短歌:雪は解ける
濡れ雪が重なりあって死んでゆくさまはさしずめ偽善の終わり/銀猫
ぬれゆきがかさなりあってしんでゆくさまはさしずめぎぜんのおわり
しつこく、雪の話をします。前回のしつこいのは、こちらです。
雪は解けるものです。
こちらの記事の中で「雪解け時期の街は汚い」と書きましたが、ほんと、この時期は外を歩くのが嫌になります。なんなら、クルマで街を走るのもイヤ。目にするものが汚いから。
雪が解けてくると水溜りが多くなり、土が混じると泥になって汚い。それはそうなんですが、わたしが住んでいるのは一応大都市なので、土混じりの道路なんて、ほぼありません。オフィス街や住宅地であれば、なおのこと。
では何が汚いのか。
ゴミその他が雪の下から出て来るんです。それらは溶けてなくなったりしませんから、海洋汚染のごとく雪の下から現れます(というか、海洋汚染の前段ですね)。食べ物の包装だったビニール袋、コンビニの袋、なぜか片方だけの靴、車道からはホイールキャップや壊れたシャベル(地方によってはスコップ、大きい方です)。ときどきホイールそのものが出てきたりするんですけど、あれはどういうことなんでしょうかね(たぶん、事故の跡です)。その他もろもろ。
降り積もる雪は、一時的には隠してくれるでしょうが、それで終わりではないってことです。
けっこう以前のことですが、冬季に行方不明になった小学生が、雪解けによりスーパーマーケットの駐車場の雪山(駐車場を除雪した雪を一ヵ所に集めておく)の中からご遺体で発見された、ということがありました。たぶん、雪山に登って遊んでいて、埋もれてしまったのでしょう。痛ましい出来事でした。
雪が生活の一部だと、こういうことが周囲で発生し得るわけで、やっぱり「きれいね、儚いね、静かだね」だけでは済まない現状が存在するのです。
それでも、春が近づいて来れば(わたしの場合は夏を待っていますけれど)うれしいし、雪があるから、寒い冬があるからそのよろこびが何倍にもなっている訳で、雪を疎ましく感じているだけでもないといえばないんですけれど。
それにしても、昨日の大雪はひどかったようで。市内に大雪警報がずっと出ていました。わたしが住んでいるあたりはほとんど降っていないのですが、同じ市内なのに気の毒なくらい降り積もった地域がありました。バスも止まったようですし、雪害レベルの降雪は、ご勘弁いただきたいですね。
週間天気予報を見ると、真冬日はもう来ないような感じですが、毎年、最後の大荒れ吹雪は、だいたいお彼岸の頃なんです。
いまから夏を待っているわたしですが、実際のところ、春すらもう少しがまんしなくてはなりません。
ところで、この記事は599記事目です。つい先日まで知らなかったのですが、noteは600記事までしか公開できないとのこと。消える訳ではなくて、自分では見えるそうなんですが、公開記事は600がMAXのようなんですよね。
ということで、601記事目が公開されると、順次note初日の記事からひとつずつ読めなくなっていくのだと思われます。
昔の記事を掘り出して読んでくださる方はそうそういらっしゃらないかと思いますが、そういうことになりそうなので、お知らせです。
すべて伝聞調で申し訳ありません。自分の理解がそのレベルなもので… うっかり古い記事にリンクつけて、飛んで行けないようなことにならないようにしなくては。
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