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【短編小説・#noteでBL】 星々の導くところ(前編)

Liner Notes :本作は、架空の世界を舞台にしたファンタジー小説です。世界観や設定については、本文中で理解して頂けるように書いたつもりですが、念のため固有名詞や登場人物などについて付記します。

サイファ:王国付きの研究者。ある任務を負い、レイナスの民と行動を共にする。
アデュ:レイナスの青年。星読み、と呼ばれる特別な力を身につけている。
レイナスの民:一ヶ所に定住することなく、世界中を旅している彷徨の民族。月を信仰し、男性だけで構成されている。
パンチョ:レイナスの民を指す蔑称。「花盗人」という意味を持つ。
イル・ド・フォボス:太古の火山灰が結晶化した伝説の鉱物。大規模な鉱脈はまだ見つかっておらず、非常な高値で取引される。


楽士たちの奏でる音色が、宵闇に溶けてゆく。

月下の宴は、佳境を迎えていた。

レイナスの民にとって、月は神と同等だ。文字を持たず、家を持たず、国を持たず、大陸中を彷徨する彼らが唯一信仰するのが、あの青白く輝く球体。どんな場所にいても、夜になれば姿を現す月を崇め、讃えるために、毎夜のようにこうして酒宴を催す。

調査のために彼らの旅路に同行して七日。私はすでに、この「月見」と呼ばれる儀式に慣れつつあった。

白く輝く肌を持つ踊り手の少年たちが、薄い衣をなびかせながら、年長の青年たちに囃し立てられ、妖しく舞う。視線が合ったものから順に、天幕の中へと消えてゆく意味は、彼らの風習を知るものでなくとも、容易に察せられる。

レイナスの民に、女性はいない。行く先々の街や都市で、種を蒔き、男児が生まれれば一族に加える。

世の人々は、こうした生態を揶揄し、彼らをパンチョ——「花盗人」と呼ぶ。

「日の国のお方、ちょっとこちらへ」

舞い踊る少年たちを眺めながら盃を傾けていると、年配の男が、焚き火の向こうから私を呼んだ。

部外者を「日の国の者」、と呼ぶのはレイナスの民の習わしだ。彼らの信仰する月に相対するものとして、その名が定着したのだろう。

腰を上げ、彼に近づく。年配の男は、一人の青年を横に連れていた。

レイナス特有の銀色の髪、白い肌、そして異様に整った顔。体に巻きつけた鮮やかな朱色の布が、夜風にたなびいている。

「何か…?」

青年を見つめながら問うと、男は微笑を浮かべながら言った。

「長老から、彼をあなたにつけるようにと」

「私に?」

「ええ、一族きっての腕前を持つ星読みです。必ずやあなたのお役に立つでしょう」

「では、正式に調査の許可が下りたのですね」

「はい、我々は明朝、この場所を発ち北へ向かいます。あなたは彼とともに、東へ。その後の道筋は、彼が読んでくれるはずです」

私は、再びその青年に向き直り、尋ねた。

「名は何と言う?」

鳶色の瞳が、真っ直ぐこちらを見つめ返し、わずかに瞬きをした。

「アデュ、といいます」

「アデュ」

名を口で転がすと、舌に不思議な感触が残った。

「どういう意味だ?」

アデュは、視線をそらさずに、わずかな間を空けて、私の問いに答えた。

「風、という意味です。日の国のお方——」

***

彼らの元へ私が派遣されたのは、ある鉱物を調査するためだった。

イル・ド・フォボス。

「炎の残滓」、という名を持つその赤い鉱石は、太古の火山灰が長い年月を経て結晶化したものだ。死火山の麓でしばしば採れるが、規模の大きな鉱脈はまだ見つかっていない。爪の先ほどの大きさの石で、数十年は働かなくとも暮らしてゆけるほどの金を、得ることができる。

商人も、学者も、鍛冶屋も、皆その鉱物を欲しがる。しかし、最も強くそれを求めているのは、私の仕える王族たちだった。

「サイファ殿、特任です」

王国付きの研究者である私の元へ、使いが現れたのはちょうど十日前——いつものように物々しい服装をした彼らは、無表情なまま、私に向かって任の内容を告げた。

「レイナスの民…?彼らが何故?」

聞けば、シティに立ち寄った一族のうちの一人が、拳ほどの大きさの「石」を、貿易屋に持ち込んだらしい。驚いた主人が出所を尋ねると、青年は、その石が採れる場所を知っているのだと嘯いた。

「彼らがここを発ってまだ数日、砂馬を走らせれば、キャラバンに追いつくはずです」

「同行者は?」

「いません。この任務を知る者は、なるべく少ない方が良い——と」

「他言無用というわけか」

その日のうちに、私は荷物をまとめ、研究室を閉めた。飾ってある花を捨てるとき、ふっと死の匂いが香った。もしかしたらもう、ここへ戻ることはないかもしれない。そんな予感が、私の胸にちらついた。

指定された時刻は、夜明け前だった。

星々が見守る中で、私は使いの者から最小限の荷物を受け取ると、彼らが手配した砂馬に跨り、シティを後にした。荷物には、王から預かったレイナスの民への贈り物が含まれていた。私が一生かけても手に入れることができぬほどの、大金だ。

彼らがそれを受け取るかは、正直なところ分からなかった。しかし、受け取れば間違いなく、調査への道筋がつく。

私は、彼らが去ったという方向へ砂馬を走らせ、二日ほどでキャラバンを見つけた。

長老は、柔和な笑みを浮かべた小さな老人だった。私が目的を話し、贈り物を差し出すと、意外なほどにあっけなく、彼はそれを受け取った。

「日の国のお方、すぐに答えは出せません。今しばらく、あなたのお人柄を知るための時間を私にください。あなたが信頼に足る人物であれば、我々はこの金に値するものを、あなたに授けるでしょう」

そうして彼は、約束通り一陣の「風」を、私に与えてくれた。

***

夜明けの空気は凪いでいた。

長老は多くを語ることなく、私に向かってうやうやしく礼をすると、付き人に助けられながら砂馬に乗り、一族を率いて小さくなった。アデュと引き合わせてくれた男が、去り際に私に向かって囁いた。

「星読みは、閨での業も心得ております。あなた様の旅が、どうか楽しいものになりますように」

私は何も言わずに頷くと、砂馬を走らせる彼を見送った。あとには、アデュと私だけが残った。

昨夜まで広げられていた天幕は見事に片づけられ、キャラバンは跡形もない。彼らの旅立ちは、何度見てもまるで魔法のようだ。夢のあとのような砂原を見渡しながら、私はアデュに向かって言った。

「とりあえず東へ向かうのだな、どれほどの旅になるだろう?」

「どれほど、というのは?」

振り向くと、アデュが、真っ直ぐな眼差しでこちらを見た。拒絶することもないが、受け入れることもない。その視線からは、そんな色が漂ってきた。

「何時間か、何日か、それとも——」

「ああ」

心得たというように、彼は頷いた。

「それは…まだ分かりません。僕らにはあなたたちのように時を数える習慣がないから。でもきっと、星を読めばその場所に辿り着けるはずです」

「昨夜の星は、お前に何も語らなかったのか?」

「…はい、まだ何も」

意地悪をするつもりはなかった。俯くアデュの美しい横顔を眺めながら、私はクスリと声を立てて喉の奥で笑った。

「すまない。無礼なことを尋ねた。たとえどれほどかかろうと、お前の導くところへ行こう。先に砂馬を出してくれ」

「分かりました」

不意に風が吹き、アデュの顔を彩る銀の髪を巻き上げて砂原の彼方へと去って行った。彼もまた、どこかの街で撒かれた種が咲かせた花なのだろうか。唐突に、そんな考えが私の頭をかすめた。

「お前はどこの生まれだ、アデュ?」

砂馬に跨る彼を見上げ、私は尋ねた。アデュは、少しだけ眉をひそめると、首を横に振った。

「知りません、日の国のお方。僕は——風ですから」

「サイファだ」

私は言った。

「え?」

「私の名前。驚いたか、お前だけでなく、私にも名があるのだよ」

笑みを浮かべると、アデュは戸惑ったような顔をしながら、「サイファ」と口の中で呟いてみせた。

「どういう意味ですか?」

私は、地面を蹴って自分の砂馬に跨りながら、尋ね返した。

「どういう意味だと思う?」

「…さあ、僕は日の国の言語に深く通じていないので」

雲がちぎれて、狭間から差した陽光が目を射た。眩しさに目を細めながら、私は砂馬の手綱を握って言った。

「月、という意味だよ、アデュ」

***

生まれた場所を知らない、というのはどんな感覚なのだろう。それどころか、自らの母親や、恐らく父親の顔さえ、彼は憶えていないに違いない。けれど、アデュは少なくとも、孤独ではない。私とは違い、彼には同胞がいる。

真の孤独とは、一体何を指すのだろう?

「サイファ、様?」

名を呼ぶ声に、黙考していた顔を上げると、前を行くアデュがこちらを振り返っていた。心配そうな瞳と目が合う。

「すまない、考え事をしていた」

「いえ、こちらこそすみません…邪魔をして」

私は首を横に振った。

「いや、邪魔ではないよ。旅に道連れがいるのは良いことだ。それで、何か聞きたいことでも?」

「え、ああ、はい。あの砂丘が見える辺りに、レイナスの休息場があります。今日はそこで、休もうかと」

アデュが指差す方向へ目をやると、小高い山のように盛り上がった砂の塊が視界に入った。まだ心配げにこちらの顔色をうかがっているアデュに、笑顔を見せる。警戒を解いて欲しくて作った表情だったが、アデュは戸惑ったような顔でこちらを見るだけだった。

そういえば、彼が笑うのをまだ見たことがない。

すでに、キャラバンのあとを発って半日以上が過ぎていた。

「もちろん構わないよ、天幕を張る手間は要らないのだね?」

「ええ、岩の窪みに、風が穿った穴があります」

「それは結構」

私は、アデュに向かって頷いて見せると、砂馬の手綱を握る手に力を込めた。

「では競争をしようか、アデュ」

「競争?」

「ああ、先にあの山へ着いた方が勝ちだ」

「勝負事、ですか?」

太陽が、アデュの銀色の髪を煌めかせる。まるで、湖面に光が差しているかのようだ。

「そうだ、勝負事は嫌いか?」

「いえ、そういうわけではありませんが…」

「ならば決まりだ、遅れを取るなよ」

私が、不意を突いて砂馬を走らせると、慌てたような顔で手綱を握るアデュの姿が視界に入った。その表情に、これまで見たことのないあどけなさが滲むのを、私は見逃さなかった。

「それは、ズルです!サイファ様」

驚いたような声が、私の背中を追ってくる。私は不思議に快い気分で、砂塵を巻き上げながら砂馬を走らせた。

「日の国の勝負事にルールはないのだよ、アデュ」

笑い声が追ってくるのを、一瞬だけ期待した。しかし、耳に届いたのは砂馬の蹄が地面を蹴る音だけだった。それでも、彼の調子を崩させただけで、私は何故か満足していた。

理由は、自分でもよく分からなかった。

***

刃のように冴えた月が、夜空に浮かんでいる。

レイナスの休息場は、一夜の宿としては申し分がなかった。岩肌に穿たれた穴は、洞窟のように深い窪みになっていて、夜の砂原の冷え冷えとした空気から身を守ってくれる。

アデュが手慣れた様子で火を熾すと、二つの影が壁に長く伸びた。古の民が描いた下手くそな壁画のようだ、と私は思った。

結局、勝負に勝ったのは「ズル」をした私の方だった。その報酬として、私は一つだけ、彼に何でも命じることのできる権利を得た。私が自分の望みを伝えると、アデュは不思議そうな顔で、「そんなことで良いのですか?」と首を傾げた。

彼にとっては、当然のことなのだろう。

しかし、私にとっては違った。

火を囲み、二人で干し肉を齧る。アデュは、とても静かに乾いた肉を咀嚼し、ゆっくりと飲み込んだ。まるで少年のように細い喉元が、炎に照らされて赤く揺れた。私はそれを、飽きずにじっと見つめていた。

「明日はどれくらい進むことができるだろう」

肉を食べ終えると、私はアデュに向かってそう尋ねた。アデュは、静かに立ち上がって、穴の入り口を眺めた。

「そうですね、道のりの半分ほどは——」

「星を読んでいるのか?地図がなくとも、お前には道が見えるときいた」

「ええ」

「その業はどのように習った?」

「長老が、教えてくれました」

私は、アデュの背中に目をやりながら言った。

「お前を紹介してくれた者が、私に告げた。お前は、閨での業も心得ていると」

そう言った瞬間、炎が爆ぜて、小さな音を立てた。アデュは、ゆっくりとこちらを振り返ると、静かに言った。

「その通りです、サイファ様」

その表情に、やはり笑みはなかった。ただ、まっすぐで純粋な色が滲んでいるだけだ。私は、さっき喉元に目をやっていた自分を、ひどく恥ずかしく感じた。

「すまない、今の言葉は忘れてくれ」

「…?」

「私の望みは、さっき伝えた通りだ。ただ一晩、寄り添って寝てくれるだけで良い」

「はい、もちろんそれは構いませんが…」

二人の間に沈黙が降りた。夜風が、不意に耳にうるさくきこえた。競争の際にアデュが見せたあどけなさは、すでにどこかへ消えていた。闇を背負って、赤い炎に照らされる彼の姿は、月だけを崇拝して彷徨を続ける「花盗人」そのものだった。

身を横たえ、炎を消すと、夜が二人を包んだ。私のすぐそばに、アデュはその体をぴたりとくっつけてきた。静かな息遣いが、すぐ近くできこえる。

私はまるで、母の傍で眠る子供のように、目を閉じた。

アデュの体に染み込んだ砂の香りが、鼻腔に満ちる。

ほんの一瞬、消したはずの炎が、私の胸の奥で閃いた。

瞼を開け、彼の方へ寝返りを打つと、そこには無垢な顔つきで寝息を立てるアデュの姿があった。私は、再び自分を恥じ、彼と同じようにもう一度目を閉じた——

(つづく)


お読み頂き、有難うございました。よろしければ後編もお読み頂けると嬉しいです↓


なみ様の素敵な企画「noteでBL」のお題開放に乗っかり、武者修行のために書いてみました。私の選んだお題は「月見」「パンチョ」「火山灰」。現実で処理しきれなかったのでファンタジーに逃避…笑
続きは近日中に投稿いたしますので、よろしければお付き合いください。
なみさん、今回もどうも有難うございます!

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