『選ばれる人』第五話(全十六話)
第五章 余波
二度目の奇蹟は起きなかった。
優勝したのは、昨年の大陸選手権でも敗れた格上の強敵だった。
「昨年の雪辱を果たせ」
そうしたかけ声もむなしく、試合序盤に大黒柱の椎名がアキレス腱を負傷して、代わりに出場した多岐川は奮闘したものの、いちばん注目された試合でチームは試合をさせてもらえなかった。
勢いだけでは越えることのできない「世界の壁」の高さを知っている競技にくわしいファンはあまりその結果には驚かず、むしろ準決勝の勝利の価値を重んじ、大いに讃えた。
しかし、大躍進の騒ぎに煽られて、にわかに注目した一般のテレビ視聴者は、あまりに呆気ない敗北の体たらくに唖然とした。
騒ぎに乗った自分を恥じる代わりに、メディアの大袈裟な報道を非難し、またすぐにすべてを忘れて日常に戻った。
それでも、潜在予備群であったファンの掘り起こしに成功した協会や関連業界は、大きな手ごたえをつかんだ。
テレビ中継をした局では、大会後に「グランプリ総括」と銘打って、急遽特別番組を放送した。
番組内の企画のひとつとして、元代表選手、異なる競技での元代表選手、人気タレント、大学准教授を集めた座談会が行われた。
司会はテレビ中継の実況を務めた渋井で、元代表選手の柏木に丁寧に確認しながら、ひと通り今大会を振り返った。
そしてチームの大会準優勝という快挙の波及する「さまざまな相乗効果」に話題を向けた。
「局のほうにも、今大会の代表チームの活躍から、たくさんの勇気や希望をもらったという視聴者のみなさんからのメッセージが、本当に数多く届いていますが……」
違う競技の選手で、今は代表から外れているが現役を続けている福田と、あけすけな物言いが異彩を放って、かえってお茶の間の好感度を上げているタレントの小松が、そろって同意する。
「競技は違うのですが、年齢の近い安部選手の活躍には刺激を受けました。自分だってまだやれる、やらなきゃ嘘だという気持ちになりました」
引退も噂されている福田が語気を強めた。
競技にくわしくはなかったが、スペシャルサポーターとして起用されて、テレビ中継のある日本戦を観客席で観戦し、すぐに椎名のファンになったという小松が続ける。
「それにファンの人たちからの応援が、また選手たちの勇気や希望にもなるわけですから、まさに相乗効果だと思います。
私も試合中は自分でも驚くほど大声で応援しましたから」
渋井に促され、名門私立大学の准教授で、さまざまな分野への辛辣な言及で知られる社会学者の宮前が口を開いた。
「勇気や希望が、そう簡単に人からもらえるとは思えませんが、相乗効果としていちばんに挙げられ、重視されるのは経済効果だと思います。
今回の準優勝によって、次の世界大会ではさまざまな権料が跳ね上がるのは必至です。
チームが強くなればなるほどビジネスとしての価値が上がり、大きなお金が動きますから、ステークホルダーは万々歳でしょう」
「確かに、経済効果もありますね」
苦笑いしながら渋井が頷く。
「でも、代表の選手たちは、お金のためにがんばったわけではありません。そこは誤解しないでもらいたいですね」
選手時代は藤堂の後塵を拝したが、引退後は、親しみやすい人柄とわかりやすい解説でメディアに重宝されている柏木が、宮前の話の内容というよりも、その口調に若干の不快感を示した。
「私は、勇気や希望といった曖昧な相乗効果ではない、目に見える相乗効果を話したまでです。
ただ選手たちも、代表チームでの活躍が、クラブチームに戻ったときの、また他チームに移籍してキャリアアップするときの待遇や契約に大きく影響することを承知しているわけですから、がんばったのはお金のためではないと言い切るのはどうでしょうか?
それにお金は、安定した選手生活を送るための基盤であって、そんな風に度外視すべきものではありません」
宮前は涼しげにいなし、続ける。
「ビジネスとして成立しなければ、グローバルな発展などあり得ません。
テレビ中継があれば必ず観るとか、入場料を払ってでも、生で観るために試合会場に足を運ぶという人が多くいてこそ、選手になりたがる人も増え、裾野が広がって競争が生まれ、自動的に競技レベルも上がるんです。
観る人も報酬も少なければ、優秀な人材は集まりませんよ。
これは批判ではありません。
まだプロ化にまでは至っていませんが、多いときには一年に3つも4つもビックイベントが開催できる人気競技なんですから、それこそ、夢が膨らむドル箱ビジネスへ向けたさらなる成長を期待しているんです」
露悪的にしゃべる宮前への不快感を募らせながらも、反論の言葉に窮している柏木を助けるように、福田が口を挟んだ。
「先ほど宮前さんは、選手の活躍やファンの応援からもらう、勇気や希望について否定的な意見を少し仰いましたが、それは違うと思います。
どんなにビジネス化しても、スポーツにはお金には代えられない力があると思います」
「宮前さんは勉強はできるんでしょうけど、実はスポーツが苦手というか、嫌いなんじゃないですか?」
運動ができない秀才にありがちなコンプレックスが、斜に構えている態度の底辺にあるのだろうと小松が邪推した。
納得したように半笑いで頷く福田に、宮前が言った。
「スポーツには、お金に代えられないような魅力があると思いますよ。
ただ、そんな特別な力は、簡単に人にあげたり、人からもらったりできるとは思えない、という感想ですよ」
「もちろん簡単ではありません」
福田は唾を飛ばす。
「それにしては、勇気や希望をもらったと公言する人が多すぎます。
そう言わしめるメディア側の情報操作や、感動の同調圧力が働いているんじゃないでしょうか?
あと、どうでもいいことですが、よく言われることなのでここではっきりさせておきますと、私はスポーツが苦手ではありません。
運動神経はいいほうで、自慢じゃありませんが空手二段なので、福田さんくらいなら数秒あれば倒せます」
宮前の挑発に福田が顔を紅潮させる。
「また、ついでだから言わせてもらうと、もともと団体スポーツは、あまり好きではありません」
「なぜ?」
小松が質す。
「信賞必罰というか論功行賞というか、結果から導き出される評価の基準が明確にならないからです。
団体スポーツは、勝てばみんなの手柄、負ければみんなの責任という前提がありますから、個々の選手への評価がどうしても二の次になります。
また、優秀な選手の場合でも、優秀でないチームメイトのせいで実力以下の成績しか残せないという弊害が出てしまいます。
当然、その逆もありますが……」
「宮前さんは、チームでつかむ勝利の価値がわかっていらっしゃらない。
試合に出場しないベンチの控え選手や、ファンの応援も含めて、みんなで力と心をひとつにして得点し、失点を防いで手にする勝利だからこそ大きな意味があるんです」
ようやく柏木が、不快感を超えた嫌悪感を口にした。
言い足りないが、それ以上の言葉が続かない。
司会の渋井が柏木の発言を拾った。
「チームワークは、混迷する現代のキーワードになるんじゃないでしょうか? みんなで力を合わせ大きな困難を乗り越えていくことの大切さです。
多くの人の胸を打った準決勝の試合がよい例です。それを選手たちが身をもって教えてくれたのでは?」
渋井は、事前の編集的な目論見へと話をまとめていく。
福田と小松は同意した。
宮前は同意しなかった。
「観客が個人的にスポーツをどういう文脈で捉えようと勝手ですが、伝えるメディア側があまり大袈裟な意味づけをして、一般大衆を煽動しないほうがいいと思いますが……。
煽動の挙句の果てに『椎名選手が国会議員になれば国がよくなる』なんていう、性懲りもない思考の飛躍を生みますよ」
政党からの熱心な誘いもあり、引退後の政界進出を視野に入れていた福田は、脇の下に冷たい汗を滲ませた。
地頭のよい小松は呆れた。
『ほどほどにしておけば、みんなから笑ってもらえもするだろうに。
この学者はどこまでも人の話に水をさして、駄々っ子のように自分勝手な優越感に浸って悦んでいる。要するに、馬鹿だ』
柏木の心は、もはや宮前への嫌悪感で満たされていた。
『世の中にはいろんな人がいるのはわかるが、何て不潔な人なんだろう?
空手の指導者は、なぜこんな汚らわしい人に武道を教え、また何をもって段まで与えたのだろう?』
そう思うと柏木は、よく知りもしないのに代表チームを軽んじて憚らない宮前という人間の顔を見るのも嫌になった。
それでも柏木は、座談会のあとで自問自答した。
『選手生命を賭して跳んだ梶は、(個人的な理由はあったにしても)決してお金なんかのために跳んではいない。
自分のことだけを考えてプレーしていたなら、椎名はアキレス腱を切らなかっただろう。あれは、まず不可能に近い勝利を可能にするために、無理を承知で一か八かの攻勢を仕掛けた結果だった。
椎名の無理は、梶の無理以上に無私の行為だった。
ではそれは、国の代表として背負った日の丸のため、応援してくれているファンのためだと言い切れるか? それだけではないだろう。
では、競技そのものへの愛やリスペクト? それだけでもない。
すべて巡り巡って「結局、自分で選んだのだから、やはり自分のためだ」と言われれば否定はできない。
ただ、それはエゴではないのだ。だからこそ、人の心を動かすのだろう。
その源泉が何なのかは、よくわからない。
かつて代表選手であった自分でもよくわからないのだから、宮前なんかにわかるはずがない……』
(第六話につづく)https://note.com/sin_sen/n/n51ff568bdd97
(第四話はこちら)https://note.com/sin_sen/n/ncd48fe26c133
