『選ばれる人』第四話(全十六話)

 

第四章 インタビュー


 準決勝の奇蹟的な勝利は大きな反響を生み、大会と代表チームへの世間の関心は大会前に輪をかけて広がっていった。
 決勝戦までのわずかなインターバルですら、その注目に応えるために提供されるメディア側の材料が不足した。
 そこで大会途中にもかかわらず、笹本監督のみならず、主な選手たちへの異例の単独インタビューの席が設けられることになった。
 メディアはあからさまに、スター選手の椎名と多岐川だけでもいいので、長時間のインタビューがしたいと要望した。
 試合に悪影響しか及ぼさないと監督やコーチは反対したが、協会はOKを出した。ただ協会は、インタビューにはコーチが同席し、短時間ずつ、かつ主要メンバー全員に行うという条件をメディア側に提示する。
 笹本の意向により(親しみやすさを強調すべく選手たちを軽薄なタレントまがいに扱うメディアに日ごろから反感をもっている)ヘッドコーチの宮本が同席することになった。
 普段(競技以外のことばかりに関心を寄せる)メディアを邪険にあしらうことに自負すら抱いている宮本の大人げなさに困惑している笹本だったが、こんなときこそ適任だと判断した。
 徹底して「みんなが知りたがっていること」にだけ敏感なメディアは、「梶のようなこと」でも起きなければ記事にはならない森崎や関口といった華のない選手たちへのインタビューついては、身構えていた宮本も拍子抜けするほど簡略に切り上げた。
 ただ、梶の大怪我について話した森崎が感極まって泣いたため、その様子は編集されて、梶のスタメン落ちにまつわる「秘話」とともに繰り返し喧伝された。

 多岐川のインタビュアーは、異性で、多岐川のファンだった。
「決勝進出、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「大活躍ですね」
「そんなことはありません」
「代表としてはじめて参加した今度の大会では、学ぶことが多いんじゃないですか?」
「はい。本当にこの短期間に、いろんなことを凝縮して経験させてもらっているので、ちょっと心の整理がついていない状況です」
「監督も椎名選手を変えてまで積極的に多岐川選手を起用しているようですが、その辺の期待についてはどう思われますか?」
「試合展開が楽になってからが多いので、経験を積ませてもらっているんだと思いますが、出たときには少しでもチームに貢献したいと思っています」
「でも、準決勝では負傷した梶選手に代わる大事な場面で、しかも普段とは違うポジションでの出場となりました。
 あのときの気持ちはいかがでしたか?」
「監督から多岐川行けと言われたときは、正直、どうしようもないくらいに脚が震えて、とても無理だと思ったんですが……。
 山田が声をかけてくれて、円陣のときにも安部キャプテンが気合いを入れてくれたので、覚悟が決められました」
「山田選手からは、どんな言葉を?」
「ひと言なんですけど、頼む、って」
 インタビュアーは大きく頷いた。これは記事になると思った。
 多岐川と山田はポジションこそ違っても、次世代の代表チームを担うべき逸材として期待され、若くしてメンバーに抜擢された、いわばライバル同士でもある。
 華のあるなしでいえば比較にはならないが、お互いに意識せざるを得ないような関係であるふたりの気持ちが、梶の予期せぬアクシデントをきっかけに通じ合ったのだ。
 ライバルのひと言で、震えていたスターは見事に羽ばたいた。このことについては、山田にも追加取材をしたいと思った。
「いつもは冷静な安部選手も、あのときばかりは、絶対に勝つと叫んだそうですね」
「はい、ものすごく気合いが入りました」
「多岐川さんのプレーは、観衆の注目を集め、重苦しかった会場の雰囲気を一変させるほど素晴らしいものでした」
「無我夢中だったので、ほとんど覚えていません」
 インタビュアーは、また大きく頷いた。
『素敵なコメント。それでいい。スターは、その魅力を本人が自覚していたり、ましてや分析して語ったりするべきではない。
 スターの底知れない魅力を誰よりも十全に知っていると自認して然るべきなのは、本人では決してない。
 それは、あまた存在する浮気で欲求不満なファンの一人ひとりでなければならないのだ』

 インタビュアーは話題を変えた。
 競技や試合にからめた訊き方ではあったものの、くだけた口調になって、恵まれた容姿も含めた人気の急上昇、応援してくれている家族や友人たちの明るいエピソード、同室の椎名との日常会話、わずかなしかない自由時間の過ごしかた、日常的な験かつぎ、試合前に聴く音楽、髪型や髪色の変化など「みんなが知りたがっていること」へと話は広がった。
 話題が多岐川の恋愛観に及んだところで同席する宮本が割り込み、唐突にインタビューを打ち切った。
「は?」
 インタビュアーは、宮本の挙動の意味が飲み込めない。
「だから、時間は事前に決めてあったでしょう。もう時間ですよ」
 宮本は有無を言わせぬ口調でこたえた。
『たかがコーチの分際で、何なんだ?』
 口には出さなかったが、インタビュアーは気色ばんだ。
 予定された時間は目安であり、「こちらの希望」に合わせて少々の超過はあって当然だと思っていた。
 自分はメディアの代表なのだ。
『それを、たかがコーチの分際で』
 宮本が促し、多岐川が申し訳なさそうに席を立つ。
「では、最後にファンの方々に決勝への意気込みを」
「与えられる役割を精一杯こなします」
 宮本に肩を抱かれた多岐川は、振り返りながらそうこたえると、部屋から消えた。
 インタビュアーは、あれもこれもと徹夜で用意した質問の数々が記されたメモ帳を床に放り投げた。
 競技に関して訊くべきことは訊いた上で、徐々に肩肘を張らずにこたえられる質問も織り交ぜて胸襟を開き、この取材をきっかけに連絡先を交換するなどして多岐川と懇意になるつもりだった。
 それなのに、あまりにも僭越なコーチのせいで、その多くが(特に多岐川に個人的な好印象を残すためでもある質問の大半が)訊けず仕舞いになってしまった。
 インタビュアーは、宮本の不遜な態度については、「上から」厳重に抗議してもらおうと思った。

 チームのエースである椎名へのインタビューは、テレビで試合を実況している渋井が担当した。
「まずは決勝進出、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「準決勝の試合終盤に見せた椎名さんの迫力はすごかったですね。
 陳腐な表現で恐縮ですが、これぞ代表チームのエースとして君臨する人のオーラだと、本当に感動しました」
 椎名は無言で頭を下げる。
「あの日、チームの調子はよくなかったと思うんですが、やはり、梶選手のプレーがチームを奮起させるきっかけになりましたか?」
「はい」
「結果的に大変な重傷を負うことになってしまいましたが、梶選手の決死のプレーが代表チームを救ってくれたわけですね」
「そのとおりです」
 梶は、左ひじを骨折しただけでなく、右目を失明しており、それはすでに関係者の誰もが知るところとなっていた。
「われわれ一般人には到底及びもつかないことですが、あの試合の梶選手のように、身の危険を顧みず選手生命を賭けてワンプレーに全身全霊を傾ける選手の心中というのは、どういったものなんでしょうか?
 一部では今回の結果を受けて、トップアスリートの危険なプレーについて批判的な報道もなされていますが……」

 椎名は少し考え込むようにして黙った。
 宮本が身を乗り出して口を挟もうとするのを、椎名は遠慮がちに制して、素直に自分の思うところを口にした。
「選手も普通の人間です。今回のように、選手が身の危険を顧みず跳ぶのは個人の意思ですが、跳ばせてしまう要因というか背景が、ほかにもいろいろあるんじゃないかと思います。
 だから、子どもたちの見本や模範となるべきトップアスリートのプレーとしていかがなものかという批判にしても、選手個人の認識だけの問題にするのは少し違うような気がしています」
 渋井の顔色が変わった。
『ここは、こと競技に対しては、トップアスリートは一般人の尺度では測れない特別な精神構造をもち、たとえ危険とわかっていても勝利のためなら、あとさきを考えずに、まず体が反応してしまう傾向がある、といったこたえが望ましい。
 そして、危険を顧みないプレーは、あくまでも選手個人の問題でなければならない。そして、残された選手たちが(同じ選手だからこそ理解も共感もできる)その悲劇を気丈に乗り越えて、悲願の勝利と栄光をつかまなければならない。
 チームの勝利によって、個人の犠牲は報われ、それを観る者は非日常的な感動に包まれるのだ。
 試合中の選手が普通の人間であっては困る。
 ましてや梶の意思のほかに、梶を跳ばせてしまった要因や背景をメディアが積極的に探るわけにはいかない。
 まれに、善人ぶってそれを恥ずかしげもなく平気で探ろうとする自己矛盾したメディア関係者もいるけれど、そんな「偽善者」たちと歩調を合わせるつもりはない……』
 渋井は、意味もなく何度も頷いて見せただけだった。

 しかたなく話題を変える。
 椎名の現在の調子、チームの雰囲気、決勝での対戦国の印象などに関する質問を続け、最後に「応援してくれるファンのみなさんへのメッセージ」を求めた。
「ここまできたら何が何でも優勝をという期待が高まっています。
 応援しているファン、いや日本のみなさんへ、チームのエースである椎名選手の口から意気込みを聞かせてください」
「タフな試合になると思いますが、チームがひとつになり、結果を求めて、精一杯がんばりたいと思います」
「戦列を離れざるを得なくなった梶選手の思いに報いるためにも、頂上決戦は負けられませんね」
 渋井がつけくわえた。森崎のように泣かないまでも、最後に椎名の感傷的な表情が欲しかったのだ。
 椎名は曖昧に頷き、安部の言葉を思い出しながら言った。
「……負けてもいいと思って戦うことはありません。ただ、相手のあることなので、チームにできることは自分たちの力を尽くすことだけです。
 準決勝では、梶さんのために何が何でも勝とうと全員が思ったことは確かですが、あのときは誰も望んでいなかったアクシデントが招いた、少し異常な状態でした。
 あんなに悲しくてやりきれない思いでスポーツをしたくないので、梶さんのためにも負けられないと言われると、ちょっとつらいです……」
 渋井の望みどおり椎名は感傷的にその端正な顔を曇らせて話したが、その内容は望みどおりのものではなかった。

 インタビューを終えた渋井は、「椎名の最後の発言は使えない!」と憤慨しながら、随行していた後輩スタッフに不満をぶちまけた。
「椎名があんなに甘い人間だとは思わなかったな。
 もちろん個人的にはみんな、二度と梶のような悲劇は望まないと思うよ。気の毒だから。……でもさあ、それがなければ勝利や感動にはつながらないなら、それがあれば勝利や感動につながるなら、椎名には申し訳ないけど、みんなどこかでそれを望むよ。
 そのかわりに、ご褒美はたくさん用意してあるんだから、あとはなるべく上手に跳んでほしいということだよね。がんばりますけど無理はしません、なんて事前に言われると正直白けるでしょ。
 跳ぶのが怖い人に、代表選手の資格はないよ、そう思わない?」

「ちょっとそれは、選手に冷たすぎませんか?」
 後輩スタッフが、渋井の尖った感情の中和を図る。
 選手でもないのに選手の立場でものを考えようとしている後輩の、安易なバランス感覚に渋井はさらにいらだった。
「だから、それが個人と集団の心理の違いでしょ。
 個人的には優しくても、匿名の不特定多数、つまり大衆は残酷なんだよ、とっても。どっちが人間の本性か知らないけどさ。
 常に崖っぷち、境界線上に立たされて戦っている選手たちの姿を見るからこそ感動もするし、リスペクトもするんだよ。
 その成果に与えられる破格の富や名声は、そんな異常な世界に身を置かれても生き残った人たちへの贖いのようなものでしょ。
 普通じゃ駄目なんだよ。
 それが嫌なら、やめればいい。普通の人に戻ればいいんだ。
 誰も強要はしない。だって替わりはいくらでもいるんだから」

(第五話につづく)https://note.com/sin_sen/n/n09948341ba96
(第三話はこちら)https://note.com/sin_sen/n/ne6050ca5d65d

いいなと思ったら応援しよう!