【ワーホリ挑戦記③】オーストラリアの農場奮闘記──言葉が通じなかった僕と、OGおじいちゃんの物語
前回
深夜の到着、待っていたのは“空き部屋なし”
ブリスベンからバスで約8時間。
辿り着いたのは、何もない田舎町にあるバックパッカーズホステルでした。
着いたのは夜10時。事前にFacebookで紹介してもらった人から「ホステルには連絡してあるから大丈夫」と聞いていたのですが、いざ到着すると「そんな話は聞いていない」「部屋は満室だ」と言われ、愕然。
野宿を覚悟した矢先、30分ほど待った後に「たまたまキャンセルが出た」と言われ、なんとか一泊分の部屋を確保できました。いきなりの洗礼を浴びるところでした、、、
想定外の“1ヶ月待機”と、ギリギリの生活
「すぐに仕事が始まるはず」
そう思っていた期待は裏切られました。
僕が到着した時点で、すでに農場の枠は埋まっており、仕事の順番待ち状態に。1ヶ月間、実質ほぼ仕事なしという状態が続きました。
唯一働けたのは以下の3回だけ。
スイートポテトの収穫・パッキング作業(3日間、時給3000円弱の1日8時間労働)
建設現場での花壇づくりの手伝い(1日、1時間半で現金約4000円を手渡し)
ホステルの滞在費は週250ドル(約25,000円)。二段ベットが四つ詰め込まれた8人部屋、キッチン、シャワー、トイレ共用。
貯金だけでは到底1ヶ月は耐えられない…そう思った矢先、助けになったのが前職の“パートタイム補償”制度でした。
ブリスベンの日本食レストランを辞める際、違法な条件を指摘したことでオーナーから態度が一変。パートタイムジョブの契約の制度に基づいて**1,000ドル(約10万円)**を次の職場を探すための補償として支給してくれたのです。
これがなければ、ここで帰国していたかもしれません。正直、辞める時に強めに言っておいてラッキーと思いました^^
毎日、図書館に通いながら掲示板を作っていた
仕事がなかった1ヶ月の間、僕は毎日ホステル近くの図書館に通い、ファーム情報掲示板のWebサイトを作り始めていました。
ブリスベンで出会った日本人男性の話に衝撃を受けたのがきっかけです。(ワーホリ挑戦記②で綴った彼です)
さらにホステルでも、前いた場所に関して色々な悪い話を耳にしました。
過酷な労働環境、不衛生な宿舎、差別、情報不足…。
「自分にできることはないか」
「少しでも、同じ思いをする人を減らせたら」
この想いが、僕を動かしました。掲示板については次回の④で詳しく綴ります。
“英語はプリティーグッド”というウソと、始まりの決意
1ヶ月の仕事待機を経て、ようやく巡ってきたチャンス。
それが、あるハーブファームでの労働でした。
ただし、条件は簡単ではありません。
そのファームはホステルから片道1時間の場所にあり、
しかも送迎の14人乗りのバンはホステルのスタッフではなく、宿泊者自身がホステルのバンを借りて、運転するルール。
運転を引き受ければ、ホステルの宿泊代が1回につき10ドル(約1,000円)引かれるということで、
お金に余裕のなかった私は、条件反射で「やります」と即答しました。
しかし現実は――
14人乗りのマニュアル車。初のオーストラリアでの運転、朝の霧の中。
運転経験の少ない私にとっては、まさに“地獄の初日”でした。
案の定、2回エンスト。
エンジンが止まるたびに乗っていた皆がヒヤリとする中、仕事開始時間までに職場までみんなを送り届けないといけないという焦りの中、何とか目的地に到着。
職場に着いた時には、すでに全身から力が抜けていました。
そして、到着したのもつかの間。
農場のボスが私に問いかけます。
「Your English is pretty good?」
(英語、けっこうできるか?)
あまりにストレートな質問に、心臓が跳ね上がりました。
本当は全然できない。
自信なんて、かけらもない。
でも、ここで「No」と言えば、
「戦力外」と判断されてクビになるかもしれない。
一瞬で脳内を駆け巡った思考の末、私はこう答えました。
「Yes!」
食い気味に、勢いよく。
まるで自分に言い聞かせるように。
そして、その瞬間から始まったのが、
60歳のOG(オーストラリア人)との二人きりの労働でした。
彼は昔ながらの職人肌で、寡黙で真面目。
英語は強い田舎訛りで、何を言っているのか正直まったく分からない。
この時やっとボスがお前は英語がよくできるか?と、いの一番聞いてきた意味が理解できました。
言葉が通じない私に、彼はすぐに苛立ち始めました。
怒声、ため息、雑な指示――。
それでも、私は逃げませんでした。
「言葉がダメでも、一生懸命仕事をすることで信頼を勝ち取ろう。」
そう、心に決めました。やっともらった仕事を手放さないように。
通じない英語、それでも信頼を掴むまで
仕事内容はシンプルながら、決して楽ではありませんでした。
プランティング(植え付け作業):週に1回ほど
カッティング後の茎・根の除去作業:週4日ほど
土運び作業:簡易的に作られた土壌に、新しい土を補充する作業(不定期)
作業はすべてビニールハウス内で行われ、夏場は40度を超える酷暑。
そんな環境で週5日・1日8時間の肉体労働をこなす日々でした。
ただ、報酬は今までと桁違い。
時給は30ドル弱、週でおよそ1,000ドル(約10万円)。
ブリスベンのバイトでは週0円も珍しくなかった私にとって、「ついに生活できる」と感じた瞬間でした。
とはいえ、すぐに壁にぶつかります。
一緒に働くのは60歳のOG(オーストラリア人)のおじいちゃん。
田舎訛りの英語は聞き取れず、指示もまったく理解できません。
何を聞かれているのかも分からない。
何をしろと言われているのかも分からない。
当然、彼のイライラは募り、毎日のようにため息と怒号が飛んできました。
けれど、私は心に決めていた、
「英語ができないなら、行動で信頼を勝ち取るしかない」
を胸にがむしゃらに食らいつきました。
彼の一挙手一投足を観察し、動きを先読みして行動。
移動は常に走る。返事は大きな声で。
ミスをしても次に繰り返さないようにひたすら次に何をするかを意識していました。
1ヶ月も経つ頃には、仕事の手順はすべて頭に入り、
田舎訛りの英語も少しずつですが、耳に馴染むようになってきました。
“ワイルド・スピード”が繋いだ友情
そんなある日。休憩中、おじいちゃんがふとこう言いました。
「You seen Tokyo Drift?」
(東京ドリフト 観たことあるか?)
最初はピンときませんでしたが、それが
**『ワイルド・スピード:東京ドリフト』**のことだと分かり、
「名前は知ってるけど、観たことはない」と正直に答えると、
おじいちゃんはちょっと残念そうに笑って、こう言いました。
「Ah, you should. That one’s one of my favourites.」
(あれはな、シリーズの中でも俺のお気に入りのひとつなんだ)
「これは、チャンスかもしれない」
私はそう直感しました。
その夜、すぐに『東京ドリフト』を観て、
次の出勤日に、片言の英語で感想を伝えました。
おじいちゃんはニヤッと笑いながら、
「See? Told ya it’s a good one.」
(だろ?いい作品だっただろ)と一言。
それが、彼の初めての笑顔でした。
それから、少しずつ距離が縮まりました。
週末ごとにワイスピを一作ずつ観て、出勤日にその話をする。
冗談を言ってきたり、作業中にちょっかいを出してきたり、
たわいもない会話も増えていきました。
暑い日の休憩時間には、冷たいコーラを渡してくれるようになったのも、その頃です。
“通じない”から始まった関係が、“通じ合う”ようになった瞬間。
英語じゃなくても、
行動と気持ちが伝わるということ。
その手応えが、心の支えになっていきました。
目標達成。そして、初めての“チルな仕事”へ
このハーブファームは、ホステルが紹介する仕事の中でも特に厳しい部類でした。
実は、しばらくしてから「希望すれば他の職場に変えられる」と知ります。
でも僕は、すぐに逃げるようなことはしたくなかった。
「おじいちゃんと仲良くなるまでは続けよう、その時に初めて次へ進もう」
そう決めて、3ヶ月間、全力で働き続けました。その時にはある程度の経験はできているだろう。そう考えていました。
そして、ついに迎えた別れの日。
おじいちゃんは僕に、ゆっくりと言いました。
「You’re the best I’ve ever worked with.」
「If you ever come back, you’re always welcome.」
(今まで一緒に働いた中で、お前が一番だ。戻ってきたくなったら、いつでも歓迎するぞ)
その言葉に、込み上げてくるものをこらえながら、
僕は「Thank you」とだけ言って、強く手を握り返しました。
その時照れながら彼が一緒に撮ってくれた私との2ショットはこれからも私の宝物です。
その後、僕は新しいファームで、パッションフルーツのピッキング作業に就きました。
そこは、今までとはまるで違う世界でした。
木になった果実を、友人たちと音楽を聴きながら摘み取る。
時には落ちた果実を拾いながら、のんびり自然と向き合う。
会話と笑顔の絶えない、まさに“チル”な時間。
「やっと出会えたかもしれない」
心からそう思えた、スローライフなオーストラリアの日々の始まりでした。
次回
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