると同時に家を出る。母さんはようやく眠りについたみたいなので起こさずに静かにドアを閉めた。僕は他の人より目が良いので、このくらいの暗さであれば歩くのが平気だった。風が強かったのでマントで顔を隠すように村長の家に急いだ。

 コンコン、コンコン、ドアが開いて村長の奥さんが出迎えてくれた。
「おはよう、リズ」「おはようございます」家の中に入ると
「もしもし、こちらノース村、応答してください」村長が家にある無線機で上の大陸に呼びかけていた。昨日から連絡が途絶えているようだった。週に一度、物資を運んでくる定期便がやってくる。定期便が到着しないと食料や物資も届かない「もしもし、もしもし・・・」村長が無線で呼びかけている間、僕は窓から外を見つめ、風が強くなっていくのを感じていた。しばらくすると「いや~、こりゃ、やばいぞ、本格的な嵐になるかもしれん」船長が勢いよく家に入って来た。「無線はダメか?」そう聞かれた村長が首を横に振る。その時、ピー、ピー、ピーと音が鳴った。「こちら第九ミア国、ノース村応答せよ・・・こちら第九ミア国」すぐに村長が無線機を持つ「もしもし、こちらノース村です、聞こえてます」そう言うと「ようやく繋がったか、こっちはひどい嵐の影響で定期便が出せない状況だ、早くて4日後になるが、食料はあるか?」村長はそう言われ落胆したような声で「はい、備蓄はあります」と答えた。「そうか、とりあえず運航が出来次第また連絡をする、以上」すぐに切ろうとしたのを遮るように村長が「すいません、病人の申請をしているんですが、許可は下りましたか?」村長が慌ててそう言うと、無線先の人物が黙った。「・・・隣国がイビルに襲われて病院が混乱している、すまないが受け入れは遅れるかもしれん」村長が力なく僕を見た。「何でだよ、母さんは3か月も待ってるんだぞ、上に行くぐらいいいじゃないか」その場で大声を上げた「落ち着けリズ」無線に飛びかかろうとする僕を船長が止めた。「すいません、母親が病気でして、薬とかでもなんとかなりませんか?」無線の人物がまた黙る「すまんな、こちらも物資があまり足りてないんだ、また連絡する」無線が切れた・・・。
部屋を重苦しい空気が包んでいる。僕は悔しさで持っていた申請書を握りつぶし床に叩きつけた。
それを見てから船長が「俺は各家を回りながら、節約するように言ってくるよ」と僕の頭をポンっと触り家から出て行った・・・。
村長が床に落ちた申請書を拾う。
「リズ、あの国も第9層で貧しいながらも、この村を助けてくれているんだ」村長が申請書を丁寧にのばす。
「じゃ、その上は何をやってるのさ、宝石なんか捨てるぐらいなら下の人達に物資を送ることだってできるじゃないか」僕は悔しさで涙が出てきた。「・・・リズ、これを見なさい」村長が壁に飾られている大きな布紙を指さした。それは空地図と呼ばれオーブの世界を写しだし、色んな国名が書いてあった。(逆さピラミッドのように描かれ下は黒海だった)
「世界の一番下にこの村はある」村長は指で一番下の点のような場所を指した。「ここを見なさい」今度は村長が一番上を指した。「最上層は二つの巨大な大陸しかない、この巨大国家がこの世界を救いルールを決め、その下にある国々はどうしてもこの国に逆らうことができんのじゃ」地図を見るとロア大国、ユース大国と書いてあった。「これは800年も前の地図だから、今では無くなった国や新しくなった国もあるかもしれん、それでもこの二つの国がオーブを支えているんじゃ」村長が言い終えてから椅子に座る
「でもこの二つの国のせいで、僕たちは苦しんでいるよ」僕は空地図の上を見ながら言った「それが事実だとは儂らにはわからん、どうすることもできんのじゃ」僕は哀しい顔をしている村長を見た。村長もこの状況をなんとかしたくて何十年も頑張ってきていた。
それから徐々に強くなってくる風の中、僕は家に戻った。嵐は五日間続き、その間は白芋のスープで凌いでいた。母さんの病状は見るからに悪化していった・・・。

 嵐が過ぎ去ってから二日ほど経ち、ようやく定期便が到着した。僕が生まれてからこんなに長い嵐を経験したことはなかった。それぞれの家庭がこの嵐を乗り切り、みんなが港に集まっていた。遅れた分の物資は増えることなく、箱に入った物資を受け取る、港の倉庫に運んでから各家に配られようやくみんなが安堵していた。最下層では雨は滅多に届かず、たまに落ちてくる雨水をろ過しているが、それでも飲み水としての役割を果たすのに十分といえなかった。村長が定期便の人と話し込み、嵐で検品作業が出来なかったので、あの時の獲物は来週の定期便で船長達が売りに行くことになった。母さんは最近、ベッドから立ち上がることもできないぐらいだった。

 船長から久しぶりの物吊りを告げられた。しばらく振りなので、少し遠出をするかもしれないとのことだった。家で物吊りの準備をしていると、ベッドで母さんが激しい咳をしていた。「母さん、明日から物吊りで遠出になるかもしれないんだ・・」喋るのも辛そうなので話し掛けたくはないが、言わなければいけないことだった。「あらっ、・・・気を付けて、いっておいで、ごほっ、ごほっ・・・」僕には精一杯の笑顔で苦しい表情など見せずそう言った。物吊りに行っている間は村長の奥さんが来てくれることになっている、「母さん、何か食べたいものとか、ほしいものある?」前の獲物がよかったので、村長が各家にほしいものなどを聞いてくれていた。本当は病院と高価な薬を頼みたいけど、それが一番難しいことを知っていたので、少しでも母さんを喜ばせたかった。「私は、いいから、リズがほしいもの、頼んでいいよ」母さんが笑顔で言う「僕は何もいらないから母さんが考えておいてよ、約束だよ」母さんの返答も聞かず急いで準備を済ませ自分のベッドに飛び込んだ。とにかく高価な薬が必要だった。

 早くに港に行くと船長とラウムさんが空船の点検をしていた。「おはようございます」僕は挨拶をしてから荷物を船内に運び、出航の準備をした。
一通り作業を終えてもバクさんが来なかった。遅刻なんて珍しいと思い、船長に向かいに行きますかと言いかけた時に、向こうから歩いてくるバクさんが見えた。「お~い、バクさ~ん、行きますよ~」手を振ったが、何も反応がなく急いでいる感じでもなかった。足取り重く船に近づき乗り込んだ。
「おぉ、リズ」とそっけない挨拶をされただけだった。「バク、行かんでもいいぞ」船長が操舵室からバクさんに話しかけた。「大丈夫ですよ、それに俺がいなきゃ大変でしょ?」そう言ってから、すぐに船が港を出航した。その後にバクさん事情を話してくれた。バクさんの息子が嵐の日から突然咳が止まらず寝込んでいるらしい、病院に、と言い掛けた所で僕の母さんのことを思い出し、複雑な気持ちになりながら空船は薄暗い空を飛んでいった・・・。

「リズ、何か見えるか?」空船が照らすライトを見ながら「ダメです、晴れ間はないです」上空で光が差し込む場所を探していたけど、上は曇りなのか、辺りは薄暗いままだった。イビルは日の光が苦手なので、晴れ間を見つけて飛ぶ方が安全だった。「今日はダメだな」船長が操舵室から顔を出し、上を見ながらそう言った。船長にしかわからない落ち箱のポイントがあるらしく、これだけは船長の経験と勘が成せる技だった。落ち箱に塗られている浮液は各大陸を躱すように落ちてくるので、必ず黒海に落ちてくる。(浮液と浮液は磁石のような関係)船長は上の大陸の流れを予測しながら空船を動かしていた。5時間経ったけど、落ち箱は降ってこなかった。「今日はダメだ、ログに行く」ログとは同じ最下層にあるノース村と同じような村だった。隣村だけど200キロほど離れていた。最下層には40ほどの村があるが、まともに生活できているのはノースとログを含めても5つほどしかなかった。後は無人になっていたり、浮液が足りなくて黒海に落ちそうだったり、違法な売買や犯罪など悪い噂が聞こえてくるような村ばかりだった。人がイビルになるのは簡単なことだった・・・。

 ログ村の灯台が見えてきた。船長が港に空船を止める。ノース村とは違って物吊り船が4捜ほど停泊していた。「ガラン、景気は悪そうだな~?」ログ村の村長が港で待っていた。「今日はまったくダメだ、運がない」「百戦錬磨のガランが運って言うと、相当ダメだな」村長が豪快に笑っていた。「どうする、村に寄ってくか?」村長が村を指さす「いや、朝早くに出ていくよ」船長は少し考えて断っていた。最下層同士なので許可証は必要ないが、窃盗や病気などの事件があっても困るので必要ない限り上陸せずに船で過ごすことにしていた。それから船長は他の物吊り業の人達と情報交換を行い、僕はいつも通り船内の下準備をした・・・。

 簡単な夕食を済ませている間もバクさんは一言も話さなかった。僕が話を振っても心無い返事を重ね、僕もその気持ちが痛いほどわかった。寝ている間も時折、息子の名前を呟いていた。そのたびに僕も母さんのことを思い出した。

 次の日、空が薄暗くなってから出航した。船長は周囲を見ながら帆を操る、僕はいつでも網を投げられるように巻き上げ機のそばで遠くの黒海を見ていた。すると、船長が上を見ながらプロペラを勢いよく回転させ急加速した。「くるぞ、リズ」そう言われて上空を見ると、遠くに落ち箱が見えてきた。空船は急降下し目標に近づく、僕は網を投げる準備をした。反対側でもバクさんが大吊竿を構えている「今だっ」船長の合図とともに僕は網を投げ込んだ。その瞬間、キューンという嫌な機械音がして網が黒海に届く前に止まってしまった。後ろを振り返ると巻き上げ機にバクさんの投げるはずだったロープが絡みついていた。「すっ、すまん」バクさんは慌てて巻き上げ機に絡んだロープを解こうとしたけど、船長はすでに空船を素早く上昇させていた。すぐに釣らないと獲物は沈んでいってしまう、それと同時に粘ってその場に留まればイビルに狙われる可能性が増えるだけだった。獲物を逃がしてしまった。「すまん、すいません」バクさんは謝りながら必死にロープを解こうとしていたが、手が震えてそれどころではなかった。「バクさん、変わります」バクさんの手を止めそう言った。「このまま、今日は帰港する」船長がそう言った。遠出に出たけど収穫は何もなかった。僕は巻き上げ機とロープを直してから、バクさんの隣に座った。バクさんは下を向いたまま何も話さない「おい、バク、今日はお前のミスのせいで獲物を逃がしたぞ、反省しろ」船長は優しい言葉をかけるわけでもなく叱咤した。「息子が大変なのはわかる、仕事が手につかないのもわかる、だけどお前がミスったら村のみんなもお前の家族も、もっと困るんだ、何よりリズの気持ちを考えてやれ、母親が上に行けなくて何カ月経ってると思う、その間、リズが何かヘマでもしたか?リズが俺たちに心配させたか?上物でも取って息子を喜ばせろバカタレが」この言葉を聞いてから隣に座るバクさんは泣いていた。「すまね~、リズ、すまん・・・勝手を許してくれ」「大丈夫です、頑張りましょう、きっと大丈夫ですよ」そう自分に言い聞かせるように言っていると僕もなぜだか涙が出てきた。ラウムさんが無言で僕にタオルを差し出す。空船が村に到着するまで泣き続けてしまった・・・。

 次の日。定期便が来て、あの時の荷物を積み込んでいる、価値は何年分かの物資に匹敵すると村長は言っていた。検品場の交渉人とバクさんが定期便に乗り込んだ。通常であれば船長が行くけど、この前の失態を取り返そうとバクさんが交渉の席に着くことを断固志願していた。無事に荷物を載せて定期便が出航した。風も落ち着いているので事故がないことだけを願っていた。

 日差しが出てきたので家の窓を開けた。「母さん、調子はどう?」母さんの上体を起こし水を飲ませた。遠出から戻った後の母さんはうまく声が出せないぐらいだった。「母さん、ほしいものは決まった?」声が出せない母さんは木板に文字を書き、それを見ると(何もないよ)と書かれていた。母さんは頑固だからこれ以上何を言っても無駄だった。
それでも村長の奥さんから父さんと母さんの思い出話を聞いていた。父さんも物吊りをやっていて凄腕だった。取るのも一流だったけど直して新しい物を作るのが得意だった。評判を呼んで上層からも買いに来るほど人気があったらしい、そんな父さんは五年前に嵐に巻き込まれて行方不明になっていた。きっとどこかでと思いたいけど、最下層では望みが薄いことを知っていた。母さんは僕に話してくれなかったけどパンという食べ物が食べたいと言っていたらしい。父さんが昔に上で食べた物を一度でいいから食べてみたいと何年か前に言っていたようだった。僕はそれを密かに村長に頼んでいる。時間は掛かるけど大丈夫と言ってくれた。

しかし、それから3日後、それが幻に終わってしまった・・・。バクさん一家がいなくなっていた。家の物は無くなり、検査場の交渉人の家からも家財が無くなっていた。バクさんと交渉人があの獲物を横取りしてしまった。村長はすぐに上に連絡を入れたけど、売り払った後で消息はつかめず、大金を払えば違法だけど上に行くこともできるので、すでに第7階層に行ったのではと言っていた。あの時に泣いていたのはこの計画がすでに決まっていたからなのだろうか、僕たちはどうすることもできなかった。

#創作大賞2024 #漫画原作部門


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