『新ソロモンの審判』第4話(全11話)


第4話「自信過剰なストーカーと、人魚姫の純愛」


加害者ではなく被害者

 ここは王国を統べるソロモン王の執務室。
 丘の上に建つ宮殿の最上階にあって、バルコニーからは城下の美しい都が見渡せる。
 王の側近であるシバの女王、ミカエル、ベリアルが顔をそろえた。
「前代未聞の確信犯です!」ミカエルが声を荒げる。
「いにしえから幾星霜を経て今日に至る人の世で、『前代未聞』のことなどめったにあるものではございません」シバの女王が静かに制す。

「逮捕されたストーカー殺人未遂犯のことですが、自分は加害者ではなく、むしろ被害者だと主張し、格別の情状酌量をされてしかるべき悲劇の主人公のように振る舞っているというのですから」
 ミカエルが呆れたように言い放った。
「心神喪失による不起訴をねらった狂言では?」
 ベリアルが呟く。
「いえ、『理由はどうあれ』と強調した上で、人を殺そうとした罪の意識は隠さず口にしています」とミカエル。
「では、心神耗弱と情状酌量による減刑ねらい?」とベリアル。
「まあ、自分のことを被害者と捉えているくらいですから重刑を科せられるのは不本意なのでしょう。ただ、私には彼女の一連の言動が量刑のかけひきとは思えないのです」とミカエル。

「彼女?」
 シバの女王が少し意外そうに確かめる。
「はい、犯人は女性です。それもストーカーに対するいわば先入観を大きく覆すような容姿端麗な女性なのです」
 ミカエルが応じた。
「容姿端麗な女性ストーカー」
 にわかに興味を示しはじめたソロモンをシバの女王が睨む。
「ところで、幸い一命は取り留めたという被害者は?」とソロモン。
「財閥企業の御曹司で、頭脳明晰かつ運動神経抜群、何より白皙の貴公子と謳われるような美青年だったそうです」とミカエル。
「白皙の貴公子」
 興味を深めたシバの女王をソロモンが睨んだ。
「美男美女の愛憎劇ということですか」
 まったく興味がなさそうにベリアルは言った。
「頭脳明晰で運動神経抜群な白皙の美青年だからといって、性格までよいとは限らないだろう。逮捕された女性ストーカーが主張するように、実は本当に悪かったのは男のほうだったかもしれないじゃないか」
 ソロモンが女を擁護した。
「とはいえ、男は殺されかけ、殺そうとしたのは女です」
 シバの女王が男を擁護した。
「情状酌量の余地があるかもしれないということだ」
 ソロモンも言い返す。
 ミカエルが二人の間に入って言った。
「女王様に与するわけではありませんが、殺されかけた御曹司の人となりがどうであれ、私は殺そうとした女に同情する気になれません」
「彼女が悲劇の主人公なら、同情の余地はあるでしょう」とベリアル。
「彼女が悲劇の主人公なら、そうであって然るべきでしょう。
 ところが、私が悲劇の主人公に抱いているイメージと実際の彼女は大きくかけ離れています。あくまで私の偏見ですが……」
「もっと具体的に説明してくれ」
 いらだつソロモンに、ミカエルがあわててこたえた。
「人を悲劇の主人公たらしめる『奥ゆかしさ』がないのです。自分を真っ向から正当化する言動に私は好感が持てません。あくまで偏見ですが……」
「それはおもしろい」
 ベリアルが興味をもった。
 

つまらない男に興味はない

 ソロモン王は国家元首の特別措置として、司法による刑の確定および執行前の女性ストーカーを晩餐に招いた。
「お招き有難うございます。
 恋人に刃を向けざるを得なかった事情をお話しすることで、王様の恩赦がいただけると伺って参りました」
 晩餐用にドレスアップした美貌のストーカーには強烈な存在感があった。
 よく通って響く声や、堂々とした立ち居振る舞いは、ソロモンたちを魅了するというよりも圧倒した。
「聞きしに勝る美女だな……」
 ソロモンが思わずつぶやいた。
「ただ、ミカエルの言うように悲劇の主人公には見えません」とベリアル。
「王様の恩赦を確信しているかのような口ぶりね」とシバの女王。
「とにかく彼女は、自信過剰なのです。過剰ではなく、それ相応に誇るべき長所も少なからずあるとは思うのですが……」
 ミカエルが顔をしかめた。

「こういうのも何だが、あなたのような人ならストーカーになどならなくても、言い寄ってくる男はたくさんいたのでは?」
 そう問いかけながら、褒めていても糾弾されるセクシュアルハラスメントのリスクがソロモンの頭をかすめた。
 が、ストーカーは構わず答えた。
「言い寄ってくる男は山のようにいました。罪を犯してしまったあとの今もそうです。でも、私に相応しい男はそうはいません」
「なるほど。で、被害者はあなたに相応しい男だった?」とソロモン。
「はい。私に愛される資格のある人でした。それなのに、あろうことか彼は私を裏切りました。身も心も捧げたこの私を」
「裏切ったというのは、どのように?」
 今度はミカエルが尋ねる。
「ある日、もう会うのはよそうと突然言われました。お互いの人生のためにと。私には彼の言うことが理解できませんでした」
「よくある心変わりでは?」
 意地悪そうにベリアルが問うた。
「ご冗談を。よくよく調べてみると、彼は意に添わない財閥同士の政略結婚を強要されていたのです」
 ストーカーはベリアルを正視して明言した。
 
「よくよく調べたのであれば、財閥の御曹司である彼と、ほかの財閥令嬢との政略結婚が進められていたことは事実でしょう。
 だとしても、それが彼の意に添わないということの根拠は?」
 重ねて問うベリアルに、ストーカーは笑いを押し殺しながら答えた。
「お相手の財閥令嬢を見れば一目瞭然でした。彼女と私のどちらが彼の結婚相手に相応しいか。
 そして何よりも、私に別れ話を切り出したときの彼の沈んだ表情が、その真意を物語っていました。
 だから、目を覚ますように、何度も何度も説得したのです」
「何度も何度も、説得を……」
 とストーカーに質すシバの女王に、
「警察から接近禁止命令が出ていました」
 とミカエルが耳打ちをした。
「ええ、それはもう何度も。でも結局、彼は閨閥の柵に屈して自分を偽り、私を捨てた。それは許されざる裏切りです。
 だから、罪深いことは承知の上で彼を刺しました。残念ながら、彼の命が奪えませんでしたので、釈放されましたら、今度こそ……」
「公判中ですから、言葉を慎みましょう。彼の真意がどうであったにせよ、なぜそこまで一人の男に執着するのです? 
 男なんて星の数ほど……」
 諭そうとするソロモンの言葉を遮るようにストーカーは言い放った。
「私は星の数ほどいるような、つまらない男に興味はありません!」


人魚姫の初恋と失恋

 ストーカーを招いた翌日のソロモン王の執務室。
「同情する気がしないストーカーだったでしょう?」
 ミカエルが皆に問うた。
「ある意味、その熱烈な執着心や大胆な行動力が、凡俗の理解を超えているからこそ、ストーカーになるのでしょうが……」とシバの女王。
「そんなに持ち上げることもないでしょう」とベリアル。
「何も持ち上げてはいません……」
 意図せぬ受け取られかたに困惑するシバの女王の言葉を引き継ぐように、ソロモンも女王と似たような割り切れない感想を漏らした。
「確かに同情されやすい奥ゆかしさは微塵もなかったが、彼女の立ち居振る舞いには卑しい打算がなく、また違った意味で、ゆるがせにできない悲劇的なものを感じたな」
「では王様は、彼女に恩赦の余地ありと?」
 とミカエルが詰問する。
「正直なところよくわからない。女王はどう思う?」
 途方に暮れると、シバの女王に頼るのがソロモン王の常であった。
 シバの女王が応じた。
「それならば王様、歴史上の人物のお話を聞いてみてはいかがでしょうか」
 ソロモン王は身を乗り出した。
「妙案だ。で、誰を呼び寄せる?」
 
 しばらく思案してから、シバの女王はある先人の名を告げた。
「王様は、人魚姫をご存じですか?」
「人魚姫? それは物語の主人公ではないか」
 とソロモンが呆れる。
 「知恵」はあっても「教養」のない王には珍しい返答に女王は感心した。
「たとえ物語の主人公であっても、今の世に通じる確かな存在感があれば、天使ミカエルと悪魔ベリアルの手によって召喚することができます」
 女王は召喚をすすめ、王はミカエルとベリアルにそれを命じた。
 その夜の晩餐に、人魚姫は霊界から招待された。

 シバの女王がソロモン王に紹介する。
「デンマークの作家、アンデルセンが創造した童話の主人公、人魚姫です」
「どうぞ、お手柔らかに」
 人魚姫は気恥ずかしそうに頭を下げた。
「何て可憐な姫だろう。目が洗われるようだ」
 ソロモンは感嘆し、気の合わないことが多いミカエルもベリアルもともに頷き、女王からも嫉妬を忘れた笑みがこぼれた。
「人間のお姿なのですね」
 遠慮がちにベリアルが問うた。
「失恋後、人間の姿で命を絶ちましたから……」
 声を失ったはずの人魚姫が答える。
「人間の足とひきかえに、美しい声は魔女に奪われたはずですが?」
 ミカエルも遠慮がちに問う。
「命を絶って私は泡となりましたが、また精霊として生まれ変わったとき、気がつくと声を取り戻していました」
 人魚姫の返答に、ベリアル、ミカエル、シバの女王が納得する。
「待ってくれ、私には話が見えない」
 人魚姫のことを知っていても、くわしい話は知らないソロモンが言った。

王子を殺すか自分が死ぬか…

 シバの女王がソロモンに手短に説明する。
「人魚姫は海の世界で平和に暮らす姫君たちの末妹でした。
 人魚姫が十五歳の誕生日の夜のこと、難破船から海に放り出された人間の王子を助けます。
 そして、人魚姫は住む世界の違う王子に恋をしてしまったのです」
「住む世界の違う人への恋とは、もう悲恋の予感がするな」とソロモン。
「では、ここからは人魚姫ご本人に伺いましょう。王子を浜辺に助け上げたあと、どうなりましたか?」
 シバの女王は人魚姫を促した。
「しばらくは王子様のおそばで介抱していましたが、人の気配を感じて岩陰に隠れました。人魚の姿を見られるわけにはいきませんから」
「人の気配?」とソロモン。
「それは偶然通りかかった隣国のお姫様で、浜辺に打ち上げられた王子様を助けた命の恩人となりました」

「王子に恋焦がれたあなたは、どうしました?」とシバの女王。
「海の魔女のもとを訪れました。私の気持ちを察していた魔女は、私の声とひきかえに望みを叶える薬をくれました」
「なるほど、それで美しい声を失ったのですね」とソロモン。
「それだけでなく魔女は『もし王子と永遠の愛が誓えなければ、お前の命は泡と消える』と私に告げました。
 それも承知して薬を飲んだ私は気を失い、人間の姿となって浜辺に倒れているところを王子様に助けられたのです」
「おあいこですね」とソロモン。
「王子様は私が助けたことを知りませんから、おあいこにはなりませんが、声を失い何も話せない私をとても可愛がってくださいました」
「でも、王子が妃として選んだのは、あなたではなかった……」
 ミカエルが言いづらそうに言った。
「はい。王子様が命の恩人と信じる隣国のお姫様でした」
「では、あなたの命は……」
 心配するソロモンに、ベリアルが口を挟んだ。
「途方に暮れた人魚姫を救うために、海から姉の人魚姫たちが現れます。
 そして、魔女から手に入れたナイフを人魚姫に渡して言いました」
「ナイフ?」
 可憐な少女のように怯えるソロモン。
「このナイフを王子の心臓に突き刺せば、姫の命は助かって、もと通り人魚の姿に戻れると……」
 冷酷な魔女のように宣告するベリアル。
「王子を殺すか、自分が死ぬかという選択を迫られたのです」
 ミカエルが言いづらそうに言った。
 
「私にはできませんでした……」
 人魚姫の言葉は、それだけで王と女王、天使と悪魔の涙を誘った。
「人魚姫は王子の幸福のために、自ら海に身を投げて泡となります。
 ただ、精霊として生まれ変わり、永遠の魂を得ることができました」
 シバの女王が人魚姫のその後を補足した。
 ソロモン王の胸の痛みはいくらか鎮められたが、往時を偲んで瞳を濡らす人魚姫の清く儚げな姿を見るにつけ、慰めに肩を抱くことさえ憚られた。
「せつない記憶を蘇らせてしまいました。
 あなたの純愛は長く語り継がれてゆくことでしょう。貴重なお話を有難うございました」
 ソロモン王は最後まで人魚姫に指一本触れることもなかった。
 

ソロモンの審判

 人魚姫の話を聞いた数日後、自分を正当化して後悔もしないストーカーの一件について、ソロモンは王国の君主の名において審判を下した。
 それは、被告の反省を促し、再犯を防ぐための弁護士の変更であった。
 
「彼女が見違えるほど奥ゆかしくなりました」
 公判を傍聴してきたミカエルの声が、ソロモン王の執務室に響く。
「奥ゆかしくなった、とは?」とベリアル。
「罪は認めながらも反省をせず、釈放後の再犯さえ予告していたストーカーが、自身の愚かな犯行を後悔し、更生を誓うと頭を垂れたのです」
「王様は弁護人を変えただけです」とシバの女王。
「前任者が無能だったならまだしも、経験豊富な一廉の人物でした」
 ベリアルとシバの女王にこたえながら、ミカエルは大きく首を傾げた。
「どうぞ王様、手品の種明かしをお聞かせください」
 シバの女王を受けて、ソロモンが口を開いた。

「私もこうまで上手くいくとは思わなかった。
 誰であっても、人の心を入れ替えさせることは容易ではない。思い込みの激しいストーカーならなおさらだ」
「ですが、彼女は心を入れ替えました」とミカエル。
「まさに悲劇の主人公だった人魚姫の話が参考になった。
 なぜ人魚姫は悲劇の主人公として死を選ばなければならなかったのか?
 それは、彼女が初恋の想いを最後まで貫いたからだ」
「王子を刺し殺せば、姫は人魚に戻れたわけですかね」とベリアル。
「その通り。必ずしも恋に一途であることだけが、是非の是とは限らないということだ」
「人魚姫は王子を刺し殺すべきだったと、王様はお考えですか」
 意外そうにミカエルが尋ねる。
「論理的にはそうなるだろうな。
 人魚姫は純愛を貫くのではなく、ナイフで王子の心臓を貫くべきだった。
 そうすれば、しばらくは悲嘆に暮れても、やがて『次の恋』が訪れる。
 まあ、そんな話が語り継がれるとは思えないが……」
 冗談ともつかずソロモンは言った。

「では、今回の一件であれば、御曹司が生き残ったことで燻り続ける想いをきっちりと断ち切るために、ストーカーは再犯して彼の息の根を止めるべきなのでは?」とベリアル。
「そうすれば彼女は正真正銘の殺人犯で、社会復帰は大いに遠ざかります。
 殺される御曹司が迷惑千万であることは言うまでもありません」
 ベリアルの放言を冷静に否定するシバの女王にソロモンは頷いた。
「だから、彼女の場合は人魚姫の逆だろう。
 刺さないことが『次の恋』への近道になる。とはいえ、御曹司への愛憎を捨てさせなくてはならない」
「殺人未遂のストーカーですから、相当な執着です」とベリアル。
「彼女は私に、星の数ほどいるような男には興味がないと明言した。
 彼女には、そんな軽々には口にできない不遜な台詞がよく似合う。
 なるほどそうかと思い、私は手を尽くして彼女が身も心も捧げようとした御曹司に勝るとも劣らない『次の男』をさがした」
「それが交代した弁護士だったのですね」とシバの女王。
「最高裁判事を祖父に、法務省事務次官を父にもった法曹界のサラブレッドで、被害者の御曹司と同じく白皙の美青年です」
 ミカエルが失笑しながら言った。
 
「まさに彼は適材で効果も思った以上だった。無視された前任者と同じことを言っても、彼が言えば、彼女は聞く耳をもった。
 御曹司の面影は瞬く間に色褪せて、彼女は新任の弁護士が示す更生の道を淑やかに歩みはじめている」
「それにしても、微妙な含みがあり、少なからず危険もともなう役回りなのに、法曹界のサラブレッドがよく引き受けてくれましたね」
 不思議そうなシバの女王に、苦笑しながらソロモンはこたえた。
「彼女を恋心ごと改心させるという弁護士の職務の域を大きく逸脱している依頼について、彼は『刺激的で興味深いお話です。それで王室とお近づきになれるのなら喜んで』と快諾してくれたそうだ。
 公判前に一度会って話したが、優秀な法律家であり、礼儀正しく、野心と自信に満ちた男だった。
 いかにも彼女が好きになりそうなエスタブリッシュメントだ」
「いずれ、また彼女の愛が憎しみに変わるのでは?」とシバの女王。
「サラブレッドは殺されかけた御曹司よりもはるかにしたたかだ。
 プライドの高い彼女から恨まれることなく、巧みに振るなり振られるなりする術を心得ているよ。
 彼女には『その次の恋』で、できれば平凡な幸せを手にしてほしい」
 

(第5話につづく)https://note.com/sin_sen/n/nd3e83543f973
(第3話はこちら)https://note.com/sin_sen/n/n4d5290cba81c

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